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魔法猫で生きてみて  作者: ライチベリー
第一章,『新たな猫生』
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6話,『ユリ』



「すいません」


 良い香りを漂わせ、扉を超えてメイドさんが部屋に入って来る。

 

 今思ったけど、そういやメイドさんもそしてロレインも俺より長身だった。本質は男の俺としては少しヘコむ所がある。


「お名前は決まりましたか?」


 彼女は部屋を見渡し、そしてベッドのから上半身だけ起こした俺を見つめる。

 彼女のその無機質な光を宿すその瞳に、微かな揺らぎの影を見たような気がした。


 軽くメイドさんは俺の顔を視線から逸らし、そして、僅かに頭を振るような動作を見せた。なにかを振りはらうようなそれは、猫の俺だから見抜けた、ほんの僅かなモノだ。


 その時俺がどんな様子だったかは分からない。が、恐らく苦悩と疲れは顔に表れていたのだろう。 

 俺の中の、そんなところを見たのだろうか。彼女は立ち上る紅茶の湯気の向こうで、


「気分転換にお茶は如何ですか?」

「そうさせていただきます」


 このまま悩んでいても、いくらベッドで駄々を捏ねても、何も変わらない。

 だから一片の迷いも滲ませず、俺は言葉に甘えることにする。横になっていたベッドから立ち上がり、そして、彼女が持っているお盆を受け取り、そしてそれをテーブルに置くと、

 


「じゃあそこに座って」


 豪華でクッションが効いたソファーを指差し、俺はそう言った。ちょっとどぎまぎしながら彼女の美しい手を右手で取り、そしてそのソファへ案内しようと、


「?」


 微かな抵抗を感じ、俺は後ろを振り返った。そしてその動きと同時に、彼女は握られた手から、俺の手を外していた。


 何事かと思って、相手の目を覗き込む。そこから彼女の感情の片鱗を読み取ろうとする。


  戸惑いの瞳が、俺を見返していた。

 冷静沈着だった彼女の壁が剥がれ落ちていく。俺の握っていた手を彼女の豊満な胸に抱きながら、彼女の頬の色はだんだん朱に染まっていった。


 その表情が、ロレインの赤面した顔と重なって見えた。

 もしかしたら、俺は無意識に不快な思いをさせているのかもしれない。人間初心者だから、と言い訳したいけど駄目だろうな、これ。美少女に嫌われないためにも、俺は細心の注意を払うことに決める。


 視線の交錯が僅かに続き、メイドさんの唇が言葉を形作った。


「ただ、私は仕える者で、一緒の席に座るわけには」


 彼女の言葉を一瞬考え、そしてその理屈が分かった。確かに彼女はメイドで、そしてメイドは召使の延長にあるような職業で、でも、


「いいからいいから、な?」


 俺は半ば強引に彼女の手を取り、そしてソファーの上に座らせる。

 なおも彼女は戸惑いを見せ、そして立ち上がろうとする。

 俺は隣に座り、そして強引にティーカップを握らせる。それによって、彼女が立ち上がるのを防いだ。


「メイドさんの名前ってなに?」

「ユリ、です」


 同様で声が震えていたが、それでもその名前の持つ響きが、分かった。

 ユリ。彼女の名を心の中で復唱する。清楚で冷静な彼女にピッタリの美しい名前だ。


「じゃあ、ユリさん」

「なんでしょう」


 言うべき台詞は、自然と俺の心から発された。彼女の、その堅い守りに閉ざされた心を溶かそうと、


「俺と、友達になってくれよ」



                        ○



「俺と、友達になってくれよ」


 口から発せられた言葉は、ユリさんと仲良くなるためのものだ。しかし、それは彼女の心を溶かすことなく、


 ただ呆然と目を見開かせた。

 ユリさんは持たせた紅茶を飲むことなく、だからといってそれをテーブルに置くこともない。心ここに在らずをいった感じで、思考の海を彷徨っているようだった。


 もう一度、言う。


「友達に、なってくれ」


 その行動のおかげか、それともユリの思考の整理が済んだのか。やっと彼女は言葉を成した。


「しかし、先程も言った通り、」

「私は使用人だから、って言うんだろ? まあ確かに君はロレインのメイドさんであるわけだけどさ」


 だけど、と否定で言葉を繋いだ。


「俺と、そして君との間には何もない。君はロレインの使用人だけど、俺の使用人じゃない。それに、俺は身分不詳のわけわからん人なわけだし」

「そんなことは……」


 『ない』と言葉を繋げようとして、しかし彼女はその口を閉じた。

 嘘を言わない、いや『言えない』、そんな実直で誠実なユリに、俺は心打たれる。

 姿だけを繕って偽って、自分の内面を明かさない俺。それとは対照的に、誠実に、相手と向き合うユリさん。


 その姿はあまりにも眩しくて、だから俺の心を罪悪感で焼く。


 この瞬間だけでも勇気を持ちたい。奇麗な女の子の前で見栄を張れる、真実を語れる、そんな勇気がほしかった。

 だから、せめて微笑んで、そしてその表情のまま、俺は声を出す。


 この俺も、誠実に彼女と向き合えるよう、真実を紡ごうとする。


「だから、俺と…………友人になって下さい」


 今、思った気持ちを、揺れ動いた心を伝える。猫だったころには、それが出来なかったから、だから、その大切さが誰よりも良く分かる。


 人間として、新たな道を歩む今。俺は、そういう風に生きてみたかった。

 だから、こうして、言葉を続けている。


「優しくて綺麗で凛とした、そんなユリさんが好きだからだから、こんな事を言うんだ」


 そう口にしたときは、流石に恥ずかしいと、そう感じた。








                         ●








 ロレインが探索から帰ってきた時、辺りはもう暗くなり始めていた。

 

 いつもよりも急ぎ足で歩く。武器以外の装備をまだ見に付けたままで、扉を抜け、大広間へ。そして、謎の少女の部屋へ行くために、二階へ続く階段を弱駆け足で登っていく。


 そうやって急ぎながら思うのは、やはり、あの少女の事だ。森で出会った、妖精と見違えるほどの、そんな美しく、繊細な少女。


 彼女ほど、『愛らしい』という言葉が似合う存在はいないと、そうロレインは確信していた。触れてしまえば、それだけで溶けてしまいそうな純白の肌。

 そして、可憐な彼女が男言葉を使うというギャップ。それは、少女が強くなろうと背伸びしているように見えて、ロレイン、そして恐らくはユリも惹き付ける。


 ああみえて、ユリが可愛いモノ好きという事をロレインは理解していた。

 可憐な存在を前にすると、あの氷のような表情がたちまち溶けだし、そして、本来のユリの性格が表に現れるのだ。

 ユリの部屋は、キュートなグッズで彩られているからな。と学園の家に在る一室を、ロレインは思い浮かべた。

 それに、あの少女は天然だ。初会話で、私も真っ赤にされたな。ユリがあの少女に落とされている可能性もあるわけだ。 


 ロレインは部屋に面した廊下に着いた。いつもはその先に、ただ頑丈で豪奢な扉があるだけだ。だが今は、


 変なメイドが一人いた。

 ユリは、思った通りの様子だった。いつもは冷静に閉められた口元を笑みに歪め、鉄壁の面を赤くしている。そして、


「はぁ、はぁ」


 息を荒げながら扉の隙間を使い、部屋の中の様子を伺っていた。


「おい」


 諌める声とともにチョップを頭に落とす。いつもならいとも簡単にかわされるのだが、ロレインのチョップは綺麗な直線を描き、ヘッドドレスの乗った頭に落ちた。


 衝撃で頭が一瞬下がり、そしてユリの視線が上がる。それが、彼女の主の顔を捉えた瞬間、


「ロレイン様」


 今までの狂体はどこに行ったのか、皺の付いた服を直し、直立姿勢でロレインと向かい合っていた。

 そういう所は流石専属メイドだ。


 そして、その姿のまま、


「シーッ」

「?」

 

 静かに、の合図をしたユリはその動きの延長でドアの隙間を指差した。

 その隙間からは、テーブルに突っ伏して眠る謎の少女が見えて、


 か、可愛い!!



                         ○



 可憐な少女の眠る姿というのは、それだけで一つの芸術だった。柔らかな風を受けて、気持ち良さそうに眠る彼女は、とてつもなく絵になる。


 ロレインは扉を開け、一歩踏み出した。そんな彼女を止めようとするユリを無視して、だ。

 それは、少女を起こす為の動きではない。


 颯爽と、しかし音を出さずに彼女は机に近寄る。後ろから、ユリが付いて来ていた。


 机の上には、彼女の顔だけではなく、他にも乗っているモノがあった。

 一つは皺になった名前リストだ。そしてもう一つが、


 本?


 それもただの本ではなく、古代語と世界語の翻訳辞典だ。

 首をかしげた彼女にユリがそっと耳打ちした。


「彼女が字を読めないと言ったので、読めるという言葉の辞書を。名前の発音は私が教えて差し上げました」


 やはりこの少女は不思議だ、とロレインはそう思った。そして他の発見がないかと観察する。

 少女が抱えるようにして持つ巻紙。そのリストの中に一つだけ、丸印の付けられた名前があった。






 それはつまり、彼女の名前が決まったのだ。





主人公は日本語、英語をある程度理解しています。

ただ、この世界の言葉が読めません。


英語と日本語は、異世界では古代語的な扱いです。そういうことにして下さい。


そして、クールメイドさん登場。一話めにして、その仮面が剥がれるというミス。



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