一人にさせない
「アタシは間違っちゃった……もう取り返しがつかない。ずっと気をつけてきたのに、もうみんなと友達には戻れない。だから主催者に何とかしてもらうの」
「またあのグループのみんなに受け入れてもらえますように、って?」
「そう」
裕也は、どうしてキアラがそんなつまらないことに拘るのか、理由を追求することを諦めた。
とにかくキアラの『ぼっちになるのだけは嫌だ』という気持ちは伝わってきたからだ。
「あんたの言うとおりだよ。アタシはあのグループの誰のことも、もうとっくに好きじゃなくなってたよ。必死にキャラ作ってご機嫌伺いしてた。痛々しいよね、馬鹿みたいだよね。でも……でも私は……」
言い淀んだキアラの目から、ポロポロと大粒の涙が溢れ出てきた。
「どんなにダサくても、一人ぼっちにだけはなりたくないんだ。仲間外れにされて捨てられるくらいなら、死んだ方がマシ」
「なら俺が松永さんの友達になる」
「え?」
キアラが振り返ると裕也が目の前まで来て、意志の強い眼差しでキアラを見据えていた。
「そしたら一人ぼっちじゃなくなるよね」
「何言って——」
「過去に何があったのかは知らないけど、松永さんは一人ぼっちにされるくらいなら死んだ方がマシって考えで、それは絶対に変わらないんでしょ。なら俺が松永さんを一人にさせなければいいよね」
こいつは何を言っているんだ、とキアラの頭の中は混乱でいっぱいだった。
「なんなの? あんたおかしいよ。なんでいじめっ子のためにそこまでできんの? 三日目の指示の時も、アタシなんかのためによく知らん男に体を差し出したりして……なんなの病的なお人よしなの? 変だよ、あんた。なんでそこまで——」
「そりゃそんな酷い顔されたら、黙って見過ごすことなんてできないよ」
裕也は、ポケットに入れていたハンカチを、そうっとキアラの濡れた頬に当てた。
「好き嫌い関係なく、よく知ってる人が強姦されたり人殺しになるのを望むわけないじゃん。理由なんてそれだけだよ」
裕也が本気でそう言っているのだとわかり、キアラの固い意志にヒビが入る。
「ッ……! そんなこと言ったって、あんたもどうせアタシの趣味を笑ったり、好きなものを馬鹿にしたりするんでしょ。どうせ——」
「絶対に笑わない。馬鹿にしていい趣味なんかないから。松永さんが何を好きでも笑ったりなんかしない」
「だからさ——」と裕也はキアラの腕を掴んで続ける。
「松永さんが何を好きなのか教えてよ。松永さんが何を好きで何が嫌いか。そういうのをよく知っていけば、俺もいつか松永さんを好きになれるかもしれないからさ」
キアラは、顔面に力を入れると裕也に背中を向ける。
「あーもう! なんなのあんた……」
「松永さん?」
「かっこよくてムカつくんだよ、一ノ瀬!」
裕也の目を見て言うには、まだ勇気が足りなかった。
掴まれている腕が急に熱くなってきて、キアラは力任せに裕也を振り解いた。
「松永さん! ダメだ、行っちゃ——」
「行かない! 行かないから! だから離してって、ば……」
「? どうしたの松永さん」
振り返ったキアラの視線は、裕也の背後に注がれていた。
「い、一ノ瀬……う、後ろ……」
キアラが指差した先を見て、裕也は「ひっ」とうめき声を発した。
数メートル離れた先。そこにゾッとするほど冷たい表情をした海が佇んでいた。




