どうしても叶えたい願い
「誰があの子を殺したんでしょう」
百合野心が投じた一言によって、また空気が危うくなった。
兼が心を睨みつける。忘れたいと思っていたのにわざわざ蒸し返すなと。
「その話はいいじゃないですか……胸糞悪くなるだけだし……」
「そうでしょうか。犯人は十中八九主催者から与えられる"ご褒美"目的で参加者を殺したんだと思います。その場合、犯人はまた人を殺しますよ。必ず」
「怖いこと言わないでくださいよ……」
「でも百合野さんの言う通りですよ」
銀次が口を挟む。
「犯人を野放しにしておくのは危険です。このまま放っておいたら、また死人が出る——そうなる前に何とかしなきゃ」
「俺も銀次さんに賛成です」
裕也が言う。
「まあ、このままじゃおちおち眠ることもできないだろうしね。早いうちに対処できるなら、それに越したことはないよね」
誠士郎もそう言ってくれる。
「私も犯人を見つけるべきだと思う。私と銀次くんのどちらかが殺されるなんて、そんなの絶対に嫌だから……」
「先輩……」
「それに犯人が許せないし。都ちゃんだってそうだよ」
海が都の頭を撫でる。守を失った都は、さっきからずっと俯いて言葉を発しようとしない。
「守くんに出血や殴られた痕はなかった。このことから、多分首を絞められて殺されたんだと思う」
誠士郎が推測を口にしていく。
「首元が少し赤かったよね。でも手形みたいなのはなかった。素手でやったんじゃなくて、ロープやタオルなんかを使って絞めたのかな……」
「でも紐状の物の痕跡も見られなかったですよね」
死体を発見して座席まで運んだ銀次は、守の状態を思い出す。
「皆さんはこの電車から出られないですよね?」
「当たり前でしょ。自力で出られるんなら、とっくに逃げてるっつーの!」
銀次の質問に、キアラが何を当たり前のことを、というように噛みついてくる。
「うん。ドアを開けようとしても——ほら、この通り」
裕也が電車のドアを掴んで開こうと試みるが、ドアはピクリともしなかった。
「そもそも車内から出られたところで、一歩踏み出したら奈落——なんてこともあり得るよね」
誠士郎がサラッと怖いことを言う。
「俺たちはここに閉じ込められている。だから外部から物を入手することはできない——つまり物を用いて守くんを殺したんだとしたら、それはまだ犯人が持っているってこと」
「持ち物検査をしよう、ってことだね」
銀次の意図を汲んだ海がそう言う。
「そう。刺殺や毒殺と違って凶器が曖昧だけど、やる意味はあると思う。少なくともただ推論を述べているよりは——」
「主催者からもらったって可能性はないの? あいつ何でも出せるでしょ、多分」
兼の言葉に、その可能性があったか、と誠士郎が膝を打つ。
「そうだね。主催者に『殺害するための道具を出してくれ』って言ったのかもしれない。その後証拠隠滅で道具を消してもらうことだって——」
『あーそれはないですね〜』
またかよ……。
デスゲームの主催者って、こんなにちょくちょく参加者に連絡したりするものなのか? 銀次は訝しんだ。
『私は必要最低限の物しか支給しません。水や食料、寝具など——それ以外の物を参加者に『出せ』と頼まれても、お応えできませーん。あくまでも私が必要と感じた物しか出さないのです』
参加者のリクエストに応えて物を出し入れすることはしない。
それだけ伝えると、主催者は去っていった。
「じゃあやっぱり持ち物検査は必要かな」
誠士郎の言葉に銀次は頷く。
「あいつの言うこと、素直に信じるのかよ……」
呆れたように言う兼に、銀次は反論する。
「あいつはイカれてるけど、狂人も狂人なりの理屈にしたがって行動してる。あいつはこのゲームの主催者として、ゲームのルールについて嘘をついたりはしないと思います」
かくして各自持ち物を見せ合うことになった。
キアラは嫌そうな顔をしたが、渋々スクールバッグの中を見せてくれた。
皆、一つずつ鞄を持っていた。いずれにしても荷物は少なく、中身も面白みがなかった。
財布、携帯、ハンカチ、ティッシュ、パソコン、筆記用具、などなど。ちなみに携帯やパソコンは起動できなくなっていた。
学生陣のバッグには、教科書やノートが数冊入っていた。これもごくごく普通のことで、特筆すべきことではない。
要するに、怪しい物を持っている者は一人もいなかった。
「首を絞められそうな物といえば、これくらい、ですね……」
銀次が色とりどりに並んだタオルや手拭いを眺めて苦笑をもらす。
「そんくらい持ってるのがフツーでしょ」
「そうだよなあ……」
キアラが小馬鹿にしたように鼻で笑う。
タオルも手拭いも十分絞殺に使えそうだけれど、持っていたからといって犯人扱いできるアイテムではない。それを持ち歩いているのは普通のことで、何も違和感がないからだ。
「大体アタシも含めて全員、急にここに連れてこられたんじゃないの? 人を殺せる道具カバンに入れる余裕とかあったのかって。ロープとか包丁とか常に持ち歩いてたらヤバい人だろ」
キアラが金色の髪の毛先を弄りながら語る言葉を、銀次はもっともだと思いながら聞いていた。
「こんなことした意味なかったねー。はー時間の無駄無駄」
「ちょっと松永さん……さっきから感じ悪いよ」
「は? アタシに説教するつもり? あんたみたいな奴が?」
キアラの鋭い眼光に、裕也はたじろぐ。
「もうさ、あんたが犯人なんじゃないの?」
「はっ……!? な、何言って……何の根拠でそんなこと——」
「めっちゃ慌ててんじゃん、ウケる。冗談のつもりで言ったんだけどね」
「やめてよ、そういうこと言うの。冗談でも良くない」
「だってあんた、いかにも将来無差別殺人とかして捕まりそうじゃん」
ギョッとする面々にも頓着せず、キアラは自分の感じたことをペラペラ話していく。
「クラスでも誰とも話さないで、いっつも漫画読んだりアイドルの動画見てるしさ。いかにもど陰キャって感じじゃん。ああいうのが将来社会からあぶれて道端で女切りつけたりすんだろうなーって、よくみんなで話してたんだよ」
キアラの所属するグループ内で、自分が好き勝手言われていることを、裕也は何となく察していた。
「ちょっと。一応自分の彼氏でしょ。そんな酷い言い方——」
「彼氏じゃねーし! 罰ゲームで付き合うハメになっただけだし!」
兼の言葉に噛み付くキアラ。
「おかげでこんなイかれたゲームにも巻き込まれたし……マジでこいつ疫病神だわ。勝手にキスもされたしマジ最悪……」
菌が付着しているかのように唇を袖でゴシゴシ拭うキアラ。
ここまで言われてなお、裕也は何も文句を口にしなかった。
殺人犯は誰なのか。有力な手がかりなどは見つからないまま、重たい沈黙が場を支配する。
「ここで一度確認しておきたいことがあるんだけど」
兼が恐々と尋ねる。
「"ご褒美"がほしいとか思ってる人いないよね?」
最後に生き残ったカップルには、ご褒美が与えられる。
なんでも一つ願いを叶えてもらえるのだ。
それはつまり、願いを叶えてもらいたければ、他のカップルを犠牲にしなければいけないということ——。
「人の命よりも大切なものとかないじゃん。それよりも優先すべき願いなんてないよね?」
「いや——俺にはある」
そう言ったのは、真島誠士郎だった。
その場にいる全員が息を呑む。
「ま、真島さん——まさかあなたが守くんを……」
「違う。俺は人を殺してない。殺したくもない」
車両中の視線が誠士郎に釘付けになる。
「でも、どうしても叶えたい願いがあるんだ。そこでみんなにお願いだ」
「真島さん!?」
誠士郎が土下座したので、車内にどよめきが起こる。
「今この場で互いの恋人と別れて、フリーになってくれないか」
「そっか……」
誠士郎の意図を汲んだ海が、顎に手を当てる。
「"カップル"がいなくなればいいんだ。『別れよう』って言って形だけカップル解消すれば、"生き残ったカップル"として——」
『それは無理ですよー』
海の言葉を例の声が遮る。
『そういう抜け道はありませーん。言ったでしょう? 最初にキスを交わした相手とは一心同体だと。誓いのキスを交わした時点で、一週間その相手と別れることはできないんですよ〜』
「くっ……!」
誠士郎が悔しげに拳を握る。
『叶えたい願いがある人は、他のカップルに犠牲になってもらうしかないんです。それ以外に攻略法はない——他人の命を取るか、自分の願いを優先するか。どちらの道を選ぶかはみなさん次第です』
それではまた、と言って声は途絶えた。
誠士郎は床に座り込んだまま、ガックリと項垂れる。彼は絶望していた。
「……大丈夫?」
誠士郎の肩に手を置いたのは、心だった。
相変わらずその顔には何の感情も感じ取れないが、胸中では彼氏のことを心配しているのだろうか。
「心さん……ありがとう。大丈夫だよ」
「そう。ならいいけど」
そう言うと、心は再び座席に腰を落ち着ける。
皆の真島さんを見る目が変わっている……。
銀次は穏やかならざる空気になっているのを、鋭敏に感じ取っていた。
真島さんには『どうしても叶えたい願い』とまで言わしめるほどの願望があるのだ。
それは、殺人への躊躇いを消すほどのものなのだろうか。
他人の命を取るか、自分の願いを優先するか。
どっちを選ぶかは俺たち次第だと主催者は言った。
真島さんが前者を選ぶことを心から切望する。
そして、彼以外の"願いを持つ者"も——。




