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魔法猫で生きてみて  作者: ライチベリー
第一章,『新たな猫生』
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16話,『それぞれの敵』



 鋭利な剣が振り下ろされ、火這蜥蜴(サラマンダー)の上顎と下顎を繋ぎとめた。

 

 その勢いを利用して、ロレインは体を動かした。

 突き刺した剣から手を離し、槍を利き手である右に持ち換えながらの足捌き。槍を体に密着させてコンパクトになりながらの、時計回りのスピンだ。


 綿密に計算された一挙動。それが、怒りから突進してきた火這蜥蜴からの回避を可能にした。


 ロレインは、マグマが冷え固まったような黒と赤の皮膚を至近に感じていた。火這蜥蜴の側面のギリギリを掠めながら横に体を回転させていたからだ。

 しかし、敵の攻撃は掠りもしない。火這蜥蜴の全挙動が分かっているとばかりに、落ち着き払った動きだった。


「カティ!!」

「ほいさっ」


 ロレインの合図と同時か、それともそれより先か。長い共闘経験から培われた連携から、滑らかに、何のためらいもなく、カティは銃撃を開始する。


 稲光の如きマズルフラッシュが、森の空間を染め上げていく。突撃銃の口から吐き出された毎分六百発の悪魔の子供達が、目標に飛来して、着弾した。

 火這蜥蜴の熱くて厚い外殻は貫くことは出来ない。しかしカティの仕事は敵に致命傷を与えることではない。

 降り注ぐ鉄の雨が、連続して響く爆音が、敵の注意をカティに引き付ける。

 それを振り払うかのように黒い蜥蜴が身をカティに向けた。


 そして、敵の隙ができる。


 淡い燐光が、ロレインから放出される。それは粒子に変化し異常の術式を空中に展開した。

  

 槍が、それを握る手が、そしてロレインの体に水が纏わりつく。

 それは、ジュリアに見せた魔術の再現。あの時よりもより研ぎ澄まされ、実践的に変化した攻防一体のロレイン専用術式。


 自分の身に宿った確かな力を再確認し、ロレインは跳躍した。


「はっ」


 蜥蜴の体を飛び越え、さらにその先へ。足に込められた力は、体内魔力で増加されている。疾風と共に火這蜥蜴の黒い体を越えて、今身を張って囮になっているカティと、火這蜥蜴の鼻先との間の大地に降り立った。


 着地で態勢を崩すようなことはしない。突然のロレインの登場に驚く敵の頭を、彼女は槍で跳ね上げる。

 そして、それだけでは終わらない。

 上向きになった穂先を今度は下方向に。太刀を大上段から振り下ろすように、槍が熱を切り裂いて落下する。 

 その外殻と火炎弾だけで生きる、しかもその片方が封じられている鈍足な火這蜥蜴に、その一撃を避ける術などなかった。


 冒険者の剛力で振られた武器によって、傷口にさらなる衝撃を加えられているのだ。痛くないわけがない。事実、火這蜥蜴はその巨体を捩って、痛さに悲鳴を上げていた。


 ロレインはそれを好機としない。

 圧倒的な有利に立っていても、油断をして待ち構えているのは死の冷たい大地だ。それを長い冒険者歴から理解していたし、か細い動物としての本能が教えてくれる感覚でもある。


 悶える火這蜥蜴の尾が、ロレインを強襲する。


 野生生物のその強靭な尾は馬鹿には出来ない。退化させ、遂にはその身から消してしまった人間とは違い。彼らの武器はその体の一部一部だ。その中で最もリーチの長く、またもっともしなやかで破壊力のあるそれを、野生生物が使わないわけないのだ。


 その尻尾が黒い軌道を描いて、ロレインに激突しようとしている。槍の防御を掻い潜り、彼女の体に衝撃が迫っていた。


 ロレインが焦りを見せることは無い。眼前に痛恨の一撃が迫っても目を閉じはしない。ただ、その身を回転と共に少し後ろへ下がらした。


 それだけで、尾は彼女を捉える事が出来なかった。


 水属性半自動操作術式『ストリームフィールド』

 ロレインの十八番にして、彼女の編みだしたオリジナル術式である。カティが稼いだ時間を使って発動させた魔術がこれだった。

 内容は、ジュリアに見せた水の舞と同じだ。彼女と槍を中心とした水の流動は自動的にロレインを防御するが、魔術の使い手の意志に沿って、任意の防御などの様々な形に変化する。この攻防のように。


 よほど力の籠った一撃だったのだろう。それが弾かれた事で、火這蜥蜴の巨体が確かに揺らいだ。

 

 そして、火這蜥蜴の精神が変わった。明確に、目の前の存在――つまりロレインを恐れているのが伝わる。

 捕食する者から狩られる者へ。火炎弾が使えない今、最大級の威力を持つ尾が通用しない事実は、火這蜥蜴に近づく濃厚な死を示すことにほかならない。 


 少しでも、目の前のロレインに怯えた。それが火這蜥蜴の死を早めた原因だ。逃げる獣に容赦してくれる、そんな慈悲を持った存在などいるわけもない。


 ロレインがかける慈悲といえば、せめて痛みを感じさせずに殺すことぐらいだった。




 

                   ○



                  捻じれる。落ちていく。


「おーい、おきなさーい」


 ぺしぺしと鼻の頭を叩かれて俺は目を覚ました。

 どうやら神社の縁側で寝てしまっていたらしい。この神社は風もなく、春という季節を満喫するには丁度良い日溜まりをつくりだすのだ。


 辺りに満ちる陽光の中、ボケっとしたままそのままの格好でいると、


「起きなさいって言ってるでしょ」

「いやっ起きてるから!!」


 再び鼻を叩かれそうだったので急いで飛び起きる。横を見ると前足を振り上げたまま固まってるシャム猫が一匹。


「シャル、それ痛くは無いんだけど結構くすぐったいから止めて欲しいんだけど」

「早く起きないあなたが悪いんでしょ」


 俺にそう返してぷいっと横を向くシャル。相変わらずプライドが高いヤツだった。


「そもそもさ、なんで起きる必要があるの? 俺の貴重な睡眠時間を奪って楽しいの?」

「あまりにも気持ち良さそうで、なんか腹が立ったから」


 なんじゃそりゃ。

 あまりのわけのわからなさに言葉が続いてこない。太陽の光で温まった体に爽やかな風が吹き付けた。


 お互いに黙りこむ、それでいて全く気まずくない沈黙。何年も一緒につるんでいるシャルだからこその心地よい沈黙だった。

 しかし、シャルとこうして二匹一緒にいるのもかなり久しぶりだ。

 この街にシャルが越してきてからの付き合いだが、始めは孤立していた猫だったシャルもたくさん雌友達が出来た。奮闘した甲斐があったというモノだ。


「そういえばミーケとかスコンブとかと遊びに行かなくていいのか。確かまた近所に引っ越してきた白猫の歓迎会を兼ねて花見に行くとか言う話だったと思うけど」


 かつての自分の経験が生きているのか、そういう猫を放っておかない姉貴肌のシャルだ。絶対に外さないイベントだと思っていたのだが。


「歓迎会は昨日あったの」

「どうだった?」

「どうだったって。みんなで花見をしつつ町内を見物。最後におばあちゃんから御馳走を貰って終了ってところ。明るい元気な子だったしすぐに馴染めると思うわ」


 それはよかった。シャルの場合は猫見知りする性格で、そんな彼女に付きまとった俺はシャル結構嫌われていたのを憶えている。

 

 また空白の時間が流れた。


「ねえ」

「なに?」


 返事をしてもなんの反応もない。不審に思って横を見るとシャルは緊張した面持ちで前を睨んでいた。

 しばらく待つ。決心したのか、


「ねえ」


 今度はそこで切らずに、シャルは一気に最後まで喋った。


『ジュリア様』


 どこからか、優しい声が聞こえた。


 意識が後ろに流れていく。

 渦を巻くようにして、全ての光景が螺旋に吸い込まれていく。春の日差しも、風のそよぎも、間延びした会話も、シャルの顔も、全てが虚構の中に消えていく。


 冷静になって考える。あれは決して行けないもう一つの、かつての世界での光景だったと。

 死んでからこちらの新しい生活ばかりに気を取られて、今までの世界の事を考えていなかったことに気付いた。


 俺が居なくなっても、シャルはしっかりやっているだろうか。野良のダイゴロウは食べ過ぎていないだろうか。ダックスフントのピーリやアメショーのウマイボウなどはどのようにしているだろうか。


 決して交わる事ない彼らの人生と俺のこれからの人生。今までが続くかと錯覚していた俺にとって初めて自分から向き合った、元の世界との別離。

 

 でも、しょうがない。あのトラックのときあの選択を取ったのは俺で、そしてシャルが死ぬよりも何倍もベストだったと、今でも俺は思っている。

 

 未練は無いわけではない。でも諦めよう。あれは二度と戻れない光景なのだから、戻ってはいけない世界なのだから。


 そして、この世界には俺を支えてくれる人が居るのだから。


                        ○

 そして二度目の目覚め。

 寝ているのは俺のベッドだろうか。ふかふかの布団が、疲れた身にやたらと気持ちい。俺の頭には冷たいタオルが置いてあった。


 倒れる前の事を思い出して、納得。どうやら俺はユリさんの講義を受けて倒れてしまったらしい。安静にされているところと体が熱くて寒いのは風邪を引いているからだろう。


 ユリさんには悪いことしたなぁ。

 俺の行動を振り返ってみても、そこにいるのはただの馬鹿猫だ。異世界に転生してまだ周囲の環境と新しい肉体に慣れていない状態で、無理をしたのだ。無理をするのは自由だが、それで人に迷惑をかけるのはどうかと思う。  


 ふと、温かい熱を右手に感じた。瞳を開けて、そちらに目をやる。


 そして、驚いた。


「ユリ……さん」


 どれくらいそのままの体勢でいたのか。

 あたりが暗くなっていることから、かなりの時間が過ぎている事が分かる。その間中、彼女の事だから俺をずっと看病していたのだろう。


 そして、ユリさんと目があった。

 その瞳の中にあるのは驚きだろうか。いやそれだけじゃない。明らかな安堵の色が映っていた。


 胸が、痛む。


 俺が勝手に無理をして勝手に倒れただけなのに、ユリさんは会って数日の赤の他人にそこまで心を割いてくれている。

 優しいという言葉で言い表せない、俺に対しての慈愛だった。


 何故、そこまでしてくれるのか。何故ロレインもカティもユリさんもそんなに俺に親切なのか。

 俺には彼女たちの優しさが理解できない。でも、彼女たちの優しさを感じることが出来る。


 心の底からの微笑みを浮かべたユリさんが、なぜかシャルの姿とダブって見えた。


「あっ……」


 心から、とめどなく溢れる水を、俺は必死に押し留めようとした。

 今泣いてはいけない。それは分かっても、どうしようもなく。哀しみは頬を伝って落ちていく。

 そして、悲しみが、温かさに包まれた。


 抱擁。 


 ユリさんが、俺の頭を包み込んで、そして聖母の包容力をもって、


「我慢しなくていいんですよ」


 言葉は耳からしみ込み、堤防を決壊させる。


 シャル、ユリさん。今だけは許して下さい。これで最後にするから、こんなにみっともなく泣くのはこれから一回もしないから。

 これから、強くなって、強くなって、弱い自分を塗りつぶすから。


 

 その時、俺は初めて人間みたいに声を上げて泣いた。




 なんやかんやでまた更新が遅くなりました。出不精のじぶんですいません。


@おまけ(二匹の猫の会話の続き)


 シャル「ねえ」


ジュリア「なに?」


 シャル「ねえ、別に興味があるわけじゃないんだけど、あんたの好きなタイプってどんな猫?」


ジュリア「うーん」


 シャル「(内心で:どきどき)」


ジュリア「分かった。俺は、」


 シャル「!!」


ジュリア「人間の女性が好きだ!!」


 シャル「は?」


―――――――――――――――――――――――――――


 こんな感じでしょうか。



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