逃げろ
「待て!」
裕也とキアラに気づかれた海が、血相を変える。
「待て! 逃げるな!」
海は全力で二人を追いかける。
逃してなるものか。この二人のうちどちらかを捕まえれば私の勝ち。
私と銀次くんが勝ち残った最後の一組になる。
私の願いが叶う!
「あっ!」
「一ノ瀬!」
ズサッと音がして、裕也が倒れたのだと海は聴覚で理解した。
どんどん濃くなってきた霧のせいで、視界は悪くなっていた。
音からして近くに二人がいることは明確だが、位置が特定できない。
もっとだ。もっと接近しなければ——。
「あ」
海が目を凝らすと、明るい色——キアラの金髪を視界が捉えた。
「うわっ!」
「一ノ瀬!」
海は顔を歪める。
あと少しだった。
あと数センチで一ノ瀬裕也の体にタッチできたのに。
キアラちゃんが邪魔するから。
キアラは裕也の腕を引いて立ち上がらせると、一緒に逃げようとする。
「捕まってよ……」
海が啜り泣きと共にそう漏らしたので、裕也は「なんでそこまで……」と思わず言ってしまった。
「半年以上。半年以上も隣にいたのに、彼は全然こっちを見てくれなかった……どんな手を使っても、どんなに意識させようとしても、銀次くんは私を恋愛的に好きにはなってくれなかった……きっとこれからもそう」
海が押しに押して、半ば無理やり銀次に自分との交際を承諾させてから、半年以上が経つ。
その間、銀次は海に一度も恋愛感情を抱いたことはなかった。
「彼の心を手に入れるには、もう根本的にやり直すしかないんだ。だから私は奇跡を望む……銀次くんが私の"本当の彼氏"になってくれるように」
そう言うやいなや、海の手がヌッと霧を裂いた。
「危ない!」
キアラは裕也の手を掴むと、今度こそ逃げ出そうとする。
「逃げるよ一ノ瀬! このヤバ女から!」
「うん——いッ……!」
裕也のうめき声に、嫌な予感がする。
もしかして……。
「ごめん松永さん……足が……」
裕也が囁く。
さっき転んだ時、足を挫いてしまったらしい。
しかし——。
「大丈夫。霧があるし……だからちょっとだけ歩ける?」
「松永さん。なんで……」
自分を置いてさっさと逃げないキアラに、裕也は目を丸くする。
「今までごめん。——一回謝ったくらいでチャラになるとは思ってないよ」
「お礼だってまだたくさん言わなきゃだし」と自分たちを探しているだろう近くの海に聞こえぬ声で言うキアラ。
「だから、絶対に生きてここを出よう。このイかれたゲームが終わった後で、たくさんお詫びとお礼をさせてよ」
肩を貸して、裕也を介護するように忍び足で歩き出すキアラ。
「どこにいったの……!?」
ますます濃くなる霧が、海の目的を妨げる。
視線をキョロキョロさせて、なんとか二人の姿を見つけようとするが、いっこうにうまくいかない。
ダメだ。視界に頼るのを一旦やめよう。目を閉じて意識を耳だけに集中して——。
海の聴覚が、ズルズルと重たげな靴音を捉えた。
そこか。
海の指先が、片方の背中に触れた。