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6つ目の指示

 『みなさんこんばんは! 待ちに待った指示のお時間で〜す!』


 誰も待ってねえよ、と悪態をつきたくなる。


 夕食時になっても主催者の声がしないので、もしや今日は指示はなしなのかと、一瞬でも希望を抱いた自分が恥ずかしい。


 『さて、指示を告げる前に——みなさんお腹すいてますか? すいてますよねえ? 朝から何も食べてないんですもんね?』


 笑いを押し殺すような声に、神経を逆撫でされる。


 「今日に限って"配給"がなかったもんでな。おかげさまでお腹と背中がくっつきそうだよ」


 昨日までは、朝昼夜と一般的な食事の時間が近くなれば、どこからともなく食料が現れた。


 食料は主におにぎりやパンだった。高校生が昼休みに購買で買うような物が多く、制服姿でそれを頬張る海を見ていると、銀次はこの電車が学校に向かっているような錯覚を覚えるのだった。


 「なんで今日に限ってご飯がなかったの?」


 都がそう尋ねた直後、コントのようにタイミングよく腹が鳴る。都は顔を赤くしてお腹を押さえた。


 こんな状況でもお腹はすく。都以外の者も皆一様に空腹を感じていた。


 『最高に美味しく味わえる状態で、夕食を召し上がっていただきたかったからですよ。そこで六日目の指示内容です』


 主催者は、またもや意味のわからない内容を口にする。


 『今夜の夕食は、私が腕によりをかけて調理したご馳走です。みなさんにはそれを食べてもらいます』

 「え? それだけ?」


 キアラがキョトンとした表情になる。


 『はい。決して残さず完食すること。それが今回の指示です。もちろん完食できなかったらペナルティ。お残しは許しませんよ〜』


 綾子がホッとした表情をするが、銀次はまだ油断ならないと警戒していた。


 あのイカれ主催者のことだ。今回もどうせ一筋縄ではいかないんじゃないか?


 「うわっ!?」


 都が驚きの声と共に、銀次の腕にしがみついてくる。


 急に車両内が暗闇に包まれたのだ。自分の手すら見えない暗黒に、一座は不安と恐怖に支配される。


 「なに? なんなの!?」

 「銀次くん! どこ?」

 「こっちです、先輩!」


 皆があたふたしている間に、真っ暗な車両内にほのかな灯火が宿る。


 「なんだこれ——蝋燭?」


 車両の中央。命の灯火のように風もないのにゆらゆらと激しく揺れる炎に、皆が吸い寄せられる。


 すると、その蝋燭の隣に別の物体がふいに現れた。


 「うわっ! なんだ!?」

 「え、これ鍋? 多分鍋だよね……」


 どこの家庭にもありそうな銀色の大きな鍋だ。


 海が出現した鍋に手を伸ばした途端、見えない壁が海の行動を妨げた。


 「えっ、何これ……」

 『鍋に触るのは御法度でーす。というか触らない方がいいですよ? 火傷するので』


 その言葉に目を凝らすと、確かに底から湯気がたちのぼっているようだった。


 『これが皆さんの今日の食事です。今お椀とお箸、お玉を出しますね〜』


 人数分の椀と箸、それと具材をよそう用のお玉がパッと現れる。


 なんだかもてなしを受けているような気分になってくるが、相手に善意などカケラもないことはわかりきっていた。


 「これ闇鍋ってやつ……?」

 『察していただけましたか。そうです闇鍋です』


 裕也の呟きを拾う主催者。


 闇鍋とは、複数人がそれぞれ、他の人に何を持ち寄ったか分からないように、暗闇の中で食材を持ち寄り、調理して食べる鍋料理のことである。


 『私が勝手に選んだ食材をみなさんに食べてもらうので、本来の闇鍋とは微妙に違いますが——でも闇の中で何が入っているかわからない鍋を多人数で食す、という点では同じでしょう?』


 何が入っているかわからない——。


 これが仲間内でやる本来の闇鍋であれば、これほど恐怖心を掻き立てられなかったのだけど、今回調理を担当したのは常人離れした思考の持ち主だ。食材選びもしかり。


 一体どんなえげつない物が入っているのやら、想像できたものではない。


 『そんなに怖がらなくても、毒なんて入ってないですよ〜う』


 主催者の言葉に「本当だろうな」と思う銀次たち。


 「口に入れた瞬間に床を転げ回るハメになるんじゃないだろうな」

 『疑い深いですね、金森銀次さん。口に入れて問題ないものしか入れていないですよ! 安心してお食べください』


 安心なんてできないが、少なくとも食べたからといって命を落とすわけではないとわかり、とりあえず胸を撫で下ろす銀次。


 匂いを鼻いっぱいに吸い込んでみる。意外にも美味しそうな出汁の匂いがして、銀次の腹の虫もうるさく鳴き出した。


 次にお玉で鍋の中をかき回してみる。変わった感触の物はない。もしや本当にただの鍋か? という気さえしてくる。


 各々ゆっくりと自分のお椀に具材をよそっていく。蝋燭の頼りない灯りだけでは、鍋の詳細な中身までは到底わからなかった。


 「じゃあ……俺から食べるから」


 銀次が最初にそう宣言すると、箸で摘んだよくわからない物を恐る恐る口に入れていった。


 闇と静寂のおかげで、他の者にも咀嚼音がハッキリと聞きとれる。皆、銀次の顔に浮かぶ表情はわからないものの、反応を感じ取ろうと意識を集中させていた。


 「どうなの? 銀くん。おかしな味とか食感とかする?」

 「いや、なんか……普通に肉……?」


 咀嚼してみて、それが肉であることに銀次は異常な安堵感を覚える。


 なんだ、本当にただの食材じゃないか。


 「なんかあまり美味しくはないし硬めだけど……でも普通の肉だ。——二口目行くよ。……今度は白菜……?」


 紛れもない白菜の味に、舌が喜びに満たされる。空きっ腹に栄養のある温かい食べ物がやってきて、体全体に活力が湧いてくるのがわかる。


 「ホントだ。ネギとしめじの味がする」


 銀次の様子に元気づけられ、海も食事を始める。


 「俺のとこにはしいたけが入ってた。松永さん、これは食べても大丈夫なんじゃないかな」

 「一ノ瀬がそう言うなら……」


 キアラが具材を口に入れた途端、異変が発生した。


 「!? カハッ、うえっ! 何これ!?」


 キアラがペッと吐き出したものを、裕也が蝋燭の光に照らして見る。

 そして言葉を失った。


 「歯だ……」

 「歯!?」


 身を乗り出して見ると、それは確かに歯だった。白くて意外と大きいそれを見つめていると、足元から毛虫が這い上がってくるようなゾワゾワした感覚に襲われた。


 「マジ最悪……! なんてもの入ってんの!?」


 キアラが口元を何度も拭いながら抗議する。その顔はさぞや不快に歪んでいることだろう。


 『ダメですよー。食べ物を粗末にしちゃ』


 主催者のふざけた声が響いて、キアラの怒りに火が注がれる。


 「ふざけんな! これが食べ物?」

 『食べても問題ないって言ったじゃないですか。何がそんなに不満なんですか? 別に食べたところで腹痛に襲われるわけでもなし。ノーダメージじゃないですか』

 「ノーダメージって……」


 銀次は絶句する。


 誰のものだかわからない歯を飲み込むなんて、かなりの精神的苦痛だ。正直、飲み込んだ後すぐに吐いてしまいたくなる。


 主催者に人の心はわからないのか、それともわかった上で煽っているのか、独裁者は煽る。


 『ほらほら出された物は全部食べないと。でなければペナルティですよ?』

 「くっ……!」


 キアラは屈辱に顔を歪ませながら、裕也に手を差し出した。


 「貸して。……食べないと」

 「松永さん、本当に大丈夫? 無理しないでよ」

 「大丈夫じゃないけど……大丈夫」


 キアラは震える指先で歯を挟むと、一息にそれを飲み込んだ。まるで錠剤でも飲むように。


 ごくんと喉が動いたのを裕也は隣で見届けて、自分が代わりに食べようか? と提案すればよかったな、と気づいて後悔した。


 「これで全員、一杯分食べたね……」


 都がお玉で残りの量を計りながら、つぶやく。


 「二杯目、行くよ」


 意を決したようによそっていく都。その目は祈るように瞑られている。


 全員がよそうと、ちょうど鍋の中身はなくなったように思えた。


 「じゃあ俺から……」


 裕也が、箸が急に10キロくらい重さを増したように緩慢な動きで、具材を口に運んでいく。


 そのままゆっくり咀嚼して嚥下した時——彼は命拾いした、というように安堵のため息を吐き出した。


 どうやら裕也は"大丈夫"だったらしい。

 自分のところにも何も変なものは入っていませんように——銀次は祈りながら箸を進めていった。


 一杯目と変わらない。白菜とさして美味くもない硬めの肉。そしてきのこの旨み。全体的に美味とまで言えるただの鍋だった。


 よかった。本当に良かった——このまま何事もなく終わってくれれば——。


 最後の一口を口に入れた瞬間、銀次の口内で何かが激しく暴れ出した。


 なんだ? 何が起きた? 俺の中で今何が起こっている?


 口をぱかっと開けて、口腔内を犯すそれを逃そうとするも、それはなかなか出てこようとしなかった。パニックになっているらしく、示された出口を見つけられず、無駄に動き回って銀次の舌や歯を刺激している。


 銀次は、口の中にいるのは生き物だと気づいた。もっと言ってしまえば虫だ。銀次は心臓を一突きされたように固まって、何も考えられなくなった。


 カサついた薄い何かが上顎に当たり、衝撃と不快感でハッと我に返る。脳に直接響くような羽音に、羽がある虫なのだと理解できた。


 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!


 口の中に手を突っ込んで、暴れる虫を取り出そうとする。


 そのすんでのところで、銀次は主催者の言葉を思い出した。


 ——決して残さず完食すること。

 ——もちろん完食できなかったらペナルティ。お残しは許しませんよ〜。


 ダメだ。食べなければ。


 食べなければまた——。


 銀次は綾子の消えた足を思って、口内の嫌悪感を抑え込んだ。


 今度ペナルティがあるとしたら、あれくらいでは済まないかもしれない。全員体の一部を奪われるくらいであっても、おかしくないかも……。


 虫がなんだ。それが生きているからといってなんだ。毒でも何でもないじゃないか。


 飲み込め。


 銀次は歯で虫をすりつぶした。口いっぱいにピーマンよりもゴーヤよりも苦くて不快な味が広がって、涙が出てくる。


 それでも何とか飲み込むと、都が背中をさすってくれた。


 「大丈夫?」

 「あ、ああ……もう平気だ」


 真っ暗でよかった、と銀次は暗闇に感謝した。顔が真っ青でもバレずに済むから。


 「銀次くん、ありがとうね。頑張ったね」


 海がぬくもりを押し付けてくるように抱きしめてくる。銀次は照れ臭くなって、意味もなく具材の残っていない鍋の中をかき回してみたりした。


 『六日目の指示、無事にクリア〜! お疲れ様でした〜!』


 クラッカーでも鳴らしそうな勢いで、主催者がムカつく労いをする。


 『愛情たっぷり料理は美味しかったですか? 体も心もポカポカになってくれたなら幸いです!』

 「とんでもないもん食わせやがって」


 もし目の前に主催者の顔があったら、唾を吐きかけてやるのに——銀次と同じ思いを抱いているキアラが、うんうんと頷いている。


 「何が食材だよ……あんたは歯とか虫とかを食べて生活してるわけ? ありえないんだけど」

 『でも昆虫食とかあるでしょう?』

 「生きたまま食う奴がいるか」


 というかよく死ななかったな——またしても銀次の心を読んだ主催者が、自分の強大な力を誇示するように言う。


 『私くらいになると、命なんて簡単に操作できるんですよ。口に入れた瞬間甦るように施すことなど、造作もないことです』


 その力をもっと良いことに使えよ。


 そんなことを思ったって、無駄なのである。


 主催者は自分の欲望だけで動いている。こんな場面が見たい、あんなことを人間にしてみたい。その思いだけでワクワクと胸を膨らませていて、他のことは全てどうでもいいと思っている。


 自分の力を自分の性癖のためにしか使わない困った存在なのだ。銀次が人並みの道徳心を求めたところで暖簾に腕押しである。


 「というか誰の歯だよ、マジで……」


 キアラの愚痴に、主催者が待ってましたとばかりに答えた。


 『あれは田中兼さんの歯ですよ〜!』

 「——え?」


 田中さん? 鍋に入っていたのは田中さんの歯だった——。


 言葉の意味を飲み込むのに遅れていると、主催者がさらなる爆弾を投下した。


 『ちなみにお肉は、死んでしまった皆さんのものです! 美味しかったですか?』


 あの肉が人肉だった?

 確かに豚でも牛でも鶏肉でもなさそうな、不思議な味がしたけど——。


 「うっ……! おええっ!」


 綾子が逆流した胃液を床に吐き出す。その時ちょうど、車両内が明るくなった。


 全員、真っ青な顔をしていた。自分たちの食べた物のことを必死に考えまいとしていたが、それはあまり上手くいかなかった。


 「都!」


 綾子に続いて胃液を吐き出した都の背を、銀次は優しくさする。落ち着いたのを見計らって、トイレに連れていく。肩を支えながら。


 都はせっかく食べた物を全て吐いてしまった。


 「ありがとう、銀くん……」


 汗でびっしょり濡れた顔を手拭いで拭きながら、銀次は胃が重たくなるのを感じた。


 これまでの脱落者の肉ということは、守、誠士郎、心、ほのか、兼、王仁の六人の肉が入っていたということだ。


 明るくなった瞬間に目に入った綾子の顔が、銀次の脳裏に焼きついている。愛する人の死体を食べてしまったことに気づいた時の、あの絶望に歪んだ表情——。


 銀次は先ほど飲み込んだ肉が喉元まで込み上げてきそうになって、慌てて押し留めた。


 皆の元に帰る前に、銀次は最終車両に向かった。


 やっぱりだ。真島さんと百合野さんの死体が消えている。


 車両内をチェックした銀次は、主催者の言葉が真実であることを確信して、暗澹とした気分になった。


 「二人とも大丈夫……?」


 戻ると、海が自分も青い顔をして尋ねる。


 「うん。もう平気……」


 都が力なく答える。銀次と繋いでいる手が小刻みに震えていて、気丈な少女もさすがに応えたらしい。


 銀次は都にこんな思いをさせた残酷な主催者のことが、心底憎らしかった。


 あと一日か——。


 銀次は少なくなった残り時間を考えて、無事にゲームを終えられるように祈った。


 このまま何もハプニングなど起こらず、一週間を乗り切ることができれば……。


 ***


 「銀次くん。話したいことって何?」


 その日の真夜中、銀次は海を誰もいない車両に連れ出した。

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