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魔法猫で生きてみて  作者: ライチベリー
第一章,『新たな猫生』
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17話,『さらなる接敵、魔獣』




 空き地から立ち上るのは草が焼ける匂いと白煙だ。炎の刺激臭は鼻腔の奥まで貫いて行く。

 赤黒い火這蜥蜴の死体から広がる灼熱の血液が足元に広がり、森の草木を発火させているのだ。


「ふぅ」


 小さな吐息と共にロレインは袖で額の汗を拭った。

 見上げると。頭上には斜めに位置する太陽がさんさんと照りつけている。その陽光と火這蜥蜴の体から立ち上る高温の蒸気が、サウナ状態を作りだしていた。


 死ねるほどに、暑い。


 春だというのに、ロレインは全身から汗を流していた。


 冷却術式は体を冷やし快適にしてくれるが、しかし体が冷えることは筋肉が冷えて固まる事を意味する。僅かな遅れが命に繋がる事のあるこの職業では、むやみやたらと使うわけにはいかないのが現実で、だから暑い思いをすることになった。


 火這蜥蜴を退治し終わったので術式を起動したが、本格的な冷却を開始するにはまだ幾らか時間が必要だ。急激に体を冷やさないためだが、しかし暑い。


 春だというのに、汗の流れは止まらない。下着が湿っているのを、ロレインは肌に感じていた。


 討伐依頼の場合、報酬を受け取るには敵の体の一部分を持ちかえり、証拠として提出する必要がある。それは冒険者が詐欺を行うのを防ぐための規則であり、冒険者制度が出来る前からよく使われた方法だ。まあ、当然の事とも言える。


 ただ火這蜥蜴のような動物の場合に体の一部を切り取るのは難易度が高い。

 全身を覆う重装甲もあるが、それよりも問題なのは、アツアツに沸騰した、溶岩にも似た体液だ。  


 火這蜥蜴と戦闘する時には、十分にその血に気を付けないといけないというのが冒険者の間で言われることだ。

 飛び散る返り血は一度付着すれば、その熱で人の肌を燃焼させてしまう。


 つまり火這蜥蜴は解体するのに非常に手間がかかる。

 氷系魔術の使い手がいればまた話も違うのだろうが、あいにくパーティーには水と炎使いしかいない。流水で安全な温度になるまで冷やしたが、それでもまだ熱気がロレインを襲っていた。


「ロレイン、頑張って」


 周囲を警戒する役目のカティがそう言うのを聞きながら、ロレインは再び作業に取り掛かった。


 今回持ち帰る部位は、火這蜥蜴の下顎に位置する硬い甲殻。討伐しないと取れない場所を切り取って、仕事に対する信頼を勝ち取るのだ。単敵討伐の場合は心臓を持ちかえる場合が多いのだが、そのためには火這蜥蜴の腹を開けて、もの凄い熱気を浴びる必要がある。流石に諦めた。


 最後にナイフを走らせる。首元から顎先にかけて刃が通り、ようやく顎下の甲殻がはずれる。

 それを収納袋にしまいながら、ロレインは脳に引っ掛かった違和感を感じた。


 ――――何かを、見落としている?


 その上手くピースが嵌らないような感覚は、火這蜥蜴を倒して部位のはぎ取りをした時から覚えているものだ。

 まるで警鐘が脳の中で鳴り響いているようだった。


 不味い、とロレインは思った。こんな状況はよくない。冒険者としての本能が叫んでいる。

 

 火這蜥蜴の研究書。今回の仕事の為に何度も見返したそれを頭の中に思い出す。そしてページ毎に書かれていた内容を、目の前の死体に当て嵌めていく。

 そして、


「ロレイン危ない!!」


 銃撃音と共に、カティの声が響く。  


 突然のカティの警告。それを聞いてすぐさま状況確認は出来ない。警告が突発的に行われたという事はロレインとカティが敵の来襲に気づく前に、もう敵はロレインに攻撃していたということだ。


 その速さは並みのものではないだろう。今いる空き地は決して広くは無いが、しかし一瞬で駆け抜けるには少し時間がかかる程度の大きさはある。その間にロレインがその殺気に気付かない筈がないのだ。


 敵はロレインかそれ以上の高速移動の持ち主。だから、ロレインに状況判断をしている時間は残されていなかった。


 それ故に、躱すことだけを考える。


 置いてあった槍は諦める。拾う時間など存在しない。

 身を低くして腰に付けた短剣を抜き放つと同時に、その方向と同一方向に回転する。瞬時に、足に魔力を練り込み、爆発的な瞬発力と跳躍力をえる。


 横方向に身を躍らせる。


 回転を足のブレーキで相殺し、殺しきれなかった勢いはもう一回転することで消す。勿論その間にも油断は微塵もなく、右手に短刀を、左手には簡易水術式を、それぞれ構えていた。


 そして、ロレインが回避した事実を確認しカティは引き金を引く。


 バーストではなくフルオート。中てるのではなく、中れという表現が正しい射撃だ。

 狙いは無視して空間にばら撒かれた鉄の弾は攻撃ではなく面、敵を押し留める盾として機能した。

 

 敵の動きを止めることに成功する、が、


「効いてない……」


 先程の暑い甲殻をもった火這蜥蜴ですら多少は痛みを憶えていた。しかし目の前の敵は違う。初撃には驚いたが、しかしそれだけでダメージなどほんの少しも入ってない。

 体に中る礫に、ただわずらわしそうに尻尾を振るだけだ。


 そして、


「そうか」


 此処でようやくロレインの記憶のピースが当て嵌まった。


 思い出したのは研究書の章、『火這蜥蜴の繁殖』の数ページ。その中に記された『火這蜥蜴は繁殖期にはつがいで行動し、またその際にオスの喉下の甲殻の色が黒から赤黒くなる』という一文。


「まずったなぁ」


 カティがそう呟く。

 ロレインも同感だった。わざわざ赤色で『喉の下部分の色変化は非常に分かりにくいので注意しましょう』という文に線を引いたのに、ジュリア関連のごたごたですっかり忘れていたのだ。


 それに目の前の雌の火這蜥蜴は、 


「魔獣化してる、な」


                      ○


 火這蜥蜴は普通の動物だ。


 火這蜥蜴だけではない。この森の生息する灰狼や石爪熊、他にも亜人や魔髭獅子、単角獣、竜種など人に危害を加えるとされる生物すべては、兔やリスと同じ一般の生物なのだ。


 たしかに能力は普通ではない。火を吐く火這蜥蜴や常識を超えた情報交換能力がある群灰狼、魔術を使いこなしその圧倒的な能力と筋力で生物の頂点に君臨する竜。戦闘出来ない一般人から見ればそれらの生き物は怪物となんの変わりも無いだろう。


 しかし違う。


 進化の過程で生き延びるために、それらの生物は魔術や特殊技能を習得した。人間が魔術や技術を使うように、火這蜥蜴は火山地帯で生きる体を手に入れ、灰狼は効率的に狩りが行える能力を学んだ。

 遺伝子に魔術を刻みつけ、生まれた時から、その生物のシステムとして普通ではない力が使える。あくまでも生命の理から外れてない彼等は、決して怪物などではない。



 それに。



 怪物(モンスター)なら他にいる。  


 

 人々を恐怖に陥れ、事実何度も世界に破滅を呼んだモンスター。


 世界中のあらゆる伝説で悪魔と形容される存在。どんなに優しい聖人君子でもそれに害悪以外の価値を与えられないモノ。抹消されるべき悪夢のカケラ。

 世界そのものを腐らす、史上最悪の毒。


 『魔獣』


 黒き猛毒に侵された動物は、意志を代償に生物として強靭になる。


 筋力、耐久力が上昇し、その魔術能力が広く開放され、冒険者ギルドの難易度ランクでは一段階もしくは二段階上の強さになる。並みの者では対峙した時に生き延びることが出来ないだろう。


 魔獣と通常の生き物の見分け方は簡単だ。魔に侵された獣は、その能力だけではなく外見も著しく変化させる。


 火這蜥蜴の外殻から、漆黒の結晶が鋭い輝きを持って幾つも突き出している。大地に一回り巨大化した四肢を撓め、本来なら存在しない長大な牙に殺意を宿している。


 生物としての思考能力が消え、ただ本能――生物を捕食しようとする衝動――に侵された姿。魔獣という底辺に身をやつした生物の、ただただ哀れな光景だった。 


「殺すぞ、カティ」

「うん」


 ロレインとカティは殺意を口にした。

 敵は世界そのものを滅亡に追いやったこともある魔の遣わしものだ。


 魔獣の持つ『猛毒』は、他の生物に感染し、その狂化とも呼ばれる現象を拡大する可能性がある。そのため冒険者学園からは発見時は最優先で討伐するように指示が出ている。

 誰も、かつての惨劇を繰り返したくないということだ。


 それに、今回は背を向けて生き延びれるほど甘い相手では無かった。

 

 主武器である槍は敵の火這蜥蜴の足元にあり、武器は短剣とさっき火這蜥蜴の顎を縫いとめた剣のみ。カティの銃撃は殆ど効果が無く、ロレインの水系術式は攻撃力に欠く上、槍が無ければ本来の力は出せない。我らが火力源であるユリは屋敷でジュリアと一緒にいる。


 足りているモノなど無い。足りないものだらけだ。


「G、GYAAAAAAAAAAAAAAA」

「っ!!」


 鈍重な火這蜥蜴とは似ても似つかぬ高速の移動。やはり魔獣の強化特性は働いていた。

 敵の跳躍、向かう先は―――カティ。


 銃弾で迎撃するも、効くわけがない。外殻で全ての銃撃を弾き飛ばし、一直線に少女の射手に襲いかかった。


 カティはバックステップで下がる。そして下がりながら射撃をする。落下地点をずらせば、敵の攻撃は当たらない。そしてその空いた間に、ロレインが動く事が出来る。


 しかし、


「カティ、避けろ!!」

「GYUUUUUUUUUU」


 予測落下地点を超えて、目の前に火這蜥蜴の巨体が迫った。


                        ○


 魔獣はその元となった生物の能力を大幅に強化、変化させる。

 だから、


「くっ」


 カティが魔獣の攻撃を喰らったのは当然のことだった。

 咄嗟に転がったことで致命傷を負うのは避けた。しかし体の横に突き出た棘が、防刃繊維を切り裂いて背中に大きな傷跡を残したのだ。

 何重にも着込んだ防刃繊維が無ければ今頃真っ二つになっていたかもしれない。


 そして、自分が攻撃を喰らった理由を知る。それはこうして下から火這蜥蜴を見て、それを攻撃を喰らう直前の光景と照らし合わせて分かる事だ。


 魔獣の腹の下に穴が開いていた。


 そこから炎が見え隠れしている。

 恐らく、魔獣となったことで新しく得た機能だろう。腹の下から強炎を噴射することにより、その移動距離と速度を上げているのだ。


 目の前の火這蜥蜴を厄介だと思う。


 攻撃を無効化する厚い外殻に、強力な炎を利用した攻撃。それだけで火這蜥蜴はかなりの難敵なのに、そこに高速で移動する能力が加わるのだ。そんな化け物が強くない筈がない。 


 不利な状況だ。

 しかし負ける気はしない。死ぬ気もしない。


「カティ、砲撃の用意をしてくれ」


 眼前に確かな足で立つ、この冒険者がいるのだから。




                         ○ 



初期戦闘なのにかなりピンチ過ぎないか? そう思いつつ書いていたのですがどうでしょうか。


とは言えあくまでてきは弱い初期キャラ。ロレインやカティ、ユリさんやジュリアにはここから先もっと頑張ってもらわないといけないので。


今回は魔獣回です。魔獣の初登場です。

本文では分かりにくい方がいるかもしれませんので追加解説を。


・魔獣

世界を冒す『猛毒』が生物に取りつき増殖した時の姿。外見や能力が大幅に変わり

その時の戦闘能力は数倍に跳ね上がるとも言われる。また他生物に対する攻撃性も増す。

ただし本能が増大し、まともな思考力が無くなるため、正常な判断は出来なくなるので、それが弱点。

『猛毒』が他の生物に感染するのを防ぐために、戦闘従事者にはこれを優先的に倒す義務がある。ただし死骸には感染しない。



そしてモンスターハンターが楽し過ぎます。スラッシュアックス格好良すぎます。そう思うこの頃。



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