彼氏たちによる惚気トーク
22時。銀次は王仁を除く男性陣と談笑していた。
みんなで集まって眠るべき、という話になった後、男女で分かれた方が良いのではないかという意見が出て、キアラがそれに強く賛成したため、男女で別の車両で一夜を過ごすことになった。
「むさ苦しい男たちと一緒に寝るとか死んでも嫌!」
全員の前でキッパリ言い切ったキアラに、男性陣は少なからず傷ついた。
「裕也くんとキアラちゃんはその……付き合ってるんだよね?」
「疑問に思うのはわかります。でも本当なんですよ」
裕也は、キアラと付き合うことになった流れを語っていく。
キアラから告白してきて、二人は恋人同士になった。
しかし、その告白は罰ゲームだった。
キアラは友達グループで賭けをして遊んでいて、その賭けで負けた場合の罰ゲームが『クラス内でもっとも浮いている男子生徒と一ヶ月付き合う』というものだった。
罰ゲームのことを最初に言い出したのはキアラだった。どうせ自分は負けはしないとたかを括っていた。結果負けた。言い出しっぺの手前突っぱねるということもできずに、キアラは渋々裕也を中庭に呼び出して告白した。
「急に『アタシと付き合え』なんて言われて、頭が真っ白になりましたよ……でも断ったら殺すって顔をしてたので慌てて頷いたんです」
告白というよりも脅迫だった。そんなだから、もちろん「好き」と言われたこともない。
「付き合いたくなんてなかったんですけどね……松永さんのことは正直好きになれませんし」
「確かに常にあんな態度取られてたらね」
「いつも教室で馬鹿みたいに笑ってて本当に不愉快です。……なんて口にしたら、半殺しにされるので絶対言えないですけど」
スクールカーストのせいか、一ノ瀬くんは松永さんに強く出られない様子だった。陰キャは陽キャの強い押しの前にあっては、ダンゴムシのように身を小さくするしかない。
銀次には裕也の気持ちがよくわかるので、気の毒に……と思う。
「銀次さんはあの海ちゃんと付き合っているんですよね。一体前世でどんな徳を積んだんですか」
アイドルがファンと付き合っているなんて、そんな夢みたいな話が実在したのか……裕也の瞳は驚きと希望に満ち満ちていた。
銀次は照れ臭そうに後頭部をかく。
「正直今でも信じられないよ。あの"海ちゃん"が俺なんかを好きだなんて……」
「あの子、そんなに有名なの? ごめん、アイドルには詳しくなくて」
田中兼が訊いてくる。それに銀次ではなく裕也が鼻息荒く答える。
「そりゃ有名ですよ! テレビにも何度も出てますし。ゴールデンタイムの番組に出演したことだってあるんですよ」
「そうなんだ。テレビはあんまり見ないからわかんなかった」
「ネットだけで生活してると、得られる情報が偏りますよね」
「二人は付き合って長いんだよね」
「長いって言っても、半年とちょっとですよ。まあ、学生カップルの中じゃ長い方かもしれませんが……田中さんは婚約してるくらいだから、佐々木さんとは長いんですか?」
「うん。5年間付き合ってるんだ」
「5年間!? すごいじゃないですか」
誠士郎が尊敬の眼差しを向ける。
「実はほのかが初めての恋人で……それなのに5年間も続いて婚約までいけたのは、相性が良かったからだと思う」
「絶対そうですよ〜。5年間ってかなり長いですもん」
田中兼と佐々木ほのかは大学生の時に出会った。出会った時から互いに「なんかいいな」と思っていた。自然と話すようになり、そのうち二人で出かけるようになり、三回目のデートの時に兼から告白した。返事は当然OKだった。
付き合って一ヶ月でキス。三ヶ月でセックス。お互い社会人になってからは同棲を始めた。時折喧嘩もしたが、それも穏やかなもので大抵その日のうちに仲直りした。
この人と結婚するんだろうな、と互いに思っていた。それは、小学六年生が春になれば中学一年生になるように、自然な世界の流れのように思えた。
初めての恋人と穏やかな時を刻みゴールイン——順調極まりない二人の恋路を、皆微笑ましく感じた。
「そんなわけだから、あんまドラマ性はないんだけどさ。真島さんはどうなんです? 馴れ初めとか良ければ聞かせてくださいよ」
話を振られた誠士郎は、しばし顎に手を当てて考え込んでいたが「……いや」と言った。
「俺たちの馴れ初めも別に面白いことないよ」
「へえ。じゃあ百合野さんとはどこで知り合ったんですか?」
「親の紹介なんだ」
「えっ、じゃあお見合いってやつですか? いや夫婦じゃなくてカップルなんだから、お見合いとは言わないのか……?」
「いや、お見合いであってるよ。結婚相手として紹介されたんだから」
お見合いと聞いて銀次の頭に思い浮かぶのは、 全面畳敷きの広々とした部屋だった。
純日本式の雅な庭園に囲まれた格式の高そうな一室で、向かい合う二人の男女。男女の両脇には父母がいて、我が子をセンターにする構図で鎮座している。
互いの顔を相手に悟られない程度にさりげなく窺いつつ、辿々しく自己紹介を始める——銀次の中でお見合いといえば、そのようなイメージだった。
「真島さん、ひょっとしていいとこの坊ちゃんなんですか?」
田中も銀次と同じイメージを共有しているらしく、恐る恐るといった感じで尋ねる。
「そんなんじゃないから安心してよ。俺にいつまでも浮いた話がないから、せっかちな親が縁談を用意してくれただけさ」
「ああ、そうすか……よかった、ひょっとしたら良家の偉い人なんじゃ……って思って。だったら失礼のないように気をつけなくちゃと」
「いや何それ。そんなの気にしなくていいよ。気安く接してくれた方が嬉しいな」
穏やかな雰囲気に銀次は心が和んでいく。
男性陣は怖くない平和的な人たちばかりでよかった。人を見るなりノータイムで殴りかかってきた王仁は別だけど。まああの人は俺たちと関わる気がないらしいから、しばらくは大丈夫だろう……。
「守くんは?」
誠士郎が座席の上で体育座りしていた守にも話を振る。
「最近の小学生は進んでるんだね。俺が小学生の頃は、クラス内で男子と女子が対立してて、一緒に遊ぶことすらしなかったなあ」
「俺が小6の頃は、学年で何人か付き合ってる子たちがいたけどね。でも珍しくはあったな。中学に上がってからチラホラカップルが現れ出したんだよね」
兼と誠士郎が話す。二人の中で小学生同士が付き合うことはそれなりに珍しい出来事らしかった。
「告白はどっちからだったの?」
ん? と首を傾げる誠士郎を見て、銀次はこの人は優しい人なのだと思った。
落ち込んでいる守くんが、みんなの輪の中に上手く入れるようにしてくれているのだろう。
「僕の方から……」
「おおっ! それは緊張したでしょ。都ちゃん可愛いからモテそうだしね」
「うん。めちゃくちゃ可愛い」
頬を染めてはにかむ守に、誠士郎は安心した。
「林間学校で同じ班になったんだ。それからずっといいなって思ってて……他の人に取られる前になんとかしなきゃって思って『付き合ってください』って言った……」
「へえ。じゃあ帰りは一緒に帰ったりするの?」
その問いをしたのは銀次だった。守はコクンと首を縦に動かす。
「そっか……都ちゃんのことは好き?」
「う、うん。好き……」
守は顔を赤らめて、けれどもしっかりと頷いた。
「でも都ちゃんは俺のこと好きじゃないんだ」
守は膝に置いた手をギュッと握りしめる。
「どういうこと?」
「今日ので俺のこと嫌いになったと思うから……」
守は泣くのを我慢するような顔になる。
「都ちゃん、中学になったら会えなくなっちゃうんだ」
守は浮かんできた涙を手の甲で拭う。
「有名な私立の中学に行っちゃうんだって……だからもう会えなくなるって言ってた……」
「そんな……学校が別々になってもまた会えるよ。大丈夫だよ」
「ううん、無理。勉強が忙しくなるから会えない。だから中学生になったら別れるようだって……ごめんね、って言ってたんだ……」
「守くん……」
「しょうがないんだ。都ちゃんがそう言うんだもん」
「本当にそうかな」
「えっ?」
銀次が守の頭を撫でて「そんなことないよ」と微笑んだ。
「都ちゃんも今は受験で大変なのかもしれない。だからそんなこと言っちゃったのかも……中学に上がった時のことなんて何もわからないのに、悪い想像だけでそんなこと言ったのかもしれないよ。もう守くんとは簡単に会えなくなる、って……」
守にとって銀次の言葉は、目から鱗だった。
自分が辛いと思うばかりで、都の気持ちを考えられていなかったのだ。都も辛いのかもなんて想像できなかった。
「都ちゃんだって本当は守くんと別れたくないんだと思うよ。だからね、学校が離れ離れになっても会いに行けばいいんだよ。別に引っ越しするとかそういう話は言ってなかったんだよね?」
「うん。学校が変わるだけだって……」
「じゃあ会いに行けばいいんだよ。簡単に会いに行けるってことを伝えれば、都ちゃんの気も変わるんじゃないかな」
銀次は「大丈夫だよ」ということを伝えるように、守の肩をポンポンと叩いた。
「そんなに早く諦めなくていいんだよ。好きなら『これからも会いたい』ってちゃんと自分の気持ちを伝えた方がいい。後悔する前にね」
「でも……でも都ちゃん、今日ので僕のこと嫌いに……」
「大丈夫だよ。都ちゃん全然怒ってなかったじゃん。それでも不安なら、明日俺と一緒に謝りにいこう。絶対大丈夫だから」
「そう、かな……」
銀次が優しくも力強く言うので、守は勇気づけられていく。
「……明日都ちゃんに言ってみる。中学生になっても別れたくないって。学校が違っちゃってもまた会いたいって」
「……うん。きっとうまくいくよ」
「あの……銀次、さん」
「ん?」
「……ありがとう」
そのお礼には、励ましてくれたことだけでなく都を庇って罰を受けてくれたことへの感謝も含まれていた。
「守くんにお礼を言われるようなことじゃないよ」
銀次はそう言って、再度守の頭を撫でた。
その夜は皆で固まって眠った。いつの間にか座席に毛布が積み上げられていて、これを駆使して寝床を作れという主催者の意図を察した。
なかなか寝付けない者もいたが、それでも夜中の3時には全員が意識を飛ばしていた。
一人を除いて。