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カップル限定デスゲーム  作者: 絶対完結させるマン


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36/38

願い

 ***


 「嘘嘘嘘! 銀次くんはこんなことしないもん!」


 首にかかった銀次の手を離そうとしながら、海は現状を受け入れられずに半狂乱になっていた。


 「しますよ。俺は先輩を傷つけます。必要とあらば殺すことだってできるんですよ。それでもまだ、俺をヒーローだと慕えますか?」


 海の瞳が揺らぐ。その目から大粒の涙が溢れ出してくる。


 「なんで……? 銀次くんは私のこと好きじゃないの……? グッズだってたくさん買ってるじゃない。バイト始めたのだって私のためだって——」

 「俺はアイドルの"海ちゃん"を推しているんです」


 "青井海"のことは好きでもなんでもない——そう言われていることを感じ取った海は、目の前でシャッターが下ろされるような感覚だった。


 「推しと恋人は違います。俺が先輩のことを恋愛対象で見ることは決してありません。それに——」


 続いた言葉に、海の心は今度こそ木っ端微塵に砕かれる。


 「一緒に生きていきたい人はもう決まってる」

 「やっぱりファンなんて大っ嫌い……」


 真っ黒な目で呟く海。


 「私よりも大事なものがたくさんあるくせに、君が世界で一番大事な存在だよ、って態度取って……すぐに大きな口で讃えるわりにあっさり離れていって、思い出しもしない。あなたもそういう人たちと同類だったんだね……」


 銀次を白馬の王子様のように思っていたことが、遠い昔のように感じる。


 「大好きだったよ」


 海は最後にそう言い残すと、息絶えた。


 ***


 「おかえり……」


 数歩歩いた先、都が青い顔で待っていた。


 「見てたのか?」

 「うん。ごめんね」


 できれば都に人を殺すところを見られたくなかった。なんと言ってよいのかわからなくなっている銀次に、都が言う。


 「守られっぱなしで何も知らないままとか、すごく嫌なんだもん。銀くんはそんなの気にすんなって思うんだろうけど。でも……」

 「うん、わかったから。ありがとうな、都」


 都の頭を撫でた後、銀次は霧に覆われた線路の道を見据えた。


 「……行くか」


 ***


 ただひたすらに続く線路の上を、黙々と歩いていく。


 足を動かす音がするだけで、会話はなかった。この先がどうなっているのか、主催者は特に教えてくれなかった。


 あいつがちゃんと約束を守ってくれるなら、俺たちは現世に帰れるはずだが……。


 『残念! そんなの真っ赤な嘘でーす。あなたたちは永遠にここから出られませ〜ん』


 ここまできてそんなことを言われたらどうしよう——冗談抜きに不安になってきて、銀次の歩くペースが自然と速くなった。


 ふと、前方から冷たい風が吹きつけてきた。


 「なんだ……?」

 「トンネル?」


 真っ暗なトンネルが目の前に広がっていた。冷たい風はそこから吹いてくるらしかった。


 『よくぞここまで辿り着きましたね! ご苦労様です!』


 馬鹿に明るい声がトンネルから聞こえてきて、銀次の尖っていた神経が逆撫でされる。


 「おい。ここからどうやって現世に帰るんだ?」

 『それはこのトンネルを抜ければすぐですよ。その前に、肝心の"ご褒美"ですよね。あなたたちの願いを聞かせてもらわなくては——まあ、とりあえずトンネルの中に入ってくださいよ。話はそれからです』


 トンネルの中にこいつはいるのか。


 都が銀次の腕にいっそう強く縋り付いてくる。歩きにくいほどに。銀次は「大丈夫だから」と言うと、ゆっくりと暗い穴の中に足を踏み入れていった。


 「お前はどこにいる?」

 『探しても無駄ですよ。今の私に実体はありませんから』

 「なんだ。一発殴ってやろうと思ったのに。そういうのありかよ」

 『神なんですから、そういうもんでしょう』

 「まあいいや。それよりも願いはちゃんと叶えてくれるんだろうな?」

 『自分が始めたゲームのルールくらい守りますよ。——さて』


 主催者が改まった口調で言った。


 『そこがちょうどトンネルの真ん中です。立ち止まってください。——金森銀次さん、胡桃沢都さん。おめでとうございます。今回のゲームの勝者はあなた方です。念願の勝利をおさめた先に、どうしても叶えたかった願いとはなんですか?』


 それを口にしろと、主催者は促している。


 銀次は深呼吸した後「俺の願い。それは——」と口にする。


 「都の母親の死をなかったことにしてほしい」


 都は意外そうな顔で銀次を見上げる。


 「そもそもお母さんの死がなくなれば、アメリカ行きだってなくなる。それに……」


 銀次は、これまで見てきた都のことを思い返す。


 「都、散々嫌な思いさせられてきたけど……でもお母さんのこと嫌いじゃなかっただろ」


 色々と言いたいところのある母親で、都は時折牢獄に入れられたような気分になっていたが、それでもたった一人の母親だ。嫌いにはなれなかった。仲良くなれるものなら仲良くしたい。


 死んだ時は、当然悲しかった。


 「少し時間が経ってからわかり合えることもあるだろ。その時が来たら、俺が協力するのもいいし」


 話してわかり合えるなら、その方がよっぽどいい。死んでしまうと、その可能性すらなくなる。


 『過去改竄を願うというわけですね』

 「神なんだから、それくらいできるだろ」

 『確かに世界をちょこちょこっと動かした上で、周囲の皆さんの認識を変えるくらい私にはたわいないことです』


 その言葉に、銀次は安心する。


 「銀くんいいの?」

 「いいのって何が」

 「いやほら。世界をいじれるっていうんだから、私が銀くんの同級生になることだって可能じゃん」

 『できますよ〜。そうすればコソコソすることもなく一緒にいられますよね。同じ時を刻み、一緒に成長していけますね。どうでしょう。そっちの願いの方がいいんじゃないですか?』

 「ふざけるな」


 銀次があらわにした怒気に、都は気圧される。


 「俺のためにお前の時間を奪えるか。……都。この際だから言っておくけど」


 銀次は屈んで、都と視線を合わせた。


 「俺はお前が好きだ。何歳でも、どんな姿でも。お前だからいいんだ。いつかお前の隣にいるのが俺なら、その他のことは全部大したことじゃない」


 そのことを信じてもらうために、銀次は例えをあげていく。


 「お前が0歳児に戻ったとしたら、諦めたりなんかしないで18年待ち続ける。面倒くさい身内が100人いたとしても、逃げずに適応し切ってやる。都と一緒になるためなら、本物のデスゲームにだって参加して何人でも殺してやる」


 だから、と都を抱きしめる。


 「俺のために自分の時間を犠牲にしようなんて思うなよ。お前は何も心配する必要ないんだから。ゆっくり成長してくれ」

 「…………うんっ!」


 都が銀次を抱きしめ返したところで、主催者が喋り出す。


 『では願いごとは、"胡桃沢都さんの母が死んだ"という事実の改竄でいいんですね?』

 「ああ。頼む」

 『わかりました〜。では叶えておきますね。一週間お疲れ様でした! 面白いものを見せていただき、ありがとうございます。このトンネルを抜ければ現世に帰れますよ。帰るまでがデスゲームですのでお気をつけて。ではさようなら!』


 もう興味を失ったような早口がトンネルの中にこだまして、あたりは元の静寂に包まれる。



 銀次は都の手を引いて、明るい光がさしてくる出口に向かって駆け出した。

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