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魔法猫で生きてみて  作者: ライチベリー
第一章,『新たな猫生』
19/22

18話,『奮闘、反撃』



「全く、ロレイン、は、人使いが荒い、ね」


 立ち上がろうとする。足を踏み出すだけで、背中から全身を貫くように、激しい痛みが襲った。赤黒い血液が傷口から流れ出て身に纏った服が赤に染まっているのが、肌を温く濡らすその感触で分かった。


 血が止まらない。

 傷口が深いのもあるが、何より問題なのは戦闘の為に発動していた身体加速だった。

 超人的な力を得るということは、体が運動をする最高の状態に成っているということでもある。魔力を練れば練るほど、血液は勢い良く噴き出すだろう。今は通常状態だがつい先ほどまでの戦闘の名残が体に残っていた。


 なんとか立膝を付いたカティの目の前では、二頭の猛獣がその牙を交わしている。


 片方は、魔獣化した火這蜥蜴。世界を侵す猛毒がその全身を蝕み、正常な思考を代償にその肉体を激変させている。

 鋭利で巨大な牙が生え。

 全身からカティに傷を負わせた漆黒の棘を乱立させ。

 腹下の噴射口からの炎で高速で動きまわり。

 その甲殻は、下位竜にも及ぶ硬さを誇り。

 動物ではなく、化け物。まさに魔獣と呼ぶべきモンスターがそこにはいた。


 そしてそれと相対しているのは、一人の少女だ。

 その手に本来の武器は無い。代わりに握られているのは二本の剣だ。片方が短く、片方は長いその二振りの刃で敵の一撃一撃を捌いて行く。


 ロレインは細身の剣では受け止めない。襲い来る強烈な衝撃は彼女の刃の閃きと共に後ろへ流れていった。時には火這蜥蜴の攻撃に身を任せ横に回転して受け流し、時には優しく攻撃の軸の側面から押し戻していく。

 誰が見ても、ロレインが一方的に攻撃を受けている。いつか嬲り殺される、いや、現に彼女はそうされていると感じさせられる

 しかしロレインは諦めない。その決意の双眸から、希望の輝きが消えることは決して無い。

 虎視眈々と反撃の糸口を狙うその瞳は、厳しい強者主義の中で生きる獣のそれだった。


 そして、その猛獣の世界に入るために、カティは行動を起こす。


 上半身を覆う服。それを全て引き裂いた。


                       ○


 身を回転させる。


 手に持った刃は平行に振り回された。

 少女を中心として出来あがったそのサークルの領域は、敵の横を掠めるようにして通り過ぎる。

 そして、その動作の開始と同時に巨大な棘が向かってくる。敵の腹横から突き出したそれは、防刃繊維を容易く切り裂く鋭利さでロレインに迫った。

 一つではない。いくつも連なるようにして大小異なる棘が生えているのだ。そして火這蜥蜴の体の撓りで繰り出されたその攻撃は、無残に獲物を細切れにする多重の斬撃だった。


「!!」


 緊張の息を洩らしながらロレインは回転を止めない。

 棘に向かって剣を振り、しかし棘を受け止めない。いや、受け止められない。その直撃を喰らえば確実にロレインの方が押し負ける。それどころか、剣と同時に体を両断されかねない。


 水の魔術が起動した。


 狙いは敵の斬撃を逸らす事。彼女に受け止めることは出来なくても、受け流す事が出来る。故に、ロレインの攻撃が届く先は、敵の斬撃の下方向だ。

 

 棘と剣が交差する。その直前まで水平を描いていた剣の軌跡は、衝撃の直前にその軌道を変化させた。

 下から上へ。魔術の水流と剣が、棘を跳ね上げる。

 ぴっ、とロレインの頬に一筋の傷が出来た。受け流すとは言っても魔獣の攻撃を完全に殺しきるのは、今のロレインには不可能なことだ。精々、何とか凌ぎきれるかどうか。

 

 ロレインの近接戦闘技能は、槍という中距離武器に特化している。その間合いも筋力も、体捌きも全てが槍を振るうために形作られている。

 決して別の武器で戦えないわけではない。しかし、動作の端々には僅かなラグが生じていた。慣れない装備を使用するという事は、考える時間をそれに割くということで、そしてその少しの思考時間が、命のやりとりでは致命的な隙になり得るのだ。


 回転を多用したり、リーチの短さを水魔術で補ったりして動きを槍のそれに近づけようとはしているものの、やはり本来のロレインには届かない。いつもの彼女ならば、受け流しの後にカウンターを入れることぐらいはやってのけるのだが。


 そして、そうやって後悔する時間もない。


「GYOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」


 敵の力の向きが変わる。先程凌いだ斬撃が、さらに速く深くなって襲い来る。火這蜥蜴の腹下にぽっかり空いた穴から、噴射音と共に炎が飛び出し爆発を起こしたのだ。

 ――――この俊敏性! 厄介だ、な!

 食という原始の欲に捕まったその肉体に正常な思考は無い。しかし、時にその本能は、通常の戦闘では思いもよらない形でロレインに迫る。

 

 ただ食べたい。その切実な欲はより強く素早く火這蜥蜴を動かしていた。

  

 咄嗟の反射で身を屈める。足を曲げてさらに下に入り回避しようとする。動きの終点は。

 ――――敵の体の反対側!!

 身をさらに屈める。撓んだ足に全力を込め、出来る限りの速度で駆ける。その道は僅か数メートルだったが、しかし命を繋ぐ走りは極限の集中を持って行われた。


 走るというより跳ぶと形容した方が正しい速度で、宙に浮いたその巨体の下を潜り抜ける。そして、その動作には回避以上の意味があった。


 跳躍の先で武器を掴み、それを振るう。連動して動く切っ先と石突は、方向を転換して飛びかかって来た火這蜥蜴に連続性を持って向かっていく。

 鈍い音が二重に響き、その衝撃で火這蜥蜴が跳ね飛ばされた。


 ――――やはり、そうか。


 ロレインが気付いたのは、火這蜥蜴の噴射移動に関する事実だ。この魔獣に備わった新機能は、前衛ではないとはいえ熟練の冒険者であるカティに傷を負わすほどの加速と飛距離を与えるが、しかしそれほどの能力があるのならば今の戦闘状況はおかしかった。


 何故もっと噴射を多用しないのか。その疑問が自然と思い浮かぶのだ。


 本来ならば身動きの取れない空中という世界。噴射はそこでの方向転換を可能とする。連発して使われたら、予測不可能な多次元攻撃を繰り広げる文字通りの化け物になっていただろう。そんな敵を相手取って、本来とは違う武器で自分が生き延びれたとは思えない。

  それに攻撃が当たったカティは、まだ生きている。連続して噴射を使えば、傷を負って転がったカティを棘で串刺しに出来ていた筈だ。しかし何故それをせずに、ロレインに割り込まれる隙を作りだしたのか。


 魔獣は食欲に駆られて、本能のままに動く。思考能力を持たない魔獣は、ただ、己の全開の力で敵を殺そうとする。そこには一切の手加減は存在せず、また道理に通った戦術などはない。

 つまり、火這蜥蜴が出し惜しみをする理由もない。


 火這蜥蜴は連続して噴射を使わないのではない。使う事が出来ないのだ。 


 ならば、噴射を使って火這蜥蜴の体が宙にある瞬間に、ロレインは行動を起こせばよかった。火這蜥蜴の新機能は、逆に考えれば致命的な隙となり得る。


 

 状況が、変化した。



「GYAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 感情がない魔獣の咆哮も、恐れを孕んでいるように聞こえる。

 滲み出る殺気に耐えられないとでもいうのか、再びの跳躍。鋭利な棘の先端が敵の体を捉え切り裂こうと黒く鈍く輝く。


 そして、再度火這蜥蜴は弾き飛ばされた。


 先程までは凌ぐだけで精一杯だったその攻撃を、ロレインは苦も無く受け流し、反撃を放ったのだ。

 ロレインの手にあるのは、二本の剣ではない。本来の彼女の武器ではないそれらは、身につけること自体が邪魔だというように、足元に転がっている。

     

 ロレインは、火這蜥蜴に生まれた隙を、槍を回収することに使っていた。


                      ○


 日に輝く白色が、血の赤に汚れている。


 純白はカティの背中の肌だけでは無い。血の気が引いて、日焼けしていない背中がより一層白になっていく。そして、白色だからこそ傷口から溢れだした血が目を引いた。

 少女の指が背中の収納袋をまさぐり、そこからボトルを取り出す。カティは顔をしかめると、その口を開けた。


 ――――すっごい痛いから嫌なんだけどなぁ。


 心の中で溜息と共に文句を吐く。そして意を決したのか、中に入っていた消毒液を一気に背中の傷にかけた。

 激痛が体を駆け抜ける。酷い痛みで、緊張と共にカティの体が曲がった。同時に悲鳴を押し殺す。


「っ」

 

 それでも抑えきれない息が口から洩れる。痛みに耐えながらタオルで背中を拭き取り、次に癒療術式が織り込まれた包帯を取りだした。


 手慣れた手付きで応急手当てをするカティの眼前には、苛烈な戦闘が繰り広げられている。

 二匹の獣の戦闘は、さらに激しさを増していた。


                      ○


 戦闘の状況は、確かに変化した。

 槍を手にした今、敵に対しての恐れは皆無だ。本来の武器で戦っている為水魔術の効果も上昇し、何より、考える時間が少なくなったことでロレインの攻撃の回転が速くなった。


 水流と共に槍が火這蜥蜴に突き込まれる。


 年少期から毎日毎日繰り返している反復練習。身に染み付くのも通り越して、本能まで届いた槍の技術は超人的な身体能力と合わさって、ロレインは武の神のような動きを見せる。


 受け流せない攻撃など無い。受け止めれない攻撃など無い。そもそもあの二本の剣とは違い、この槍はロレイン専用の特注武器だ。強度は高く、またよくしなり、魔力の伝導性も良い。

 故に、先程までは中てれなかった反撃が出来る。迫りくる敵の爪を弾き上げ、その直後に刃の先端が火這蜥蜴の顎下にヒットする。 


 僅かだが、火這蜥蜴たしかな仰け反りを見せた。

 確実な変化だ。しかし。

 

 ――――効いていない、な。


 遥かに良くなった状況は、ロレインに冷静な思考を紡がせる暇まで与えている。それで出した結論が、自分の攻撃が全く効いていないという事実だった。

 魔獣の黒い外殻は、本当なら強烈な一撃であるロレインの刺突を全て弾き返す。槍の柄で払っても、石突で殴っても、あまりにも硬いその体には、ヒビ一ついれることすら叶わない。


 ロレインの水魔術は、メインである槍での近接戦闘を補助するために使われている。半自動的で水流の激しさを槍の攻撃に追加したり、防御行動の際に敵の攻撃を受け流したりと万能性が高い半面、攻撃力に欠ける。竜種の鱗にも匹敵するその甲殻を貫き、内部の本体にダメージを与える術式などある分けが無い。


 先程から、敵の攻撃後には反撃を確実に与えている。隙があれば、敵の体を抉るために突きを放ち、骨を折り砕こうと柄を叩きつける。しかし、全ての攻撃が敵の中身に届かない。


 攻撃を弾く強靭な外殻を持つ火這蜥蜴。そういう敵と相対する時の定石は、相手の防御を超える威力の攻撃を放つか、それとも。


 ――――どんな生物だろうと隠せない弱点、即ち、目を狙う!!


 火這蜥蜴の頭側に体を置けば、突進を正面から喰らうことになる。だから双剣の時は眼球を狙えなかったが、槍には剣を遥かに超えるリーチが存在する。


 タイミングは、敵が振り向くとき。それにあわせて、神速の槍が動いた。





 


オール戦闘回。

それに、今回で戦闘シーンを終わらせるつもりが予想外に伸びて次話に継ぎ越すことになりました。

ようやく、導入部を終われそうです。

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