11話,『魔術講座、カティの場合』
夜。
目もくらむ明るさから一転、外は闇に包まれた。
森の奥には獰猛な野生生物の叫び声が響き、食物連鎖の頂点に位置する獣が動き始める。黒々とした森は、まるでそれ自体が生きているようだ。
しかし、森の空き地に位置するこの巨大な屋敷だけは別だった。
決して暗闇で包まれることのない、荘厳な建造物。外から見たらまるで光の城、神の住まう天上の世界にも見える事だろう。
漏れ出す光はそれだけで、闇の獣に対する結界を造っているようだ。
ここもそうだ。
長いテーブルが一つある食堂みたいな部屋の天井にも、明かりが灯されていた。それは柔らかな、まるで日の光のようで、その下の食事を彩り鮮やかに照らし出している。
料理を口に含んだ状態で漠然と天井を眺めていたら、疑問が頭に浮かんだ。
もぐもぐ、ごっくん。
しっかり噛んだ上で、呑み込む。備え付けられて水を飲んで、俺は疑問を口にした。
「ねえ、カティ。この光っている照明って何か分かる? 見たところ、別に中で燃えているわけじゃないと思うんだけど」
指差すのは、天上に取りつけられた部屋を煌々と照らすガラス球だ。そこからの光は、常時同じ光量で降り注ぎ続けていて、燃料系の不安定さは見当たらなかった。
つまりは、俺の知らない全く別の技術なのか。この世界に電気が有るとは思えないし、異世界特有の技術が使われているのだろう。
横で俺と同じく食事を貪り食っていたカティが、大量の食物を口に含んだまま質問に目を上げた。フォークを肉きれに突き刺して、食べたりないと言わんばかりに勢いよくそれを口に放り込む。
全く礼儀作法を考慮していない。元気なイメージに全くそぐわない、そんな乱雑な食べっぷりだった。
それに比べて、ロレインの食べ方は実に礼儀正しい。
フォークとナイフ、スプーンを鮮やかに使い、食べ物を丁寧に口に運ぶ。カチャカチャという食器のぶつかる音をさせずに食事を取るその姿は、まるで良家の育ちの良いお嬢様みたいだ。
まあこんなデカイ屋敷に住んでいて、ユリさんというスーパーメイドもやとっているわけだし、実際にお嬢様なのかもしれないのだが。
槍を振るい森を探検する、随分アクティブなお嬢様なのだけど。
カティが口の中のモノを呑み込んだのか、グラスに注がれた水で喉を潤おしていた。流石に美少女。水を勢いよく飲む姿だけでも絵になる。
「ぷはぁっ。密林強行軍の後の食事は美味しいね!! で、ジュリアそれってどういう意味?」
「いや、そのまんまだけど。なんでこのガラス玉は光ってるんだろうって意味合いの」
俺の言葉を少し考えた後、カティは納得したように、
「ああそうか。ジュリアは記憶喪失で基礎知識が備わってないんだったっけ」
「その通り。だから物の仕組みとか全然分かんなくてさ、一から教えて欲しいだけど」
本当は、記憶喪失じゃなくて異世界から来たというのが理由なのだが。
嘘を付いたことに、若干、ほんのちょっとだけ心が疼いた。
「えっと、この世界の社会状況とかに関わってくる大事なことなんだけど、ボクが説明していいのかな? ロレイン、キミが喋る?」
「いや、カティが言えばいいだろう。足りないところは私が補うから」
なんか、ちょっとした質問だったのが大きな事になりつつある。
だから。
「えっと、大変だったら後でいいぞ。俺、食後は暇だし」
最初にその言葉に反応したのは、意外にも俺ではなくロレインだった。
「食後はちょっとやりたい事があるんだ。ユリを交えて四人で、さらに突っ込んだ話をしたいし、それに明日が明日だからな」
「それに話自体はそんな難しくないから、説明は単純明快だよ。ボク達にとって昔から触れてきた当たり前の事なんだし」
食事を取りながら、自信満々に言い張るカティ。
まあ自分から言い出した手前聞かないとは言えないけど、案外当たり前の事を説明するのって難しいもんだぞ。
○
「魔力とエーテルって知ってる?」
天井のガラス球、そしてこの世界に関わる重要な物事の解説は、全く理解できない言葉から始まった。
魔力? エーテル? おいしいのそれ? 的な、呆気に取られた感じだ。
「もしかしてと思ったけど、やっぱ知らない?」
「まあ、聞いた事ないな」
頷きながら喋る。
魔力だのエーテルだの、そんな言葉は前の世界に猫として生きていた時にも聞いたことは無い。
「じゃあそれから説明するね。エーテルって呼ばれるものは、簡単に言えば不確定な物質なの」
不確定ということはつまり、決まっていないという事。決まっていないという事はつまり、
「なんにも形が無い物質という事?」
「そうそう。私達の周りには空気とか金属とか、水だとかあるでしょ。で、それらは物理的に刺激を加えないと変化しないの。それにあたりまえだけど、水は全く別のモノ――――木とか鉄になったりはしないよね」
でも、と否定を口にしてカティは説明を続けた。
「エーテルは違うの。生き物の意志と干渉力でその形と性質を際限なく変化させ、無から有へ、有から無へ転異を繰り返すの。まあ勿論、個人によって限界があるのだけど」
それはつまり、なんでもあるが、なんでもない。
どこにでも存在しているが、どこにも存在していない。
そういうことだった。
「人はそれを理論で導いて、術式で組み上げてエーテルを『魔術』に変えて利用するわけ」
「ちなみに今朝の水の舞も、私の魔術だ」
ここで急に言葉を挟んできたのはロレインだ。なるほど、確かにそれなら今朝の不思議現象にも説明が付く。
ロレインの術式でエーテルが変化し、激しい流水として彼女の纏わりついたのだ。
ということは、
「このガラス球も」
「そう。正式名称は魔道灯って言うんだけどね。この機械に刻まれた術式が、エーテルを熱の伴わない光に変えているわけ」
なるほど、深く納得した。
今なら、俺を窓から弾き飛ばした謎の衝撃も理解出来る。あれはつまり、ユリさんの行使した魔術だったのだろう。
ただ、分からない事が一つあった。始めのカティの質問に、エーテルとは別の単語があったような気がしたのだ。
たしかそれは、
「魔力って……なに?」
答えたのはロレインだ。
「それは、これを食べ終わったあとに私から説明しよう。元からジュリアの魔力について話そうと思っていた所だ」
異世界の定番、魔術!!
因みに自分は『魔術と呼ぶ』派です。どうしても魔法と聞くと神秘が強過ぎるイメージがあるので。
それにしても、魔術設定を考えるのはとても楽しい。
そして、PV30000突破。ありがとうございます。