1話,『そして、転生』
どうせなら、人間に生まれればよかった。
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トラックにもの凄い勢いで弾き飛ばされて、死んだ。死んだはずなのに、
「生きている?」
衝撃で体がグシャグシャになった。中身が掻き回され、毛は血に染まった。この手足も二度と動かないぐらいに折り曲がり、首が捻じれた。
それなのに、生きている。理不尽に不可思議に生きている。
「何故に?」
そんなのは知らない。理由なんかも分からない。
でも、生きているのは純然たる事実だ。
だから俺は、
「よっしゃぁああああ!!」
とガッツポーズで歓喜した。まだ、まだ、生きている。その喜びを噛み締める。まあ、生まれ変わって人間になるという手段を考えても良かったが、それは考えないようにして喜んだ。
人前ならぬ猫前だったら、こんなに人間っぽい喜びかたはしないのだが、まあいい。周りに猫などいないし。
うん。あたりを見渡しても猫はおろか、人も、虫も、何もいない。ただ暗い、暗い闇がすぐ近くにあるだけ。
自分以外の場所には全て黒がある。
空気の微かなそよぎも感じとれないし、匂いも嗅ぎ取れない。それどころか、
俺の心音すら、聞き取れない
これは、俺以外に黒色があるんじゃない。俺以外には、何も無いんだ。
つまり、ここは、死後の世界。
俺は生きているのではない。死んで、そして黄泉へ送られているだけ。
確かに、俺は死んでいた。トラックに跳ね飛ばされ、何をするわけでもなく、ただただ死んでしまった。
長い時間生きて、猫又になる事も、そして人間に化けることも出来なかった。何一つ夢を、望みを叶えられず、自分の存在に疑問を持ちながら死んでしまった。
「あぁ」
今度は、哀しむ。肩を落とし、悲哀に心を委ねる。それこそ人間みたいに。
「あ」
俺の体にはもう温かみがない。なにもないのだから、何かを感じ取ることもない。漆黒の闇は俺の心も体も飲み込み、二度と現世に返すことは無いだろう。シャルとケンカする事もない、人間(の女子)に抱っこされる事も、下着観賞も、もう何も、
出来ないのだ。
「ぁぁ」
猫前じゃないだから、泣く。涙が俺の頬を伝い、髭を伝い、何もない場所に落ちた。生まれたての赤子のように孤独に対して身を震わせ、嗚咽を漏らす。
人間みたいに諦めきれず、ああ、やはり俺は普通の猫じゃない。
何分泣いたか。何もないから時間の流れもない。永遠が一瞬であり、一瞬が永遠のこの場所では、俺の行動など砂一かけら程度の意味も持っていないのだ。
心が前を向きだした。もしくは後ろ向きな様子が良い事に思えて来たのだろうか。
漆黒の中から望みを探す。ここがどこか、死んだものがどうなるのかしらないが、つまりそれは、もし生き返っても何の不思議もないという事だ。
少なくとも、ここにずっといるわけではにはいかない。永遠とも等しい時間をここで過ごしたら、俺の人格、いや猫格が壊れてしまう。
希望の欠片を求めてあたりを見渡す。
猫もいない。人間もいない。草もない。空気もない。ただ、
「こうやってみると、ホントに人間みたいじゃのう」
ジジイがいた。
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顎のあたりから白い髭が長く伸びている。いったい何年生きて来たのだろうか。その髪の毛も髭も眉も白だった。
その色に合わせたのか、ジジイは純白のローブを着こんでいる。その厳格そうな容姿と合わさり、まるで荘厳な神殿に住む大神官のようなイメージを受けた。
しかしその口から発生したのは、間延びした台詞。黙っていれば賢者的なイメージを受けるのだが、彼の言動を聞いた後だと、日溜まりのお爺ちゃん的なイメージしか受けない。
そんなジジイが王座と一緒に闇に浮かびあがっている。
まて、俺。この漆黒の闇だぞ。何もない、そんな闇だぞ、つまりこの人物は、
「失せろ厳格な幻覚」
唾を全力で吐きかける。
「ちっ。使えんな俺の脳味噌。どうせ創るなら美少女のキャハハウフフの幻覚だろ。このクソっ。枯れたクソいジジイを生み出すような特殊な趣味は無いわ!!」
「いや、あの」
「だいたいなんなんだ、この世界は!! 真っ黒でなにもないって超趣味悪いんじゃねえのか、神。不幸にも死んだ奴を苦しめて何が楽しいの!?」
「だから、ちょ」
「どうせ神だからって調子乗って好き放題だろ。死ねよそんな愚図。いやいやマジで性格とか腐ってんだろどうせ」
「黙れぇぇぇぇえええええ!!」
もの凄い声量が、何にもない世界に響き渡った。そう、何にもないこの世界にである。
声の主を見る。
そこには一人のジジイがいた。
「はっ!?」
自分がその存在を本気で否定すれば幻覚が消えると思っていただけに、心の底から驚く。
そして他の事実にも驚愕。この老人が出現したお陰なのだろうか、世界に『方向』というモノが生まれたのだ。つまりジジイの方向と、ジジイを見ない逆方向の二つがこの暗黒世界のルールとして追加されたのだ。
世界のルールを書き変え、自分の意に従わせる。そんな存在俺は遭った事がない。
それを口で表すとすれば、そう―――――――――――――――
―――――――――――神という名の超越存在。
「ようやく理解したようじゃのぉ」
そして、その神の額には青筋が。まああれだけ悪口を言われれば、まあしょうがないか。
というより、俺がまだ消されてないのが驚きだった。結構心が広いらしい。
「すいませんでしたー」
と土下座。まあいちよ死にたくないので。
「それで神ともあろう存在が、何故こんな辺鄙な場所に?」
老人は重々しく口を開いた。
「謝ろう。そう思っての。お前が人間っぽいのに関係があるんじゃが」
は?
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「さっきもそうじゃが、おまえとてつもなく人間っぽいじゃろ。普通の猫はガッツポーズもしないし、涙も流さんからのう。女性の尻に興味を抱くなんて猫だったら頭がおかしいヤツじゃし」
「うっさいわ」
「では、お前は猫じゃないと言ったらどうかのう? その身の肉や骨はただの殻で、実は本質は別のところにあるといったら」
「まさか」
「そう。お前は猫などではない。お前の魂は、人間なのじゃ」
全ての事実が繋がった。何かしっくりしなかった部分がきっちり嵌り、落ち着く。
「全ては神側に責任がある。こちらの手違いで、『器』と『中身』がちぐはぐになってしまったのだから、それについてはあやまろう」
「それは」
案外優しい。こちらの猫生を見た上で、それを詫びているのだ。だから俺はありがとうと言葉を紡いだ。
「そして、こんなのはどうじゃ? 代わりと言っては何だが、君には第二の生を送ってもらおうと思うのじゃ」
「第二の生?」
「そう。違う世界で過ごす、全く別物の生活。モチロン人間としての、じゃよ」
神がウインクをする。うへぇ、ジジイのウインクなんて気色が悪いだけだから。
神様は典型とも言えるお爺ちゃんキャラに。
これから一回も登場する予定ないけど。