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二つ目の指示

 『さてさてみなさんお待ちかね! 今日の指示のお時間で〜す!!』


 天使のように可愛らしい声が、悪魔のようなことを告げるために俺たちに呼びかける。


 『そ・の・ま・え・に。メンバーを集めないといけませんね! はーい全員集合〜!』


 パチンッと指を鳴らす音と共に、二人の人間が銀次たちのいる車両に現れた。


 「はっ!? おい、なんだよこれ!?」

 「わわっ……」


 急にワープさせられた王仁と綾子が、今起こったことが信じられないというように、自身の体を見下ろしている。


 「おい何なんだよ! 俺はこいつらと馴れ合うつもりはねーぞ!」


 王仁が主催者に吠えるも、主催者は鼻歌なんか歌っていて、答えるつもりなどない様子。


 「おい綾子!」


 王仁が彼女に怒鳴り散らす。


 「お前何挨拶なんかしてんだよ!」

 「だって……」


 綾子と目が合った銀次は、彼女に軽い挨拶としてわずかに頭を下げたのだった。綾子もその返礼として軽く頷いた。その流れを王仁に見られてしまったというわけだ。


 「勝手なことすんなって言ってるだろ! お前は俺の言うことだけ聞いて置き物のようにしてればいいんだよ!」

 「ちょっとあんた……!」


 銀次は王仁を刺激してはいけないと思いながらも、咄嗟に口が動いていた。


 「綾子さんは大人で一人の人間なんですよ。そんなふうに怒鳴り散らして自分の言いなりにさせるなんて——」

 「あ? なんだてめえ」


 王仁が体の向きを変えて、やけに緩慢な動きで銀次に歩み寄る。


 ただ立っているだけで威圧感のあるラグビー部のような体格の王仁が、明らかな怒気を纏わせて銀次に近づく。


 王仁が暴力的な男だと、銀次は初対面の時に思い知らされていた。訪れる可能性が高い激痛に、体が耐え切る準備を始める。


 「ちょっとそこのチンピラ!」

 「あ? ッ……おい何すんだ、クソガキ!」

 「み、都!?」


 都が背後から王仁に飛び蹴りを喰らわしたので、銀次はギョッとする。


 「何してんだ!? 早く離れろ!」


 王仁の意識が都の方にいったのを認めて、銀次は焦る。


 都は聳え立つ巨体に鋭い眼光で睨み上げられても、どこ吹く風といった感じで腰に手を当てて堂々と胸を張っていた。パッチリした両目が好戦的な色に染まっている。


 銀次が王仁の広い背中に手を伸ばしたその時。


 「や、やめなよ王仁くん……」


 綾子が王仁の腕に縋りついて、消え入りそうな声で言った。


 「ねえお願い。大人しく座って"指示"がくるのを待ってよう……? ——それに王仁くんが怪我したら悲しいし……」

 「チッ! 離せよ綾子」


 王仁が綾子の腕を振り払い、優先席にドシンと座る。綾子はホッとした表情になり、王仁の隣に並んで腰かけた。


 「都! なんであんなことしたんだ」


 銀次が駆けつけてきた都に問う。

 都は銀次に勢いよく抱きついて「だって……」と小声で言った。


 「あの人好きじゃないんだもん。銀くんのこと殴ったし。今も多分殴ろうとしてた。だからやり返してやったの。銀くんの仇をうってやろうと思って……」

 「都……やんちゃだなあ、まったく」


 困ったな、と思いつつも都が自分のためにと思って行動してくれたこと自体は嬉しく、銀次は優しく苦笑した。


 その顔を見た都は頬を赤く染めて一瞬言葉に詰まった後「えへへ」と照れくさそうに笑った。


 『決まりました! 二日目の指示の内容!』


 お待たせしました〜! という主催者の言葉に、待ってねえよ、と胸中で悪態をつく銀次。


 『二つ目の指示は、みなさんに話し合って犯人を突き止めてもらうこと、です!』

 「犯人……」

 『ええ。佐藤守さんを殺したのは誰なのか——その犯人をみなさんに推理して、当ててもらいます! 犯人当てゲームです!』

 「もし外したらどうなるの?」


 海が早鐘を打つ心臓に手を当てて尋ねる。


 『みなさんで話し合って決めた"犯人"が外れた場合は——もちろんペナルティです』


 ペナルティ、という単語に銀次の背筋を冷たいものが這う。


 昨日みたいな、いやそれよりも重い罰が与えられるかもしれないのか……俺たち参加者に……。


 周りを見渡してみると、皆一様に暗い顔つきをしていた。


 絶対に間違えてはいけない。


 皆の心が一つになった。


 海先輩が俺の手をキュッと掴む。震えているその指先を包み込む。


 「先輩大丈夫です。俺がいる限り、絶対に先輩を怖い目には遭わせません」

 「銀次くん……ありがとう。銀次くんはいつも格好いいね」

 「かっ……! そ、そんな……俺なんか先輩に並び立てるほど立派な男じゃ……」

 「ううん。銀次くんは私のヒーローだよ。……あの日からずっと、ね」


 手を恋人繋ぎにされて、銀次は頬を赤く染める。


 「銀くん私の手も繋いで」


 都がほっぺを膨らませてそう言うので、銀次はその望みを叶えてやった。


 ***


 「守くんはトイレで殺されていた。守くんは夜中にトイレに起きたところを狙われたんだと思う」

 「後から個室に来た誰かに絞殺された、ってことですね。俺もそうだと思います」


 銀次は海に同意する。


 「トイレ以外の場所で殺したのかも……とも一瞬考えたんだけど、犯人がわざわざ守くんをトイレに運ぶ手間をかけるとは思えないんだよね」


 それにこれから自分も使うトイレに死体を運んで置いておくなんて、常人ならやらないと思うんだ——海の言葉を銀次はもっともな心理だと肯定した。


 「でも守くん、一人で行動しないようにって言われてたのに、夜中に一人でトイレに行くなんて勇気あるね」


 ほのかが感心したように言う。


 「眠っている俺たちを起こすのは申し訳ないと思ったのかもしれません。……そんなこと気にしなくてよかったのに」


 銀次が悔やんでも悔やみきれないというように唇を噛む。


 「みんな、自分が眠りに落ちたのが何時ごろだったか覚えてる? 大体でいいから。ちなみに俺は1時くらいだと思う」

 「えっと……私は0時くらいですかね……」

 「私はおそらく23時には」

 「アタシはよく覚えてないけど、2時までには寝てたよ多分」

 「俺も2時までには寝てたと思います。それから朝まで一度も目覚めませんでした」

 「俺は2時半頃……ですかね。最後に時計を見たのが2時ちょっと過ぎくらいでした」

 「私もなかなか眠れなかったけど、それでも3時くらいには眠ってたと思う。あんま深い睡眠って感じじゃなかったけど」

 「私も1時くらいには寝てたかなあ……銀次くんは?」

 「俺も1時くらいだと思います」


 誠士郎、ほのか、心、キアラ、裕也、兼、都、海、銀次の順で、大体この頃に睡眠に入ったと報告する。


 「綾子さんたちは?」


 誠士郎が尋ねる。


 「俺たちは0時ぐらいに寝たよ。つーか俺たちは除外していいだろ」


 王仁は顎で後方の車両をさす。


 「あんな馬鹿でかいもんが出入り口を塞いでたんだ。外になんか出られるかよ」

 「それはどうだろう……主催者に言えばどかしてもらうこともできるんじゃない?」

 「あ? なんだてめえ。喧嘩売ってんのか?」


 誠士郎にくってかかる王仁。

 一触即発の空気に、他の面々はハラハラする。


 「そんなつもりはないよ。ただ君たちを簡単に犯人候補から外していいのか、って思ってね」

 「やっぱり喧嘩売ってんじゃねえか。言っとくが俺たちは昨日の晩、あそこから一歩も出てやしねえぞ。最後の一組になるまで缶詰してるつもりだったんだ。わざわざこっちから出向いて殺すなんざ、七面倒くせえことしてられっかよ」


 なるほどそういうことなら頷けるかもしれない、と銀次は一瞬思った。


 いや。でも——。


 「でもあんた、平気な顔して人殺しそうじゃん」


 爆弾発言をしたのは、キアラだった。


 「実際、昨日だってそこのおじさん殺しかけてたし。そんな血の気の多い奴が大人しく待ってるだけなんて信じられないね」

 「お前……!」


 王仁が立ち上がる。


 「……って昨日こいつが話してたんだよね」

 「ええっ!?」


 キアラが裕也の腕を引っ張り、前に出す。

 濡れ衣を着せられた裕也は、王仁の顔を見て「ひっ」とうめき声をもらす。


 「待って王仁くん」

 「あ?」


 綾子が王仁の袖を掴んで、クイクイと引っ張る。


 「座って」

 「は? お前、俺に指図してんじゃねえ」

 「今ここで揉めても、どうにもならないよ。今度こそ縛り付けられて、身動き取れなくされちゃうかもしれないよ」

 「チッ!」


 その危険性は彼も考えていたのか、渋々ながら座る王仁。


 「守くんがトイレに起きたのに気づいた人はいなかったのかな?」


 誠士郎が呼びかける。

 これには皆首を横に振った。


 誰も守くんが起きたのに気づかなかった。そして、守くん以外に夜中トイレに起きた者はいない。


 質問の結果、わかったのはそのことだけだった。

 しかし、皆が正直なことを言っているわけではないと、誰もがわかっていた。


 守は殺されていた。それは確かな事実なのだ。よって誰かが嘘をついていることは明らかであった。


 誰だ? 誰があの子を殺したのか——。


 こんな肌がひりつくような状況でも涼しい顔をしている心を除いて、皆は自分以外の顔を見渡して、その表情を窺っていた。もっとも犯人らしいのは誰なのかと。誰が嘘をついているのかと。


 「ちなみに君たち、トイレはどうしてるの?」


 誠士郎が王仁と綾子に尋ねる。


 「トイレならあの車両にも設置されてるよ。つかトイレがついてるから、あの車両に立てこもったんだ」


 銀次は綾子を見やり、トイレが設置してあったことに安堵した。


 「——主催者。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


 誠士郎が主催者に呼びかける。


 「俺があの本棚をどかしてほしいって言ったら……どかしてくれるの?」

 『はい。お望みなら音もなくどかしたり引っ込めたりもいたしますよ〜』


 主催者が疑問に答える。


 誠士郎がなぜこの質問をしたのか、他の者らも察した。


 空気が、変わった。


 「ふざけんな!」


 王仁の怒声が響き渡る。


 「俺はやってねえぞ! だから俺を"犯人"として報告したって、ペナルティくらうだけ——おいなんだその目は!」


 皆視線をずらして、王仁と目が合わないようにする。


 「大体証拠も何もねえじゃねえか!」

 「ないからこそ、だよ」


 誠士郎がつぶやく。


 「有益な証拠が見つからないからこそ、印象や直感が重視される——それは仕方のないことだと思う」

 「てめえ開き直ってんじゃねえ!」


 王仁は立ち上がり、誠士郎に一発かましてやろうと拳を握りしめる。


 「やめて王仁くん!」

 「お前は黙ってろ綾子!」

 「ダメだよ! 殴っても何も解決しない! だから落ち着いて!」


 王仁のゴツい体に抱きついていると、綾子の小動物感が増して見える。ヒグマとリスのような二人だ。銀次は今にも綾子が吹っ飛ばされるのではないかと、気が気でなかった。


 綾子は吹っ飛ばされずにすんだ。王仁は再び腰を落ち着けたが、その獰猛な眼差しは他の参加者を一巡した後で、誠士郎の前で静止した。


 誰もが口を開けずにいると、主催者の場違いなほど明るい声が聞こえてきた。


 『さてさて! みなさん"犯人"は決められましたか〜?』


 それは、大多数の参加者の心が一つであることを確信しているような口ぶりだった。


 銀次もわかっていた。これ以上話し合いを行なっても、皆の結論は変わらないだろうと。


 『よろしいみたいですね。ではみなさん。犯人だと思う方を、せーので指差してください!』


 せーの、という主催者の声の直後、銀次たちは指先を動かした。


 「チッ! やっぱりこうなるのかよ……」


 王仁は忌々しげに吐き捨てる。


 綾子と王仁以外の参加者は、全員王仁を一番犯人に近い人物だと告げていた。


 「心さん、ありがとう」

 「別に……」


 誠士郎は心にお礼を言う。

 心は王仁が本当に犯人だとは思っていなかったが、誠士郎が王仁を指差せと言ったので、そうしたのだった。


 「誰が犯人なのかとか、全然わからなかったので。どうせわからないなら、誰を指しても別にいいかと思っただけです」

 「お前……!」


 誠士郎を殺気のこもった目で睨みつける王仁。


 都は思わず銀次の手を握りしめた。いかに気丈な彼女でも恐怖を抱いて震えてしまうほどの迫力だった。


 その殺気を一身に受け止めている誠士郎は、緊張した様子こそあれど、震え上がっているわけではない。ただ真っ直ぐに王仁を見つめ返していた。


 百合野さんに隠れてわかりにくいだけで、この人もかなり心臓が強いんだな……銀次はそう思った。


 『ブッブー! ハズレー! 佐藤守さんを殺した犯人は、武田(たけだ)王仁さんじゃありませ〜ん!』


 落胆が車内を包む。


 「だから言ったじゃねえか。ヘマ打ちやがって」


 王仁がツバを床に吐き捨てる。


 王仁は犯人じゃなかった——。


 じゃあ誰が? その思考は続く主催者の言葉で打ち切られた。


 『ってことで指示を遂行できなかったってことで、ペナルティで〜す!』


 「あ……ああっ……!」


 ほのかが頭を抱えて、絶望のうめき声をもらす。兼が隣で背中をさするも、彼の手もまた震えていた。


 銀次は、まだ記憶に新しい苦悶を思い出す。


 次は一体どんなペナルティが下されるのだろうか……。


 『それでは二つ目のペナルティ! それはつまり、今からみなさんには、一日だけ散り散りになってもらいます!』

 「散り散りにって——」

 『はい。今から私があみだくじで三人組を決めます。明日の朝6時になるまで、みなさんにはその三人組で過ごしてもらいます!』

 「待て」


 銀次がストップをかける。


 「俺たちは今11人だ。三人組を作るとしたら、二人余るんじゃないか?」

 『ちょっとちょっと! 佐藤守さんを忘れないであげてくださいよーう。もう死体になっちゃったわけですけど、大事な"仲間"の一人じゃないですか〜』


 主催者の口調は、明らかに煽っていた。銀次は唇を噛んで「……そうだったな。悪い……」と沈んだ声で言った。


 ということは、誰か二人が朝まで死体と過ごさなくてはいけないということだ。それだけでも気が重いが、それ以上に恐るべきことがあると銀次はもう察していた。


 守くんグループに入れられたら、二人きりになってしまう……その相手が例えば海先輩や都なら安心だけど、もし王仁と一緒になったら……。


 最悪な組み合わせを想像して、銀次は鳩尾が冷たくなった。


 『あっみだっくじ〜。あみあみだくじ〜。あみだくじ〜』


 あみだくじを作成している最中らしく、楽しげな歌声と紙に線を書き込む音が聞こえてくる。


 『決まりました! 部屋割りならぬ車両割りを発表させてもらいます!』


 銀次は知らず知らずのうちに祈るようなポーズになっていた。


 『まず一組目! 青井海さん、真島誠士郎さん、一ノ瀬裕也さん。このお三方には一両目でお過ごしいただくことになります』


 海が銀次を見上げる。そのくっきりした二重瞼は今にも泣き出しそうに震えていた。


 「銀次くん……」


 海は、何かまともな言葉を口にすれば歯止めがきかなくなってしまいそうだから、ただ彼の名を呼ぶだけにとどめていた。


 『二組目! 松永キアラさん、百合野心さん、胡桃沢都さん。あなたたちは三両目に』


 「そうだ。ねえトイレはどうすればいいの?」


 都が尋ねる。


 「私は三両目だからいいけどさ。他の人たちはどうすればいいわけ? トイレの時だけ移動は許す、って感じ?」

 『いえいえ。みなさんには決して車両を移動することなく、三人だけで過ごしていただかなければなりません。——ですので、これを渡しておきますね』


 キアラ、心、都の三人を除く皆の足元に、ペットボトルが転がる。


 「まさかこれで用を足せっていうのか」

 『はい。不便でしょうが、一日だけなので我慢してください』

 「よかった〜。三両目で」


 キアラが胸を撫で下ろす。


 「それにメンバーも悪くないし? はー安心安心。ビビらせやがって」


 恋人である裕也と別れても、彼女はなんの心配もないようだった。


 『三組目! 金森銀次さん、田中兼さん、(さくら)綾子さん。五両目でお過ごしください』

 「ああ……?」


 地の底から響いてくるような低く恐ろしげな声に、車両内の温度が下がる。


 王仁は頭上を睨みつけ「おいクソ狂人!」と怒鳴り散らした。


 「やり直せ! ぶっ殺されたくなきゃ、俺と綾子を別々にするな!」

 『嫌で〜す。そんなお願いが聞いてもらえるとでも? あなたがどれほど腕っぷしの強い男性でも、私にはそんなの関係ないんですよ。脅したって無駄ですから、あんまり喉を酷使しない方がいいですよ』

 「クソッ! 馬鹿にしやがって!!」


 王仁は足元のペットボトルを蹴っ飛ばす。勢いよく飛ばされたそれは裕也の額にぶつかり、彼は「いたっ!」とうめいた。


 「こいつなんか、弱いし鈍臭いし間抜けで隙だらけだしで、ちょっとでも目を離したら殺されるに決まってんだろうが! こんなお荷物でも死なれちゃ困るんだよ!」


 綾子を指差して、王仁はわめく。


 「こいつに生きててもらわなきゃ、俺の願いが叶わないじゃねえか!」


 王仁の願いはなんだろう。

 どうせ身勝手な願いだろうと、銀次はそう考えた。何せ王仁にろくな印象がないため。


 『でもルールはルールです。私が出した"指示"を実行できなかった場合、重いペナルティが待っていますよ?』


 少々厳しい口調で主催者が釘を刺す。

 こいつはやろうと思えば、俺たちのことなんか簡単に殺せるのだ。そう実感させる圧力が声に乗っていた。


 「えっと……安心してください、桜さん」


 王仁はともかく、不安そうにしている綾子には優しげに宣言する銀次。


 「あなたを殺そうなんて考えてません。俺は人を殺してまで叶えたい願いなんてありませんので安心して——」

 「おい! 何勝手に話しかけてんだよ!」


 王仁に胸ぐらを掴まれて、もう少しで足が浮きそうになる銀次。


 「善人ぶって腹の中では何考えてるかわかんねーだろーが! お前もそこのメガネも俺は信用してねえからな」


 元々いかつい顔をしているので、凄むとその迫力は何倍にもなる。


 「いいか」


 凶悪な顔が鼻が触れ合いそうな距離までくる。


 「明日の朝。もし綾子が死んでたら、俺はお前もあのメガネもぶっ殺してやるからな。そうだな……歯全部折って指で目ん玉ほじくってから殺してやる」


 ハハハ、と愉快そうに笑うが、機嫌が最高潮に悪いことは明らかだった。


 離された瞬間、銀次がヘナヘナと床に崩れ落ちそうになるのを、海が支える。


 「おい綾子! 余計なこと話すんじゃねえぞ!」

 「う、うん。わかったよ王仁くん……」


 綾子は完全に王仁の言いなりで、先ほどからしきりに手を揉んでいた。落ち着かない時の癖かな、と銀次は想像した。


 『それでは最後の組の発表〜。佐々木ほのかさん、武田王仁さん、佐藤守さん。あなたたちは七両目に移動してください。あっ、佐藤守さんはこっちの方で動かしておきますね』


 指を鳴らす音と共に、守くんの死体が消える。


 『大事な"仲間"の一人』なんて言っておいて、完全に物扱いしているな。


 銀次は悪趣味な主催者にうんざりしていた。


 『それではみなさん移動してください。明日の朝にまたみんなで会いましょうね』


 みんなで……か。


 このペナルティの恐ろしさは、王仁が教えてくれた。


 このイかれた状況で恋人と離れ離れになることが、どれほど危険か——殺人犯がいるこの状況で。しかも殺人犯は一人ですむとは限らない。


 どうしても叶えたい願いがある者——それが王仁と真島さんだけとは限らないのだから。


 果たして、全員が一日を無事に乗り切れるかどうか。


 殺人が起こらずにすむのか。


 考えれば考えるほど、恐ろしいペナルティだと思う。体に電流を流すとか、そういうわかりやすく残酷で暴力的な指図ではない。


 それぞれの車両に移動する前に、カップルたちは各々会話やハグを交わす。互いの無事を心から祈って。


 「先輩。その……」

 「大丈夫。……大丈夫だから、それ以上何も言わないで」


 唇に人差し指を当てられて、言葉を止められる。


 海先輩は今、怖くて怖くてしょうがないんだ。今にも泣き出してしまいたいのを必死に耐えて、気丈に振るまってくれている。


 銀次は海の手を包み込む。


 「絶対にまた会いましょう。先輩がまたステージに立てるように、変わらず輝けるように、俺もできる限りのことをしますから」

 「銀次くんはいつでも私を応援してくれてるね」

 「当たり前です。先輩は俺の最推しですから!」


 歯を見せて笑うと、海も最高の笑顔を見せてくれた。銀次の大好きな一番星のアイドルの笑顔を。


 「銀くん」


 都が銀次に抱きついて、すりすりと服に頬ずりする。


 「都……」

 「そうだよね。都ちゃんも不安だよね」

 「うん。銀くんと一緒ならよかったのに……それなら絶対安心だもん」


 銀次は心臓をギュッと締め付けられたように、胸が痛くなる。


 「でも私は大丈夫だよね。"他の人たち"に比べたら」

 「あ……」


 海がそっか、という表情になる。


 都ちゃんの恋人である守くんはもう死んでいる。"ご褒美"目当てで起こる殺人から、都ちゃんはもう逃れられているんだ……。


 海は心配ごとだらけの中で、そこだけは安堵できる部分だと思った。


 そうして、ゲームの参加者たちはバラバラになった。


 今夜もまた血が流れるんじゃないかと、怪しい予感を胸に抱きながら……。

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