14話,『指導バイユリさん』
久しぶりの、本当に久しぶりの投稿です。
俺達の居住している巨大な屋敷。
その北側の廊下を玄関側から奥へ行くと、突き当たった先に一つの扉がある。通常よりも厳重な作りになっているそれは、見た目通りとても重い。
初めて来たときに思わずユリさんに向かって、
「これ、なにで作ってるの?」
と尋ねてみたのだが、
「直接見たわけじゃないので詳しくは知りませんが、鉄板が埋め込まれていると聞いております」
という答えが返ってきて驚いた。
しかもその後に、
「ちなみに同じものが目の前の壁にも埋め込まれているらしいですね」
なんて続けられたのだから重ねて驚愕だ。人間の建築はこんなものかと納得しかけたのだが、その後中へ足を踏み入れて納得したのはつい数日前の話。
今、その硬固な壁の中、つまり『図書室』で俺はお勉強中だった。
分厚い木で作られた年代物の読書机。そこにこれまた分厚い本が立てかけられ、そしてその文字の上を白い指が滑っている。
「魔力の動きは感情に基づいた変化でも発生しますが、それだけでは未熟で効率の悪いモノになります。がむしゃらに力を入れて走るよりフォームを矯正して理想的な形で走ったほうが速いのと同じ理屈です」
「なる」
なるほどの短縮形を口に出しながら、俺の目は必死に指の後を追う。この世界の文字そのものがまだあやふやな為、どうしても読む速度に差が出てしまうのだ。
それに、今日は若干頭が痛く、思考がまとまってくれない。
そんな俺に説明をしてくれているのはユリさんだ。
教える口は軽やかで、瞳も動きが生き生きしている。今日は若干肌の艶が良いようにも見える。
その姿はとても楽しそうで、そしてユリさんのこんな姿を見るのは初めてのような気がして、いくら体調が悪くても中止というわけにはいかなかった。
何故こんな楽しそうなのかは分からないが。
俺はつい先ほどから体調が悪くてどうしようもなかった。朝は元気いっぱいでお代りを重ねに重ねたのだが図書室に入ってからどうにも頭痛が止まらなかったりする。食当たりかな?
ユリさんを見ながら考える。
ロレインと、昨日どちらが俺に指導をしてくれるかで揉めていたけど、カティの『明日ロレインには仕事があるでしょ。教えられないと思うんだけど』という一言で一発解決だ。寝る間際にロレインの肩を落とす光景が見えたからよほど指導したかったんだろうな。
ロレインの優しさが染みたのでありがとうと感謝したけど、ユリさん曰く、ロレインは自分の私欲で動いているだけだから感謝の言葉は必要無いらしい。
俺は横から本を覗き込むような形でユリさんに接していた。
熱が伝わってしまわないか不安な体勢だった。
「そこで我々人間は魔術という超常現象を術式という論理の中にあてはめました。術式を組み上げることで半自動的に不可思議現象が発現するようにしたのですね。ここまでは分かりますか?」
「まあそれなりに。あれでしょ、事象を術式によって固定してそれ以外の変化を起きなくしたんだろ。その過程で自由な変化は起こせなくなったけど固定することによって安定した、みたいな?」
ぱちぱちぱち、と音が鳴る。ユリさんがその手で拍手をしたのだ。ちっちゃい子に対するアクションだけど現在は背が小さい少女なので文句は言えない。
それに、ユリさんはいたって真面目な顔で馬鹿にした空気が無いし。
若干また、頭が痛んだ。
ユリさんにストップと言って、コップの水を飲む。飲み終わると同時に、オーケーのサインで講義が再開した。
「ジュリア様の所持する風の属性には大きく二つの特徴があります」
「特徴?」
「はい。七つに分けられた基本魔術七曜属性にはそれぞれ特殊な性質があるのでございます。それが魔術師の使用可能な魔術を決め、人生までもが左右されるわけです。例えば」
ユリさんの視線の先に炎が灯った。空中の何も無い空間に、である。
寒気を感じる身としては、その小さな灯がありがたかった。
ユリさんが炎に紙屑を投げ入れると、紙はまたたく間に灰になる。灰色の粉を落としながら火球は左右にゆらゆら揺れ、くるりと円を書くように空を焦がすと、急に消えた。
視線を戻す。
「このように炎属性には燃やすという働きがありますが、他のものと比べてみた時にそれ以外にも特色があるわけです。そして自分の特性をきちんと押さえて魔術を使わなければ、威力が落ちたり発動しないこともあります」
指に持ったペンをクルリと回し、紙に大きな円を一つ書いた。そしてその円の中に二本の線を引く。
左、右、中で分けられた円が出来上がった。
「持続性の円と呼ばれる基本分類の一つです。属性を持続するか、それとも持続しないかに分けているんですね」
「持続?」
「はい。その属性で作られた魔術を使った時に『どれぐらいの間魔術が発現するか』という観点で分類しているわけです。『持続する』属性としては」
言葉をそのままに文字を書きつづる。
「炎と水と土です」
「それってユリさんとロレインの使ってる?」
「ええ。そして持続しない属性は」
白い紙の上を、またペン先が踊る。
「雷と、そして風です」
「じゃあ俺の魔術は持続に適さないということか。ならユリさん、陰と陽の属性は」
「二つの属性は特殊色が強く、当てはめることが出来ないと言われてますね。むしろ当てはめることが出来ないような特殊魔力を、その性質だけを見て、無理やり陰と陽に分けた感じでしょうか。ですからそれらの属性持ちの方は、使用する魔術を判定所で実際に使用して、それから属性が決定されるようですね」
言葉を切って、新しい紙にまた円を書く。先程と同じように二つの線で三つの空間を作っていた。
「観点はこれだけではなく、あと一つあります。速度差の円と呼ばれる分類法です。魔術の展開速度という面からみて属性を分けていきます」
風と炎を表す文字が右側の空間に書かれた。
「最も速いのが風、その次が炎、そしてさっきと同じように陰と陽は無分類です」
次に雷と水と土が書かれた。
「逆に展開に時間がかかるのがこの三つです。特に土は遅いのが目立ちますね。そのかわり持続性は最も高いのですが。ジュリア様、何か疑問はございますか?」
「えっと、さっきユリさんが炎を見せてくれただろ。昨日ロレインも魔術を見せてくれたんだけどそんなに違いは無かったぞ。どちらも一瞬で現れたんだけど」
その言葉にユリさんは頷いた。
「流石ジュリア様、良い所にお気付きです。例え属性の魔術展開速度に差があったとしても、規模が小さい魔術ではその差はそこまで大きくないのですよ。この原因は古代の魔術研究家メラーブスが紀元前に発見しています。メラーブスの属性法則と呼ばれていますが」
またまた紙を取り出し線を書きだす。今度はグラフみたいに斜めに線が引かれた。
「つまり、魔術的規模が大きくなるほど展開時間が比例して伸びていくのです。そのため初期ではあまり時間に差が出ませんが」
もう一本線が引かれる。始めの線より低い位置を黒い線が延びていく。その隣に風、上の線には土と書かれた。
「このように規模が大きくなるにつれて起動時間に差が出るわけですね」
「わかった」
何故だか、全く未知のユリさんの説明にも楽勝で付いて行くことが出来る。
しかし同じ体勢でいるのはつらく、また理解出来る事を聞き続けるのもキツイ。気分転換を兼ねて実際に外に行きたいし、もしかしたらこの原因不明の体調不良も治るかもしれん。
「ジュリア様の風属性には、持続しないのですがその代わりに展開速度が速いという特性があるのは理解しましたか?」
「まあ、それなりに」
「では次のステップに入りましょう」
その言葉を聞いて俺の心に反応が起きた。次のステップというフレーズが、希望へと駆り立てたのだ。
ユリさんは実践の前にみっちりと基礎を積むタイプの教官らしい。かれこれ二時間も机に向かえば流石に飽きてしまう。
そこに次のステップという単語が出されたのだ。そこから想像するのは魔術の実践練習で、そりゃジュリアの心も踊が踊りだしてタップを踏むに決まっている。
「術式の組み方について説明します」
そして踊り狂う心は分厚い本によって叩き潰された。
「ユ、リさん、その本はなんでしょうか」
「風属性の者が使用可能な術式の書いてある魔術書です。私も多少は使えるのでお教え差し上げても良いのですが、やはり先人の知恵に頼るのがいいと思ったもので」
えっと、言葉が理解できない。
「で、でもユリさん、図書室で魔術練習は危なすぎると思うよ!!」
その言葉に、愛情のこもった動作でクスりと笑い、
「ジュリア様、魔術実践は当分先ですよ。ここから数時間は座学、その次に魔力を伴わない術式展開訓練をして、術式の綻びが私に見つけられなかったら、そこでようやく初歩魔術を使ってもらいます」
気が遠くなり、俺はフワリと床に…………。
「っジュリア様、どうされたのですか! どこか痛いところでも御有りなのですか!! ジュリア様、ジュリア様、ジュリア様ぁぁぁぁぁぁああああああ!!」
そんなに叫ばなくても、立ちますよっと足に力を込める。
あれ?
二本の脚まで意識が行き渡らず、指に力が入らず、自分がとても小さくなったような気が。
今はただ、眠りたい。そう感じて意識を手放した。
今回も話は動きませんでした、というよりつまらない魔術解説をだらだらと……
ちなみに予告したストーリー始動はジュリアが倒れたことではありません。
つまり、ストーリーの変化は次話期待という事で。