12話,『魔術講座、ロレインの場合』
「それで、魔力とエーテルは別物なんだろ?」
食事の終了と共に、大広間から移動し談話室へ。
ふかふかなソファーに腰を降ろした後、俺はそうやって切り出した。
聴きたいことは山ほどある。
魔力とはなにか、魔術のシステムとはなにか。エーテルにはどうやって干渉するのか。そんな基本的な質問だけではない。
本当に気になるのは、もっと実利的なモノだ。そう、例えば、
その技術は俺にも使う事が出来るのか、という疑問だったり。
いつまでもここで養ってもらうわけにはいかない。ロレインやユリさんにはそれぞれの生活があり、そしてそれを乱すような事を、猫である俺がしてはいけない。
いつかやってくる一人立ちの為にも、俺は、自分の力を知っておく必要があった。
だから、口の動きをを促すのは好奇心ではなかった。その心は僅かにしか含まれず、そしてその程度だったらこんなメンドクサイ事をせずに、とっとと寝るために部屋に戻っている。
それに、今日はゴキブリとユリさんの騒動で疲労が溜まっていた。
正直、窓からユリさんに弾き飛ばされた事よりも、彼女が行ったその後の謝罪の雨あられが疲労の原因だろう。
壁を伝うという無茶な動きで、何も考えずに外から部屋に乗り込んだのは俺の責任だ。通常ならそんな事は考えて行動しないだろうし、そもそもそれが可能な人がそういないだろうし。俺凄くない?
まあともかく、ユリさんに、
『俺のせいでもあるから』
と言ったのだが、聞く耳を持たずに謝られ続けた。
メイドとは召使いで、そして召使いは主人に仕える者。『謝る』という行為が職業根性に染み付いているのだろうか。えんえんと、『すいませんでした』と鬼気迫る勢いで謝られ続けたら、先に俺が参ってしまう。
それでも、『疲れるから止めてくれ』とは言えなかった。そう言えばあのユリさんの事だ、それにたいして『すいませんでした』と謝るに決まっている。
最後は、彼女が涙を流して謝ってきたから大変だったなあ。感情の爆発を収めるために抱き締めて。気にしてないと言い続けて。ようやく彼女は落ち着いてくれた。
酷く疲れたが、ユリさんがこれを引き摺らなかったら、この程度の労力など安いものだ。
彼女にはいつも通り美しい笑顔で居て欲しい。
そのユリさんは、現在席を外していた。
ロレイン曰く、
『ユリには少し頼みごとをしておいたからな』
ということだ。そんなわけで、談話室では俺とロレインとカティがソファーに腰掛けていた。
ロレインが俺の疑問に返答する。
「ああ。どちらも魔術に関係しているという点では同じだが、エーテルと魔力はそれぞれ働きが違う」
不意に、ロレインが腕を持ち上げた。
こちらに向かって突き出されたのは、綺麗な人差し指を上に立てた右手の握りこぶしだ。
そして、
「こんな風に――――」
それが起こったのは、ロレインの言葉と同時だった。
始めは少しの変化だ。
目を凝らさなければ分からないほどの光。部屋の魔道灯に隠されてしまいそうな燐光が彼女の指の周りを満たす。
そして、それの拡散と同時に、確かな魔術が発現した。
朝の水の舞を小さくしたような水流。ロレインの人差し指を中心として、水がまるで生きているかのような動きを見せていた。
どこから水が現れたのか分からない、なぜ水がこのような動きをしているか分からない、分からない事だらけの不可思議な現象。
魔術だと意識して見る、初めての魔術だった。
「――――魔術は発生する。そして、魔術の発生にはさっきカティが説明したエーテルと、そして私がこれから説明する魔力が必要不可欠だ」
浮遊する水が消失し、ロレインは言葉を続ける。
「才能のある人や獣は魔術を使う。しかし、魔術は個人でどんな不思議も発現させられるわけじゃない。例えるならば、私は水に関係した魔術しか使用できない」
それは、何故だろう。
エーテルが不確定で何にでもなる元素なら、それこそ制限は無い筈だ。 炎だって、水だって、空気だって生命だって、自由に創り、そして壊せるのではないか。
個人で、種類が決まっている。エーテルには量の限界も、性質変化の限界もないのに魔術の形は定められてしまっている。
エーテルにその理由が無いのなら、当然もう一つの要素に理由がある。
魔力。
「そう。個人によって所持する魔力は違い、そしてその性質の違いにより、エーテルを変化させられる限界も変わるということだ」
例えば、とロレインは繋げた。
「私の場合はエーテルを水に変化させられる魔力を有しているから、水系魔術が使える。それに、体内魔力を練り上げることで身体能力を大幅に向上させることが出来る。まあこれは魔力を持つ人間なら誰でもできることだが」
つまり魔術という技術は、個人で大規模破壊を巻き起こせるようにする。
人間を生き物の範疇を超えた超人にし、今朝のロレインのような神技的技能も容易くやってのけれるようにする。
恐らく冒険者を職業とする人たちは、魔力を使って超人となり日々の食い扶持を稼いでいるのだろう。
一つ疑問が浮かんだ。
「じゃあさ、なんでカティは銃なんて使っているんだ? そんな便利なモノがあるなら、銃なんて不必要だし、それに持ち運ぶだけ邪魔だと思うんだけど」
ジュリアが困ったように顎を撫で、そしてカティに目を遣る。
その意志確認に目配せして、カティは口を開いた。
「えっと魔術を使える人間が居るという事は、もちろんその反対で使えない人達も存在するの。ボクもその一人なんだけど」
「でも、魔力が無いと身体能力は一般人のままなんだろ? そんなんで冒険者出来るのか?」
たとえ銃を使っても、反射神経や体捌きの速さはもとのままだ。冒険者が過酷な職業なら、身体能力向上の恩恵が無いと危ないのではないか。むしろ、冒険者としてやっていけないのではないか。
「いやぁ、別に魔術が使えないからって魔力が無いわけじゃないよ。ボクは体内に魔力を持ってる、ただ、その魔力を放出できないから」
「カティは少々特殊な体質でな、通常魔術を使えない者は魔力とそれを放出する機能どちらも備わっていないんだが、カティの場合後者だけ持っていなかったんだ」
だから、身体能力は冒険者並みのものを持ってるし、銃を使用することによって魔術を使わなくても冒険者としてやっていけていていると。
納得した。
「それで魔力については理解したんだけど、ロレインは結局何をしたかったんだ? これだけの説明なら食後の時間全部使わないだろうし」
時計を確認する。食堂から談話室に移動して、まだ十分も経っていない。
横に目を遣ると、ロレインも時計を見上げていた。
「そろそろ、ユリがやってくるころかな」
その言葉が終わるとすぐ、
「ロレイン様、お待たせしました」
言葉が聞こえ、ユリさんの顔がドアから覗いた。いつものように、クールで感情を動かさない顔。
「ユリさん、早く早く。こっち来て一緒に茶飲もう」
ひらひらと手招きをする。ユリさんの顔を見つめながら、俺の隣の席を指し示した。
そんな誘いにユリさんは、
「すいませんジュリア様。御誘いは嬉しいのですがこれを運びこまなければ」
運び込む? 何を?
そこで初めて、俺はいつものユリさんには無い特徴を見つけた。滅多なことでは平然とした表情を崩さない彼女が。
若干息が上がっている?
息を吐いて、吸う。そのたびに若干ながら肩が上下する動きが見てとれる。美しい形の唇にほんの少しの隙間を開けて、口で深く息をしている証拠だ。
席を立って彼女の元に歩み寄る。
歩く先は、こちらの視線を遮っているドアを超える所だ。覗き込む動きで、ユリさんの傍に行く。
「はっ?」
予想した通り廊下の板張りが見えると思っていたが、大きな物体の影しか俺の目に映らなかった。
「これなに?」
「説明は後で。じゃあユリ、此処まで運びこんでくれ」
「随分埃っぽいですが、起動テストは成功しました。私の魔力値と属性を言い当ててますね。流石はクリック家の別荘だけはあります、こんなものが地下室にあるなんて」
運び込まれたものは、木製の巨大な家具だった。
大きさはユリさんの背丈ぐらいで、床に下ろされた時の床の軋み具合から重さの予想は付いている。こんな重い物を運ぶなんて、ユリさんはかなりの怪力みたいだ。いや、これも魔力の恩恵なのか。
花をあしらった複雑な文様が、下から上に続いている。一番頂上でそれは混じり合い、一つの形を作っていた。
「これは……」
「竜の印だな。竜は強力な魔力を持ち天災を引き起こすから魔術に関係する伝統工芸品などによく刻まれている」
これは魔術に関係した物ということか。
「それで。これを使って今から何をするんだ?」
ロレインは俺の質問に答えた。
「お前の魔力量と魔力属性を調べるんだ」
筆が進まず、更新に予想以上の時間がかかりました。
なにか執筆の調子が悪いです。というか、また別の物語を書きたくなってきた。