嵐の前の静けさ
「これで半分になっちゃったんだね」
海の呟きに、一同は改めて自分たちの置かれた異常な状況のおぞましさを痛感した。
守、心、誠士郎、ほのか、兼、王仁。
五日にして、六人が死んでしまった。
「生き残ったカップルは、私たちと——あとは一ノ瀬くんたちだけか」
海の視線には、一見何の感情も宿っていないように思える。しかし、銀次には彼女が奥底に殺意を隠していることがわかっていた。
銀次は綾子の様子を窺う。
……やっぱりしんどそうだな。
無理もない。愛する恋人に目の前で死なれたのだから、トラウマを一生引きずるだろう。
綾子の落ち込みぶりが半端ないので、銀次は彼女が後追いするんじゃないかと頭をよぎった。
その考えを読んだように綾子が「心配しないでください」と言う。
「私は何があっても必ず生き延びてやります」
綾子は俯いていた顔を上げると、強い意志を感じさせる眼差しを前に向けた。
「どれだけ辛くても死んだりしません。それが——」
口をつぐんだ綾子を、銀次以外の面々は不思議そうに見たが、銀次だけは綾子の続けたかったけれどすんでのところで飲み込んだ言葉を察していた。
それが王仁くんの願いだから。
王仁の意志を無駄にしないためにも、綾子はどんなに辛くても最後まで生きようと決めたのだ。
銀次は、綾子を誤解していたことを改めて知った。
想像していたよりも、よほど強い女性だった。
「私ね。一ノ瀬くんと松永さんに訊きたいことがあるんだ」
海の言葉に、車両内に緊張が走る。
「"ご褒美"のことなんだけど……二人にはどうしても叶えたい願いはあるの?」
「あるって言ったら……どうするの?」
裕也が息の詰まるような声で尋ねる。車内の気温が下がった気がした。
全員が答えを求めて海の顔をじっと見つめていると——。
「そんなに緊張しないでよ」
海が苦笑いして、裕也をおかしそうな目で見る。
「私は二人のこと信用してるから。人を殺してまで叶えたい願いなんてそうそうないよね。ああ、そうそう」
胸の前で手を合わせて、パンッと軽快に鳴らす。
「松永さんの願いは都ちゃんに聞いたけど……でも今はもう叶えようとは思ってないんだもんね?」
「うん。よく考えたら、そんな大事な願いじゃないって気づいたわ」
キアラは三日目の指示が終わった段階で、都にもう"ご褒美"を欲してはいないことを伝えていた。その現場には銀次と海もいた。ちょうどここにくる前のことについて、皆で話し合っていた頃のことだ。
「アタシ、自分の力で何とかしなきゃダメだって気づいたんだよね。だから奇跡なんかには頼らないよ」
キアラは、ここに来たばかりの頃と比べたら、相当変わっていた。
その原因は裕也だろうなと銀次は思っていた。
虐めていた相手が身を挺して自分を守ってくれたことで、自身の愚行を顧みれて目が覚めたのだろう。
「よかった〜そう言ってくれて。これ以上誰一人欠けることなく無事に乗り切ろうね。もう人が死ぬのを見たくないもん」
泣きぼくろを人差し指でかきながら、海は微笑んでみせた。
その日の夜は、全員で一塊になって寝た。
明日への恐怖を誤魔化すためか、綾子以外の皆はよく喋った。特に銀次と裕也は、海が所属するアイドルグループの話題で盛り上がった。
綾子は虚空を見つめて、何か考え事をしているようだった。銀次は、今にも綾子が泣き出すんじゃないかと思っていたが、そんなことはなくてホッとした。泣かれるとどうしたらいいかわからなくなるからだ。
何せ王仁は、俺たちが共謀して殺したんだから——。
銀次以外の者は、王仁が綾子を愛していた真実を知らない。兼は死んでしまったし、裕也は途中で気絶してしまったため、臨終間際の王仁を見ていない。見ていなくてよかったと思った。
もし王仁が彼女とちゃんと愛し合っていたと知れば、きっと罪悪感でおかしくなってしまう。
わざわざ空気を地獄にしたくないという思いは綾子も同じなようで、さっき言葉を途中でやめたのは皆を気遣ってのことだろう。ありがたい、と銀次は心の中で感謝した。
「じゃあ銀次さんはライブには行ったことないんですね」
「そうなんだよ! チケットが全然当たんなくて……俺、本当にくじ運なくてさ……」
自分のグループの話題がこそばゆいのか海はわずかに赤面して、照れくさそうにしている。
照れを誤魔化すように、海は都・キアラと話していた。
「都ちゃんは中学受験するんだよね。毎日たくさん勉強してるの?」
「うん。週四で家庭教師呼んで勉強見てもらってるよ」
「大変だね……私は小学生の時にはもう、アイドルとして成功するかどうかばっかり考えてたから、全然勉強してなかったなあ。もっとやっとけばよかったかも」
「海ちゃん、クイズ番組とかいつもボロボロだもんね」
「ちょっ、言わないでよ〜」
「家にわざわざ勉強教えに来る人が来るとかだるっ。アタシだったら耐えらんないな〜」
「でも先生が最高だから、毎日めちゃくちゃハッピーだよ。塾よりもずっと楽しい」
都は、受験が終わってからも週四回家庭教師に来てほしいくらいだと、笑顔で語った。海とキアラは感心するようにそれを見ていた。
会話の一つ一つが不気味なくらいに明るさに満ちていた。
それがこれから先の恐怖を予感して、防衛本能として編み出された愉快さだったのではないかと、銀次は後々思うことになるのだ。




