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魔法猫で生きてみて  作者: ライチベリー
第一章,『新たな猫生』
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19話,『退治』



火這蜥蜴(サラマンダー)討伐依頼?」

「ええ。普通は火山地帯に生息する生物なのですが、それが何故か森に降りてきてしまって。火事になると大変ですし、それで私達が倒す必要があったのです」

「ふーん。ユリさんは行かなくて良かったの?」

「私の属性は火ですから火這蜥蜴と戦ってもあまり活躍できないので」


 そう言って寝台から半身を起こす俺に頬笑みを見せてくれるユリさん。


 しかし彼女ほどの人が活躍できないわけがない。仮にロレインと同等の戦闘能力を持っていたとしたら、たとえ相性が悪くても陽動など活躍できる場がある。


 つまり、俺がここにいるからユリさんは行かなかったと。一匹の猫を一人ぼっちにしない、その為に戦力を少なくしてまでユリさんは屋敷に残ってくれたと。

 ありがとう、そう心の中で頭を下げる。勿論その素振りは決して表に出さず、ユリさんの厚意を素直に受け取る。


 思い返す。


 本当に、ユリさんには助けられてばかりだった。


「それで、お体は大丈夫ですか? どうしてもと仰るからこうしてお話をしていますが、辛いなら無理をせずに休まれた方がいいのでは」

「いや、もうこの通りピンピンだし。むしろ何かをやって無いと落ち着かないくらい。ああでも、ユリさんに用事とかがあるのなら別に俺と一緒にいなくていいよっ」

 

 いえ、とユリさんは首を振った。


「もうあらかた仕事は終わりましたし、それに私もジュリア様との会話は楽しいのですよ。昨日は私のせいで出来ませんでしたし、ゆっくりお茶でもしながらお話しましょう」


 そう言い、お茶受けのクッキーを用意してお茶を注ぎだすユリさん。

 ドレスエプロンの黒い袖から伸びる純白の指は、美しく洗練された動作で紅茶を注いでいく。その贅沢さに頭がくらくら揺れる。


 そして、紅茶の注がれるの柔らかな音と温かな湯気、クッキーの微かな甘い香りにそしてに俺の心は安らいだ。


 ベットの上からそんなユリさんを眺める。自然と小さな言葉が滑り出た。 


「ありがと」

「? なにかおっしゃいましたか?」

「ううん、なんでもない」


 お茶を注がれる前に、一口クッキーを齧る。

 ほのかな甘みと香ばしさが口の中に広がった。


「じゃあ、ロレイン達は今頑張っているんだろうな」


 窓から眺めた空は、もう日が陰ってきている。



                         ○



 タイミングは火這蜥蜴が振り向くとき。それにあわせて神速の槍が振るわれる。

 雷光の如き穂先は空気を切り裂き、無残に魔獣の瞳を喰い破った。


「GYOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!」


 そして敵の悲痛な叫びを聞いてもロレインの動きは止まらない。


「ふっ」


 軽く息を吐き出して、身を浮かす。その動きで華麗に敵の尻尾を回避する。

 そして、握りしめた槍の柄を、火這蜥蜴に向けて奥に突き込んだ。


「GAAaaaaaaaaaaaaAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ」


 絶叫が響く。

 槍の鋭利な刃をさらに奥へ埋める。

 この魔獣には、此方の攻撃を防ぎきる外殻があるが、しかしそれは眼球には存在しない。

 

 そして、狙うのは瞳ではない。


 豆腐のように柔らかな脳に一撃を加える為に、眼窩の深くを突き破って槍が進む。


 通った。


 確実な致命傷は、ロレインの渾身の突きによってもたらされた。

 永遠にも感じられる一瞬。持てる力を使いきったロレインには、その一撃の余韻が感じられる。血飛沫が上がり、風が汚れた。


 体に降りかかる灼熱の血は、彼女の水魔術が防いでいて、ロレインには火傷一つない。


 激戦の末、ロレインの技術が火這蜥蜴の身体能力を上回った。

 戦いの後の静寂、火這蜥蜴の体が静かに崩れ落ちた――――




 ――――かに思えた。




「GYOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」


 深々と頭蓋に刺さった槍。それを死体から引き抜こうとしたときの、魔獣の突然の挙動。

 身を激しく動かし、潰されてないほうの眼球で己の獲物を睨みつけながら、ロレインを弾き飛ばす。少女の肉体に痛烈な一撃が放たれた。

 

「!!」


 巨大な衝撃を側面から受け、吹き飛ばされる。

 攻撃を喰らった腹からその身はくの字に曲がり、眼に映る光景が掻き回される。焼けた草原の上で二転三転し、ようやくロレインの動きは止まった。


 ――――やられた。


 槍はその手から離していない。運よく棘にも当たっていない。しかし魔獣の突撃は水のオート防御を軽々と突き破り、ロレインの中身――内蔵系に痛手を与えている。


 整った形の唇の端から一筋の血が零れる。

 超人的な速度を彼女に与える健脚も、立ち上がる事すら出来ずに、ロレインは下から火這蜥蜴を見た。


 ゆらり、と無生物じみたうごきで黒い巨体がこちらを向く。腐臭が色を持ってその口から漏れ出し、空気を汚染する。脳は動いていなくてもその殺意が止まることは無く、四肢から力が失われることもない。


 生物を超えて、怪物になり下がった獣。 


 絶望的な状況で目にするその姿は悪魔と形容するのが相応しい。


 ――――なんだ、これは。

 

 どんな生物でも、脳を破壊されたら死ぬはずだ。故にロレインの一撃は確実に致命傷だった。


 常識は、いつ消えてしまったのか。

 額から黒色の血液が流れ出て、その頭蓋の隙間から獣の中身が見えているというのに、火這蜥蜴の生命活動は止まる様子が無い。

 もう既に、火這蜥蜴が魔獣となった瞬間に、この化物は生物の殻を脱ぎ捨てていた。狂気に支配された肉体は、脳の損傷程度では止められない。


 今すぐにでもその魔獣は襲いかかってくる。

 もとより体格差でもパワーでも勝る相手だ。今まで戦闘を互角に保っていたのはロレインのスピードとそして技術で、それらは今彼女の負傷によって失われた。


 ――――私は馬鹿か。


 魔獣が出て来た時、自分はいったい何を考えた。

 もう、ここから先は常識外の世界だと心に刻みつけたのではなかったのか。かつての悲惨な終末を否定し、二度と大切な日常を奪われないように槍をより強く握り締めたはずではないのか。

 

 ロレインは弱すぎた。そして弱いからこそこうやって仲間に頼ることになる。


「カティには、感謝しないとな」


 轟音が鼓膜を打つ。

 莫大な熱光が森の空き地を白に染め上げた。

  

                      ○


「転送開始」

《起動ワードを確認しました。武装召喚サービスを開始します》


 カティが紡ぐワードと共に空き地の空気が一変する。


《隠密モードのため、隠蔽フィールド内で術式を構築しています。しばらくお待ちください》


 カティの上半身は、包帯で覆われている。簡易治癒魔術が織り込まれたその純白の布は、カティの背に出来た巨大な傷をゆっくり、しかし確実に修復していた。

 

 ――――これで、ある程度は動けるね。


 僅か一動作で行動不能になってしまうほどの、脆い回復かもしれない。僅か一撃喰らわせただけで傷口が開いてしまうかもしれない。


 しかし、その一撃だけで十分だ。


《隠密モードは、展開から僅か数秒で砲撃可能となります。敵にレーザーポイントを合わせ、しばらくお待ちください》


 腰からポインターを取り出し、魔獣に照準を合わせる。


《高速転送術式が完成しました。任意の転送ワードと共に隠蔽術式が解除され武装展開が開始されます》


 動作補助音声を確認し、カティは口を動かす。


「転送、開始」


 破音が響き、空が割れる。空中に走る無数の線は交錯し、複雑な図形を作り出す。転送の言葉と共に、確かな魔術が発現した。

 

 強大な既変換魔素がカティの近くの一地点に流れ込み、異次元と繋げる術式を起動させる。何重にも重なった魔術行使円が連続して、並列に展開されていった。


《武装を展開します》


「来てよ!!」


 一瞬の光の拡散。

 淡い燐光の中に見えたのは、筒状の巨大で重厚なシルエットだった。


 魔獣化していてもその身に降りかかる危機が分かるのか、身を屈め、目を光らせ、火這蜥蜴がこちらを警戒し始める。


 もう遅い。


 カティの周りに溢れる魔素の物質化した燐光は、役目を終えると一瞬でその輝きを消した。視界が晴れると同時に、光の中からカティの全容が見えてくる。


 突きだした銃身。巨大なそれが全体を構成するパーツの八割を占めている。余りの巨大さに専用のジョイントパーツで固定し、カティが立膝を付いてようやく持ち上げている。

 

 魔力変換式移動砲塔。冒険者の間ではカノンと形容される個人携行武装だった。


 カティは銃を使用する。

 彼女は魔力を持っていても、それを外部に出し魔素を変化させること――魔術は出来ない。だから威力を捨て連射性能に特化した銃を使用しているし、事実その方法で己の役割を確立させている。


 所詮魔術の補助がなければ近接戦闘は不可能なのが現実だ。ただの肉体一つ、武器一つだけでは、外敵

に対応しきるのは難しい。

 余程武術に才能があるか、内燃魔力量が桁違いか、そういう型破りの存在だけが近接のみの戦闘をするのであって、大抵の冒険者はロレインのように魔術を補助として戦闘に組み込む。普通はそうであって、そのどちらもないカティは、だからこそ銃に手を伸ばしたのだ。


 しかし、問題がある。その銃を使った戦闘スタイルには破壊力が致命的に足りていない。


 ゴブリンなどの一定以下の弱小モンスターならいい。

 だが、今回のような中~大型の生物から銃では対応しきれなくなってくる。厚い外殻や毛皮、魔術障壁は銃弾をいともたやすく弾く。

 圧倒的な火力不足に悩む銃使いの為に、上級魔術並みの威力を持つ武器として、カノンは開発された。


 衝撃を後ろに逃がせるよう、姿勢を瞬時に整える。


「――――」


 自動照準だけではなく、己自身の瞳で狙いを付け、そして覚悟の息を洩らす。

 膨大な破壊力を解き放つ為に、細い指で重厚な引き鉄を引き絞った。

 

 一瞬の収束、そして爆音。

 

 トリガーを強く押しこむ。

 極太の光線が戦場を白く染め上げた。

 森を揺れ動かし、空気を震わし、灼熱を振り撒きながら、破壊は瞬時に届いた

 

「Gu――――」


 僅かな断末魔の叫びは、その轟音にかき消されて聞こえない。真直ぐに破壊の光線は伸び、その先にいる敵に直撃した。

 火這蜥蜴が悲鳴を上げる暇すらなかった。

 その設計思想どうりに、白光は魔獣を蒸発させる。

 地面が焼け焦げた跡と、ほんの僅かな体の残りが、敵が存在した事実を教えてくれている。


 仕事が終わった。


「終わ、った?」

「ああ」


 声を返すのとともに、ロレインが目の前で立ち上がる。怪我をしているのか、体を少し傾けながらも少しずつ前に進み、そしてカティの前で歩みを止める。


「掴まれ」

「うん」


 手をとり、足に力を込める。

 砲撃の衝撃で背中の傷が開いたのを無視して、ロレインと対等であるために、意思の強さを持ってカティは立ち上がった。


 長大な砲身は粒子化して空へ消えて行く。


 その先を眺めながら、カティは呟いた。


「帰ろっか」

「そうだな」


 互いに思うことはあった。


 ロレインは己の力不足を。

 カティは自分の相方との差を。


 そしてユリの作る温かな夕食を。



                       ●


 


とてつもない長い時間を開けての投稿です。すいません。


今回と第一章エピローグとを一緒にするか悩んで、でもエピローグがなかなか書けなかったので、戦闘終了シーンだけとなりました。


それと、十万PV突破しました。本当にありがとうございます。

不定期な更新ですが、これからも書き続けたいです。


次回予告。『エピローグ&おまけ』


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