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駅鬼

 七日目の朝6時。


 銀次たちは、どうせ答えが出ないことを話し合っていた。


 「この電車、どこに向かってると思う?」

 「俺たちを元いた場所に帰してくれる……とか」


 裕也が希望に満ちた回答をしてくれる。


 「ちょうど七日目だしねー」


 キアラが言う。七日目、と口にした時口元が緩んでいた。


 今日でやっと解放されるのだ。このイかれたゲームに巻き込まれて一週間。


 「長かった……」


 裕也が皆の気持ちを代弁する。


 長かった。こんなに長い一週間は存在しなかった。


 「最後の指示、簡単なものだといいけど……」


 都がそう呟いてしまい、気まずそうに口を閉ざした。


 都のセリフが、銀次たちにはフラグにしか聞こえなかった。


 誰もが一波乱起こりそうな予感を、胸に抱いていた。


 そして、その予感は見事に的中したのだ。


 「ん……? 止まった?」


 キアラが言うと同時に、自動ドアが音を立てて開く。


 『おはようございま〜す! さてさて楽しいゲームも今日で最終日。最後まで張り切っていきましょう!』


 銀次たちが説明を求めるより早く、主催者が言う。


 『さあ、お降りください』


 「どこなんだ、ここは。俺たちをどこに連れてきた?」


 『それは降りてからのお楽しみ。さ、早く降りてもらわなきゃ指示が出せませんので早く』


 電車の外は墨汁で埋め尽くしたように真っ暗なままで、一寸先も見えない。


 一歩足を踏み出した途端に落下——なんてことはないだろうな。


 銀次は嫌な汗をかきながらも、先陣を切って一歩踏み出す。


 両足を外に着けた瞬間、目の前が明るくなって、周囲の景色がパッと見えるようになった。


 「ここは……」


 そこは駅だった。


 電車が停まる場所といえばそりゃあ駅だが、銀次はなんだか意外な気がした。もっと恐ろしげな場所に連れてこられたのかと思ったのだ。


 いや、前言撤回する。確かにそこは恐ろしげな場所だった。


 駅は駅でも、銀次が毎日利用している駅とは、だいぶ雰囲気が違っていた。


 看板の文字は経年劣化のせいか、薄くなっていて読めなかった。看板のみならずホーム全体が薄汚れていて、打ち捨てられた場所というに相応しい風貌をしていた。


 都会の駅を利用している銀次は、駅といえば常に騒がしいイメージしかないから、ここは本当に駅なのかとバカみたいなことまで一瞬考えた。


 田舎の無人駅ってこんな感じなのかな。


 銀次は耳を澄ましてみるが、何も聞こえてこない。人の気配が微塵も感じられない。なんというか、人が頻繁に訪れている場所特有の温度というものがないのだ。


 「何ここ。なんかめっちゃ寂れた場所だね」


 続いて降りてきたキアラが、キョロキョロ辺りを見回す。他の面々もぞろぞろと降りてきた。


 綾子は、裕也に手伝われて下車した。


 綾子は車椅子に乗っていた。闇鍋の後、主催者が出したのだ。両足を奪ったのは自分なのにそんな気遣いをするところが、銀次には気持ち悪くてしょうがなかった。


 『そこは異境の地——あの世に最も近い駅です』


 駅のスピーカーから、聞き慣れた不快な声がしてくる。


 『ゲームをクリアするには、みなさんにそこから帰ってもらわなくてはいけません』


 「帰るって——どこに」


 『もちろん現世にですよ。安心してください? 指示をクリアすれば、ちゃーんと私が帰れるように手配してあげますから』


 「七日目の指示——」


 『ええ。七日目の指示を発表します。——みなさんには"鬼ごっこ"で遊んでもらいます』


 「鬼ごっこって——この駅で?」


 『別に駅の外に出ても構いませんよ。どこまで行っても大丈夫です。ただし、あまり遠くまで行くと帰り道がわからなくなるかもですね』


 この駅を出た先に、何があるのかはわからない。主催者の言葉によると、ここはほとんどあの世のような場所らしいし、どんな恐ろしいものに出会っても不思議ではない。


 『制限時間は一時間。鬼は私が決めさせてもらいますね。一時間、みなさんには逃げてもらいます。鬼の方は頑張ってくださいね〜。一人も捕まえられなかったらペナルティなので。ちなみにわざと捕まるのはナシですよ? ちゃんと全力でやらないとダメです』


 一体誰が選ばれるのか。皆、固唾を飲んで主催者の発表を待っている。


 『青井海さん。あなたが鬼です』


 自分の名前が呼ばれた海は、心細そうに片腕を押さえて身をすぼめる。


 鬼の責任は重大である。誰も捕まえられなかったらペナルティが課せられる。


 でも……。


 「私がいるから大丈夫だね」


 綾子が海に微笑みかける。


 綾子は到底逃げられる状態ではない。綾子だけは必ず捕まえられる人間だ。


 「逆に私が鬼じゃなくて良かった」


 綾子は胸を撫で下ろす。


 『では鬼ごっこ開始です! 一時間、頑張って逃げ切ってください!』


 ブツッと音がして、連絡が途絶える。


 「銀次くんたち、逃げて。ずっと鬼の前で立ち止まってたら、全力認定されないかもよ」

 「あ、そうですね……行こう、都」


 銀次は都の手を引いて、とりあえず反対側のホームに行こうと思った。二人の後に裕也とキアラが続く。走りはせずに、ゆったりと歩いていた。背後の海と綾子に気を配りながら。


 「さてと。私も一応逃げることだけはしないとね。どうせ捕まるってわかってても、全力でやらないとペナルティだもんね」


 そう言うと綾子は海に背を向けて、車椅子で移動し始めた。慣れない手つきで操作しているので亀のようなスピードだが、それが綾子の一生懸命だった。


 海は健気とも言えるその背中に手を伸ばすと——とん、と軽くタッチした。


 その瞬間、血しぶきが海の顔にかかった。


 「——え? えっ、えっ?」


 海は目を白黒させて、両手で自分の頬を掻きむしる。


 銀次たちも、目を丸くして綾子が乗っていた車椅子を見つめていた。


 海の足元には、綾子の生首が転がっていた。それだけではない。手や何分割にもなった胴体や心臓など、ありとあらゆる"綾子だったもの"が散らばっていた。


 ホースのように絡まった腸も、桜貝のような爪が生えた指先も、くびれた腰も。


 「いやーーーっ!!!」


 海が膝から崩れ落ちる。


 光を失った瞳が海を見つめていた。荒い呼吸を吐く海を嘲笑うように、その時主催者の声が聞こえてきた。


 『そうそう。一つ説明し忘れていました。鬼に捕まった人は、"これ以上ない惨たらしい死に方"をします。——あっ、すでにご覧になっていただけたみたいですね』


 説明の手間が省けてよかった、とでも言わんばかりに、主催者が明るく言う。


 風なんて吹いていないのに、銀次の体は長時間北風に当てられ続けたように冷えていた。

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