こうしてゲームは始まった
*
「銀次くん!?」
毎日欠かさず聞いている声が自分の名前を呼んだので、銀次は弾かれたように振り向いた。
「先輩! なんで先輩がここに!?」
俺は自然な驚き方ができているだろうか——銀次はそう思いながら、海の説明を聞いた。
都の自然な振る舞いを見て、この調子なら俺たちが初対面だということは疑われなさそうだな、と銀次は安堵した。
それから、理不尽なゲームが始まった。
よりにもよって一日目の指示は、都と佐藤くんが果たすように要求された。指示は失敗に終わり、ペナルティが課せられることになった。
通電は死ぬほど辛かったけれど、辛いだけで済んだのは不幸中の幸いだった。
都は"初対面の自分を助けてくれたお兄さん"にひどく懐いて、ことさら幼ぶって銀次にひっついた。
こういう小芝居を打つことで、すぐそばで都を守れる理由ができた。機転を効かせてくれた都には感謝しなければならない。
一日目に眠る時、男女別に分かれることになった。そうするのが自然の流れだと思ったから、異議を唱えて怪しまれてはいけないと銀次は自制した。
「今夜だけは絶対に眠るな」
銀次は都にこそっと耳打ちした。
佐藤くんを殺すまでは都は安全ではない。何よりも先に佐藤くんを殺すべきだ。
「守くん。トイレについてきてくれない? 情けないけど俺怖くて」
守はすっかり銀次を信用していた。のこのこと銀次の後をついていって、トイレの個室に引き摺り込まれて絞殺された。
***
「守くんはトイレで殺されていた。守くんは夜中にトイレに起きたところを狙われたんだと思う」
「後から個室に来た誰かに絞殺された、ってことですね。俺もそうだと思います」
銀次は海に同意する。ここぞとばかりに。
守くんは後からやって来た誰かに殺された、と皆が思い込むようにし向けた。
誰かにトイレに連れていかれたという可能性に気づかれないように。
その場合、守に信頼されていた人間が怪しまれる。都の次に守の信頼を勝ち得ていたのは自分だと、銀次は自覚していた。
銀次は緊張が走る皆の顔を観察しながら、今日のうちに先輩も殺しておきたいな……と考えていた。
守のように皆が寝静まった深夜に決行するのがいいだろう、と思っていた矢先に二日目のペナルティが下されて、海と離れ離れになってしまった。
誠士郎と一緒だと知った銀次は、誠士郎が海を殺してくれれば……とそうなってくれることを半ば本気で願っていた。
そうしたら殺す手間が省ける。本当の殺害ではない。むしろ現世に帰すための行為だとわかっていても、殺害は気の進まない行為だった。守が長く悶えていたことを思い返して、銀次は暗い気分になった。
でも、都を守るためにはああするしかなかった。佐藤くんには申し訳ないと思うが、後悔はしていない。
二日目の夜が明けて逆に海が誠士郎を刺したと知り、銀次は海の今後を思った。
真島さんは死ななかった。彼が目覚めて自分を刺したのは先輩だと証言すれば、先輩は危険人物として隔離されるか? 皆で話し合って殺すべきだという結論になるか——。
それにしても、先輩がそこまで叶えたい願いとはなんだろうか。
そんなことを考えているうちに、三日目の指示が出された。
その指示内容に大いに面食らったものの、早くクリアしなければ。いかに殺害対象から外れているとはいえ、都を一人きりにするのは避けたい。
三日目の深夜、銀次は眠る海の首を絞めて殺そうとした。
しかし、海の上に馬乗りになっただけで、海はすぐに起きてしまった。
「銀次……くん……? どうしたの……?」
銀次が慌てて体を離すと、海はわずかに持ち上げていた瞼を完全におろし、再び寝息を立て始めた。
銀次は暴れる心臓を押さえつけながら、海がラジオで語ったことを思い出していた。
海は一時期アイドル活動がかなり忙しく、纏まった睡眠時間さえ取れない状態が続いた。だから、たとえ10分程度の移動時間でも眠れる体になったらしい。
どんなに心地よい眠りについていても、メンバーに肩を少し触られただけで目覚められるという。そうして特に用事はないとわかると、またすぐに眠りにつく。多忙なアイドルのなせる技だ。
眠っているうちに殺すのは無理だ。
銀次はその晩、海を殺さなかった。
海を殺すのに踏ん切りがつかなかったというのも理由としてあるが、海を残しておくことにメリットを見出し始めていた、というのが最たる理由だった。
海がこのゲームを勝ち残りたいと思っているのなら——他の参加者への殺意があるのなら好都合だ。
海が人を殺してくれれば、自分があれこれ画策する必要がなくなる。
銀次は最後まで海を残しておこうと決めた。
その選択を、すぐに後悔することになるのだが。
四日目の指示で誠士郎に殺意を向けられた時、銀次はこんなことになるとわかっていたら先輩を殺していたのに……と悔やんでも悔やみきれなかった。
誠士郎に棄権を持ちかけて油断させたところで殺すという目論見は、失敗に終わった。
しかし何とか生き延び、一組のカップルを潰すことができた。
そこから二組のカップルが潰れてくれて——残るはただ一組。裕也とキアラペアだけだ。
六日目の夜。「私は必ず願いを叶える」と海に言われて、銀次は海の殺害がうまくいくことを願った。
それにしても海から離れるのは大変そうだと、銀次は途方に暮れてしまった。
アイドルをやめた海に、銀次は興味などないのだった。距離感を間違えるのはやめてほしい。
海にグイグイ来られる度に、アイドルとファンという関係を穢されたような気がして、銀次は内心不愉快だった。
どうすれば目を覚ましてくれるのか——銀次が辿りついた方法が"これ"だった。
海を自分の手で殺してしまえばいいのだ。