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魔法猫で生きてみて  作者: ライチベリー
第一章,『新たな猫生』
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9話,『黒い生き物の襲来』


 明るい夏の日差しが、外に面した窓から振りそそぐ。

 柔らかな光は、しかしとても暑い。布団の白に反射したその光は、ユリの瞳を眩しく照らした。

 そして、その窓の先に広がるのは濃い緑と、空の蒼さだ。

 光に照らされていてもなお、その暗さをとどめるその姿。その、最奥など到底見渡すことの出来ない広大さが、ユリに、自分たちがいつもとは違う場所に居ると思い起こさせる。


「ふぅ」


 彼女の主人や、愛しい女の子の前では、決して見せない筈の疲れを表す吐息。それを漏らしつつ、ユリは毎日の仕事をこなしていく。


 ジュリア様の部屋のベッドのシーツを剥がし、そしてその部屋の掃除を一通り済ませたところでユリの動きが止まった。


 ――――何か仕事が残っているでしょうか?


 いつもならば、何も考えずに体を動かし仕事を終わらせるのだが、何分そう簡単には行かない。

 体が勝手に動いてくれるのは、ロレイン様が住む上品な本来の屋敷(,,,,,,,,,,)であって、今いる仮住まいの屋敷ではないのだ。 


 自分の主人に文句は言いたくないのだが、しかしユリは早く本来の自分たちの住まいに帰りたいと思っていた。

 何しろ、


 ――――この屋敷の広さは…………。


 巨大な敷地面積を誇るこの別荘だが、だから掃除がめんどくさい。

 通常は複数の掃除婦を雇うべきなのだが、あいにくメイドはユリ一人。責任がその華奢な肩に積もっている。


 この別荘のために、求人広告を掲載したりもした。したのだが、誰も雇われようとはしない。

 

 全ては悪過ぎる立地環境が原因だ。


 まあ、誰も好き好んで獰猛な生物の住む森で働きたいとは思いませんが。

 というより自分もここで働きたくない。ロレイン様の御先祖が何を考えたかは知らないが、何故こんなところに巨大な別荘を造る必要があったのだろうか。


 普通凶暴生物の宝庫であるパピロラの森ではなく、大陸の南に位置するリゾートスポットとかだと思うのですが、別荘地って。


 文句だけなら、腐るほど出る。仕事自体は嫌では無いのだが、最近の過労ぶりは異常だった。

 ロレイン様が、


『今日は少し休め』


 と仰っていたが、そんな暇あるわけ無いでしょう。不器用ロレイン様に任せると屋敷半壊ですし、まさかジュリア様の美しい御手を煩わすわけにもいきませんし。


 だから、文句をたれる前にとっとと終わらして、幸せなティータイムにしようと思うのだ。勿論、あの世界一キュートなジュリア様をお誘いして。


 一人の少女、今自分が掃除している部屋の持ち主をユリは思い浮かべる。

 

 数日前、主人が帰って来た。いつものように冒険者の装備姿で。しかし帰宅時間は通常よりよりずっとずっと早くに、だ。

 ユリがその疑問を問いかけようとして、そしてその新しい荷物を見た瞬間、


 ―――――――ええ、勿論驚きましたとも。


 だってその荷物が、裸の少女だったのだからしょうがないだろう。しかも絶世のまるでお伽噺から抜け出してきたような保護欲バンバン湧く美少女だ。正直、ユリのストライクゾーンを見事に射抜いていた。

 その夜寝付けない程の興奮は、ユリの記憶に新しい。確か、一晩中寝顔見てうっとりいていたような気がする。

 それに、目覚めてからもジュリア様の可愛らしさと可憐さは留まる事を知らなかった。まさか男口調の黒髪美少女(低身長)とは、ギャップ萌えの真髄がここに極められた。

 

 頬を染めて喋る様子の何と愛らしい事か。己の幼い部分、弱い部分を隠すようにして、背伸びしながら男言葉で話す彼女は、まさにこの世に舞い降りた最期の天使、世界を救う聖女。


 ――――――んっ?


 ユリの思考は、かなりぶっ飛んでしまっているが、そんな心理状態でもユリがそれに気付けたのは、彼女の高い能力のおかげだった。


 興奮に染まる視界の中。その隅で、ゴソゴソと何かが動いたような気がしたのだ。


                       ○


 先程までの、色魔を化していた駄メイドはそこにはいない。ロレインの優秀な側近をして、彼女は危機を回避しようとした。


 始めは素早い動きだ。


 ユリはその肢体を低く屈めると、後ろの方向に跳躍した。

 それは咄嗟の反応から生まれた回避動作で、鍛錬を積んだ彼女の体が家具に当たることはない。一人のメイドさんが、その清潔なエプロンドレスを揺らしながら、音も立てずに床に着地した。

 

 その動作は一瞬で終わる。着地で彼女は体勢を崩さず、ただその両腕を前方に突き出し、迎撃の態勢を取る。 


 一連の動作と同時に、ユリの瞳は前方を確認していた。

 その目の前の壁にはなにもない。解放された窓からの微風が、シーツやカーテンを揺らしながら広い部屋を駆けていく。安全な昼の風景が、つい数瞬前と同じように繰り広げられているだけだ。


 しかし、ユリは油断しない。体を元の体勢に戻しながらも、注意深く周囲の様子を探り続け、脅威がないと確認するまでは、意識を常にトップに持っておく。それは、ロレインに仕えるメイドとしては当然の事で、


 だから、背後の微かな音、ガサガサという動きを聞き逃さなかった。


 急な動作で体を反転させる。それは相手に隙を与えず、そして此方が反撃するための布石だった。

 

 ――――――もし敵がいたら、焼き払いますっ!!


 体内の魔力を練り上げ、脳内で術式を構成。今朝、彼女の主人が見せたように、外的排除のための攻撃魔術。それを発射する準備を済ました。

 隙など見当たらない万全な構えでユリは前に向いた。


 しかし、目の前には敵の黒い影は無い。滲み出る殺気も、緊張で高鳴る心音も聞こえない。

 ただ、黒く汚い虫が這っているだけだった。


「っ!!」


 驚きと緊張が、強張りと共に全身を包み込んだ。

 しかしあくまで冷静に、ゴキブリの緊急事態にもユリは慌てない。


 ガサガサと気持ち悪く動きながら、髭をユラユラ揺らす怪生物G。それを視認した瞬間、彼女は躊躇い無く、魔術のロックを外した。


 彼女の体内で練り上げられていた魔力は外部へ漏れ出す。魔力は方向性を持って収束。体の各所から魔力の奔流が始まり、そして指先に集まっていく。

 そして、指先に構成された術式に、起動魔力が注ぎ込まれる。


 そして、ユリの望み通りに不思議は発言した。


 指先に小さな灯が燈る。

 炎はまるで竜巻のように、指の向きに合わせて高速な回転を繰り返して言った。始めは小さかったそれは渦を巻く過程で、大きな炎弾(えんだん)となって指に留まる。


 ――――――本当はもっと大きな術式が良いのですが。


 しかし、ジュリア様の部屋に傷を付けるわけにはいかない。それに、ゴキブリを殺すのに必要な力はこの魔術で十分過ぎだ。


 炎の弾の準備には、ほんの一瞬しか掛からなかった。


 ユリは無言の動作、腕を上に跳ね上げるアクションで魔術を撃った。

 燃え盛る火焔の銃弾は、一直線の煙を宙に描き、目標に向けて飛翔する。

 燃え盛る炎自体が推進力となり、対照を爆砕する攻撃力が目にも止まらない高速で、床にいるゴキブリに迫った。


 しかし。


 ユリの攻撃を受けて、ゴキブリは新しい動作をおこなう。

 炎弾がその体に当たり、跡形もなく燃やし尽くす前にその背にある黒い羽を開く。そして、その中から薄い飛翔用の羽を大きく広げた。


 全ての挙動は一瞬だった。

 遅い、しかし確実な滑空でゴキブリは空を飛ぶ。そしてユリの攻撃を完璧に回避したのだった。                      

 そして、ゴキブリの飛翔はそれだけでは終わらない。

 火焔の弾を回避した動きの延長で回転し、体の向きを正す。百八十度の急な方向転換。静かな羽音でそれを成し遂げる。

 そのゴキブリの先には、ユリが居た。


 だから、ユリは必然的にゴキブリに飛び付かれる形となって。


「きゃぁぁあああああ!!」


 けたたましい叫びを、部屋に響かせた。



                         ○




 

  


 前篇やったのに後篇無いじゃん!! という方ご安心を。

 この話の後に書く予定です。


 そして祝うべきPV20000突破。

 本当にありがとうございます。

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