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キアラ、心、都

 「本当にマシな部屋割りでよかった〜。あ、部屋割りじゃなくて、車両割りだっけ? ま、どっちでもいいか」


 キアラが枝毛を探しながら、呼びかけともひとりごととも取れる口調でそう言った。


 「トイレはともかくさ〜。風呂はどうすんのって思うよね。まさか一週間入れないの!? 勘弁してよ〜。——にしても」


 心に視線を移して、キアラは言う。


 「百合野サンって言ったっけ? 本当に綺麗な顔してるよね〜。人形みたい」

 「恐縮です」

 「否定しないんかい。そこはさ〜『いえいえそんなことは……』って謙遜を挟むとこでしょ」

 「そうなんですか。いえいえそんなことは……」

 「いやもう遅いから」


 ひょっとしてこいつ天然か? とキアラは一瞬思うが、いやコミュ障なだけだな、と考え直した。


 コミュ障にも色々ある。自分の意思をちゃんと言葉で伝えられる、ということだけがコミュケーション能力ではない。その場のノリに上手く乗ることができるか、適当な言葉を言えるかどうかもコミュニケーション能力の一つだ。


 「せめてもうちょっと表情に変化つけた方がいいよ? 愛想よくないとモテないでしょ。そんなんじゃいくら顔よくても行き遅れちゃうよ?」

 「キアラちゃん、おせっかいな親戚のおばちゃんみたいなこと言うね」

 「ホントじゃん。あぶな〜」


 キアラと都は、案外上手くやれていた。中身のない会話を上辺だけは楽しげに交わすことができるくらいには。


 キアラの無神経さが都には心地よかった。


 他のメンバーであれば、守を失ったばかりの都に気を遣って、ぎこちない接し方をしていたかもしれない。そんな人を前にすると、都の方でも気を遣ってしまうので、結果的によかったのかもしれない。


 この人も気を遣うタイプではなさそうだし……都はさっきからピクリとも動かない心の表情筋を見つめた。


 「そうだ。百合野さんは叶えたいこととかないの?」

 「アタシも聞きたい。彼氏の方は土下座してまで叶えたい願いがあるらしいけど、百合野サン的にはどうなの? 叶えたいことあんの?」


 意気揚々と心の顔を覗き込む二人。


 「いえ、私は何も望んだことなどありません」

 「ええ? そりゃそんなに強く渇望したことはなくてもさ……生きてれば『あれが欲しい! これがしたい!』って思うのが普通っしょ」

 「私は"普通"ではないので……」

 「え、中二病? その年で?」

 「普通じゃないってどういうこと?」


 好奇心を刺激された都が尋ねる。


 「私には心というものがないんです」

 「いよいよ愛を知らないアンドロイドみたいなこと言い出したよ。そーいうの痛いって」

 「私は痛みも他人より感じにくいんです」

 「聞けよ」


 キアラは、もう呆れ返った目で心を見ている。


 「嬉しいとか悲しいとか楽しいとか——そういうのを感じ取る能力が低いんです」

 「それは生まれつき?」

 「そうだと思います。物心ついた時にはこんな感じでした。私は生まれた瞬間から普通の人たちとは違っていたんです」

 「本当に?」

 「本当です。私は生まれつき感情や感覚が鈍い。だから笑うべき場面で笑えないし、悲しむべき場面で涙が出ることもない。何かをほしいと思ったことも、やりたいことが浮かんだこともありません。生まれてこの方何かを望んだことはないんです」

 「くだらな」


 キアラが鼻で笑い飛ばす。


 「感情のない人間なんていないよ。欲望のない人間もね。機械や人形じゃなくてあんたは人間なんだから、あるに決まってるんだ」

 「……あの人と同じことを言うんですね」

 「あの人?」

 「誠士郎さんも同じことを言っていました。あなたは人形じゃなくて人間だと。必ず"心"があるはずだと」

 「そりゃそうでしょ。あんた、彼氏の前でも笑ったり泣いたりしたことないの?」

 「はい。一度も」

 「へーおじさんかわいそ。いつまでもそんなんじゃ愛想尽かされちゃうかもよ」

 「……誠士郎さんは『一生をかけてあなたを幸せにする』と言ってくれました」


 心の表情は相変わらず変わらなかったが、都はその時確かに心の感情が感じ取れた気がした。


 「プロポーズじゃん! いいなあ」

 「都ちゃん、ませてるね〜。もうプロポーズに食いつきを見せる年頃なんだ?」

 「そんな子どもじゃないし! なんなのみんなして……こっちを何も知らない子ども扱いして。もう恋愛だってできる年頃だよ! なのに……」

 「あ〜確かに小6なら、来年は中学生だもんね。そりゃ恋愛の一つや二つしますわ。ごめんごめん。機嫌直してよ」


 都がほっぺたを膨らましているのを見て「そういうところが子どもっぽいんだよなあ……」とキアラは思ったが、胸の内にとどめておいた。


 「キアラちゃんは願い事ないの?」

 「アタシ? アタシはあるよ、叶えてほしいこと」


 都は目を見張って「どんなのどんなの」とキアラの腕をゆすった。


 「うーん。一言で言うなら『友達と仲直りさせてほしい』かな」

 「? それくらい自分で叶えればいいじゃん」

 「そんな簡単にいかないの。高校生の人間関係は色々とムズイんだから」

 「いたっ」


 デコピンされた都は、おでこを押さえて恨めしげにキアラを見上げる。


 「一度外されたら、またグループに入るのは難しいわけよ」

 「キアラちゃん、ハブられちゃったの?」

 「言い方に注意してよ。別にアタシが悪かったわけじゃないんだし」


 思い出すとイラつくのか、キアラは頭をガシガシとかく。


 「あいつのせいだよ。全部あの陰キャオタクのせいだから」

 「ひょっとして彼氏のこと言ってる?」

 「彼氏じゃないってば! 罰ゲームで付き合うハメになっただけ。あいつが大ごとにするから……」


 キアラは、自分がクラスで所属していたグループから外されることになった流れを語った。


 キアラは、外される前まではグループのリーダー的存在だった。女子四人のグループの中で最も目立っていた。キアラは知らず知らずのうちに万能感を膨らませていた。自分は何をしても許されるような気がしていた。


 調子に乗ったキアラは、クラス内で誰ともつるまずに、休み時間に教室の隅でゲームをしている一ノ瀬裕也に目をつけた。


 「あいつキモくない?」


 キアラのその一言に、グループの女子たちは同調した。それに気をよくしたキアラは、裕也の悪口を続けて言った。空気を読んだ女子たちは、キアラに便乗して裕也を悪く言った。


 それからキアラは、裕也に聞こえるように悪口を言ったり、通路にわざと足を突き出して裕也を転ばせようとしたり、陰湿な嫌がらせを何度か行った。


 誰も注意しないため、キアラはますます図に乗っていった。


 ある日、グループ内でキアラの発案により賭けが行われた。


 彼女たちの高校のサッカー部が県大会を突破できるか否か。キアラは『負ける』の方に賭けていた。


 「もし外したら、あのオタクくんに告白してやってもいいよ」


 自分だけは大丈夫だと思い込んでいたキアラは、そんな大口を叩いた。


 結果、キアラは賭けに負けた。自分から言い出した手前、罰ゲームを実行しないわけにもいかない。そんなことしようものなら、みんなにダサい奴だと思われる。


 告白というよりも脅迫に近い形で、彼女は裕也に自分と付き合うように言った。クラスの冴えないオタクくんにフラれるなんて彼女のプライドが許さないからだ。


 なんで自分がこんな冴えない奴とカップルにならなくちゃいけないのか。こんなことになったのは全部こいつのせいだと思うようになったキアラは、一応は恋人同士なのにも関わらず、裕也に酷く当たった。


 裕也が何か気に入らないことを言ったりしたりすると、厳しい言葉をずけずけ浴びせた。


 軽い力で払った手が裕也の頬に当たり、爪が薄い皮膚に食い込んで血が出てしまったところを先生に見られたのは、たまたまだった。


 一日を経てば綺麗に治る怪我とも呼べない怪我だった。キアラ自身、本気で傷つけようと思ってやったことではなかった。たまたま爪が伸びていただけ。たまたま血が出てしまっただけだと。


 しかし、現場を見てしまった先生からはしっかりと注意された。高校生にもなってそんな喧嘩の仕方をするなと。


 キアラが注意を受けたことは、すぐにクラス中に知れ渡った。


 松永さん、一ノ瀬のことビンタしたらしいよ。

 校舎裏に呼び出してボコボコにしたんだって。


 噂はあっという間に尾ひれがついて、クラスメイトのキアラを見る目が白いものに変わっていった。元々キアラの態度を好ましく思っていなかった生徒は多く「あいつならそのくらいするよな」という暗黙の了解が生まれていた。


 グループ内でのキアラの立場は、急速に危うくなった。露骨に自分を避けてくるメンバーたちにキアラは不満たらたらだったが、三人全員に揃って拒絶されては、ツケツケと文句を言う勇気も生まれなかった。


 「じゃあ、その仲良しグループに戻りたいっていうのが、キアラちゃんの願いなんだ?」

 「そう。そのためにあいつにも生き残ってもらわないとね。すっごく不本意だけど、一応彼氏なわけだから」

 「裕也くんにも、その"願い"を話したの?」

 「うん。だから絶対にドジ踏んで死ぬなよって釘刺しといた。なのにあいつ……よりにもよってあのおじさんと一緒とか……」


 誠士郎の土下座を思い出して、キアラは苦い顔をする。


 「でもあのおじさん、人殺したりとかできなそうだし大丈夫でしょ」


 楽観的なキアラを、都は「本当に大丈夫かなあ……」とでも言いたげな目で見ていた。

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