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魔法猫で生きてみて  作者: ライチベリー
第一章,『新たな猫生』
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5話,『彼女の名前』



「名前をどうするか、だよな」


「ん?」


 初めての人間の朝食。残飯を漁る俺達野良猫にとっては、それはまさに御馳走だった。


 たとえそれが、一般的なものだとしても、他の生き物の『食事』には無い鮮やかさが、食卓の大きな台の上を美しく彩っている。そして、それは視覚だけではなく、嗅覚、味覚も楽しましてくれていた。


 その光景は、俺にとっての一つの夢の実現だった。

 心からの幸せと一緒に、ハムを噛み締め、飲み込む。


 ただ、ちょっと食事に集中し過ぎていたらしい。ロレインの言葉を聞き逃してしまっていた。


 フォークに突き刺した目玉焼きを口に運び、噛み、飲み込む。そして、


「何か言った?」


 そんな俺の様子を見て、彼女は溜息をついた。


「はぁ。君はまさか食事まで、初めての経験とか言いそうだな。見ているだけで、満腹になりそうだ」

「まあ、初めてだけどな」


 特に意味もない当たり前の言葉だったので、食事を再開する。ちょっと驚いた目をしていた彼女の、フォークとスプーンが動きを止めていたので、


「それ貰っていいか?」

「あ、ああ」


 許可も貰ったので、ロレインから目玉焼きとサラダを受け取ろうとする。


 反対側から、手渡しでどれを貰おうとし、しかし、青菜と卵は目の前に置かれなかった。

 皿の反対側を掴んだロレインが、その手を離さないのだ。


「?」


 皿を握る彼女と俺の目が、自然と交錯する。


 俺はそれに疑問を浮かべ、そして彼女の瞳はこちらに何かを伝えようとしていた。


 彼女は、その奇妙な情景のまま、口を開いた。


「私たちの出会いを憶えているか? 『お前の名前はなにか?』と私は言って、そして君は確か、名前が無いと言っていたな」


 忘れるわけがない。

 今でも、当時の情景を鮮明に思い出せる。

 初めての異世界。そこは心細くて、目の前の緑のカーテンがまるで、俺という存在を拒んで、立ちふさがる、世界の壁ようだった。そして、そこに立つ少女が、俺の希望の欠片であり、唯一の救い手に見えたのだ。


「理由は知らないが、君は名前を持っていない。人間なら、当たり前に持っているモノを、だ」


 これが何度目になるのか。眩し過ぎて、優し過ぎる瞳は、この俺を真っ直ぐ正面から見つめていた。

 彼女の言葉には、理由を話さない俺を責める気持ちが全く無い。其れが堪らないほどありがたく、またその厚意に縋っている俺が情けなかった。


 この話を延長した先には、俺のこの異世界での人生がある。名前を付けられた瞬間ヒトが生まれるのなら、名付けは間違いなく、俺の新しい生を決め、そして方向を決定づけるものに他ならない。


 意志を決し、椅子にしっかりと座り直す。


「私もずっと君を『君』とだけ呼ぶというわけにもいかない。そもそも、『名前』というのは人が自らを確立する上で、絶対必要だ。君がこれからどうするか知らないが、どの道を選んでも、確実に『名前』を使う時が来るだろう」


 『だから、』と彼女は溜めて、繋げた。


「君は、自分の名前を、どうしたいんだ?」



 その言葉が合図になっていたのだろうか。


 ロレインが言い終わると同時に、一人の美女が部屋に入ってきた。

 エプロンドレスに身を包んだその体。分厚い服越しにでも分かる抜群のプロポーションと、お姉さん系の顔にかかったクールなメガネ。それらは、彼女に大人びた、そして理知的なイメージを与えていた。

 彼女が、この美味な料理を作ったのだろうか。是非とも御近付きになりたいと、そう思う。

 

 そして、一体君は誰なのか、こんな女性を側近にしているロレインは何者なのか。そんな疑問が脳裏に浮び、口から出かかった。

 空けられた扉から、こちらに歩いてくる彼女の身のこなし。それは決して一朝一夕で身に付くものではなく、どれだけメイドさんが訓練を積んできたかが分かった。


 そんな彼女の、メイド服の袖から覗く綺麗な手には、分厚い巻き紙が握られている。


 俺の疑問はそっちのけで、ロレインはそのメイドさんから紙を受け取り、そして、メイドさんが食べかけの朝食と食器を手早く片づける。

 それが終わったのを確認し、ロレインは投げるような動作で、テーブルにその紙を広げた。


 厚く巻かれた紙の全体は、やはり長大だった。

 そして、その紙の色は白の単調な美しさはなく、ビッシリ書き込まれた黒い線で装飾をされている。


 よくよく見てみると、それは人間の使う文字のようだった。


「君が起きるまでの三日間が暇だったから、君の名前を考えていた。少々多くなり過ぎてしまったが、気に入ったものを、君の名前にしよう」 


 まだ、俺の『ひととなり』を知らなかった彼女が、俺などの名前を必死に考えて、そしてこんなに長いリストを作ってくれた。それだけで、俺は感謝の念を持つべきだ。


 俺はその善意に答えるために、


「分かった。部屋で目を通すから、このリストを貸してくれ」




                         ○




 とは言ったものの、


「…………どうしたもんか」


 俺は、豪奢な部屋、そこのベッドの上に座って悩んでいた。


「うわぁ」


 クールダウンのために、リストを手に持ったまま後ろのベッドへ倒れ込む。上質な反発が俺の華奢な体を優しく捉えた。

 長い紙に皺が出来たが気にしていられない。脳みそが沸騰しそうなほど、煮詰まっていたのだ。


 紙を手繰り寄せ、名前リストの始まりに目を遣った。

 そこに書かれているのは、黒インクで記された記号のようなもので、恐らくそれは、この世界の文字に当たるのだろうが、


「全っ然読めねぇ」


 俺は頭を抱えた。

 この世界を甘く見ていたのかもしれない。いやそれよりもどちらかというと、


「あんのジジイがぁぁ!!」


 文字を読むことは、経験よりも知識を多く使うから、経験の範囲外なのかもしれない。でも、そのぐらいサービスしてくれてもいいだろう。

 こちらの安全な日常を願うなら、そんぐらいは大目に見ろや。


 すっかり馴染んだので忘れていたが、そういや女性の体になってしまったのも、もともとはアイツが原因だった。


 いつか、絶対にコロス。


 心に復讐という名の傷を刻みこんだが、そんな事をしても文字が読めるようになるわけもなく。


 ロレインに頼りたかったが、彼女は、


『すまないな。私も君と一緒に考えたいのだが、森でやることがあってな。とある友人がここを訪ねてくる前に、済ませないといけない。夕方には帰ってくるつもりだ。ちなみに私のお薦めは4番と52番と160番だ』

 

 と言って、朝食後速攻で出かけて行った。

 その後に、この世界の文字を読めない事を知ったので、彼女のお薦めすら全く分からないこの現状。


 どうしたもんかなあ。寝ちゃおうかな。ロレイン帰ってくるまで寝ちゃおうかな。でも、三日間寝たら流石に寝飽きたなぁ。

 

 流石に困って、現実逃避を始めようとしたら、


「すいません」


 ノックの後で、綺麗な声が聞こえた。

 聞き覚えのない若干ハスキーな、落ち着きのある声は、俺の聞き覚えのあるものではない。

 俺が見た人の中で、声を聞いたことのない人と言えば、一人しか思い出せなかった。

 そして、扉が開く。


「お名前は決まりましたか?」


 思った通り、あの美人眼鏡メイドさんだった。良い姿勢のまま、お盆を手にしている。

 そのお盆の上には、クッキーの盛られた小皿とティーカップがあった。

 猫なので、良く分からないが、漂ってきた紅茶の香りは確かにいい匂いだ。憂鬱だった頭を覚まし、そして正常な思考を与えてくれる、そんな気がした。



  


 なんにも起きない続きの話。


 出来るだけ早く次話投稿するようにします。中途半端なので。

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