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カップル限定デスゲーム  作者: 絶対完結させるマン


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2/38

始まり

 「俺は金森銀次って言います。桑原高校に通う一年生で——こちらの青井海先輩と付き合っています」

 「青井海です。高校二年生です。よろしくお願いします」


 よろしく。よろしくお願いします。どうも。


 最後のカップルの挨拶が終わった頃には、場の空気はいくらか和やかなものになっていた。


 王仁と綾子を除く全員は、先頭車両に戻って自己紹介を行なっていた。


 これから一週間、共に過ごすことになる仲間だ。綾子の言葉を借りるなら、友好的にいくべきだと思った。


 それに、わけのわからない世界に放り込まれて困惑しているのは皆同じだ。同じ感情を共有して安心したいという気持ちもあった。


 銀次は、集められたカップルを改めて見回す。


 危うく王仁に殺されかけた男性は、真島誠士郎(ましませいしろう)という名前で30歳。親から継いだ会社を経営しているとのこと。

 彼女は百合野心(ゆりのこころ)。28歳。現在は誠士郎の会社で働かせてもらっている。


 百合野さん、さっきからずっと表情が変わらないな……。


 銀次は、人形のように綺麗であるが温度を感じない百合野の顔をじっと見る。


 彼女は、誠士郎が王仁に殺されそうになっている時でさえも無表情だった。それどころか恋人が襲われているというのに、動こうともしなかった。


 この状況に彼女は何を思っているのだろうと、銀次はしばし百合野の表情を窺っていたが、彼女は光を感じさせない瞳で正面を見据えるだけだった。時折する瞬きがなければ本物の人形だと思ってしまいそうだった。


 銀次は、制服姿の男女に目を移す。


 某有名アーティストのように長い前髪ですっぽり目を覆い隠している男子は、一ノ瀬裕也(いちのせゆうや)といって、桑原高校の近くにある原田原(はらだはら)高校に通っている。

 地味な見た目の彼とは対照的に、彼女の松永(まつなが)キアラは、見るからにギャルといった感じの風貌をしていた。


 ちなみに二人とも同じ高校の一年生だ。


 落ち着かない時の癖なのか、先ほどからバッチリネイルを施した爪に、クルクルと金色の髪の毛を巻き付けている。短いスカートから飛び出した長い足を組んでは崩してを繰り返しているのを見るに、やはりソワソワしているらしい。


 銀次は、もっとも穏やかそうな雰囲気が出ているカップルに目を移す。


 メガネをかけたいかにも人が良さそうな男性は、田中兼(たなかけん)。26歳。システムエンジニアとして会社で働いている。

 彼女は、佐々木(ささき)ほのか。25歳。総合病院で医療事務をしている。暗すぎず明るすぎずの長い茶髪が、優しそうな雰囲気を助長している。


 二人の指には、シンプルなデザインの指輪が光っていた。


 銀次は最後に、他とは毛色の違うカップルをチラリと見る。


 焦げ茶色の長髪をツインテールにした利発そうな少女胡桃沢(くるみざわ)都と、今にも泣きべそをかきそうになっている少年佐藤(まもる)くん。

 二人とも小学六年生だ。


 幼い子どもまでがこんなことに巻き込まれている。佐藤くんはきっと、今すぐ家に帰って親に抱きしめてもらいたいのだろう。少年の怯えた瞳を見て心境を推測した銀次は、心苦しくなった。


 王仁と綾子を除けばこれで全員だ。


 4組のカップルの様子を見て、少なくともすぐに暴力に走るようなタイプはいなそうだと、銀次は少しだけ安心した。


 「もしかして青井さんって、ドリームラブのセンターの海ちゃんですか?」


 裕也が興奮した声で尋ねる。


 「そうだよ。もしかしてファンの子?」

 「やっぱり……! 俺、ずっと"ドリラブ"の大ファンで……! 海ちゃんのことはデビューした時から応援してます。毎日海ちゃんのソロ曲聴きながら登校してますし、海ちゃんが出た雑誌や番組は何度も見返してます。ライブにも行きました! メンバー全員好きですけど、やっぱり海ちゃんがダントツです。半年前の人気投票で見事センターの座をゲットしてからは、歌もダンスもますます神がかってきて——」

 「キッショ」


 真っ白な生足が裕也のアキレス腱を蹴り、裕也はその痛みに黙り込む。


 「オタク特有の早口やめろよ」

 「ご、ごめん……」


 キアラは鼻を鳴らすと、それきり彼氏に興味を失ったように爪いじりに専念し出した。


 「すいません、推しを目の前に興奮してしまって……」

 「わかるよその気持ち」


 銀次は、我が同志よ、と言いたかったがグッとこらえる。


 「海先輩は1000年に一人の逸材だからね。誰もが目を奪われる完璧で究極のアイドル——まさに夜空に輝く一番星のような人間だよね」

 「えっと……銀次、さん……?」

 「さんはいらないよ、裕也くん。そんなに固くならないで」

 「もう銀次くんっ! 急に様子がおかしくなったから一ノ瀬くんが困惑してるでしょ」


 拳を握ってプリプリ怒る先輩もマーベラスだな……アイドル"海"の限界オタクである銀次は拝むように彼女を見る。


 「えっと……銀次さんは海ちゃんの彼氏……なんですよね?」

 「うん。彼氏兼強火ファンだよ。正直、自分なんかが海先輩と恋人同士って事実を未だに受け止めきれてないよ」

 「いい加減慣れてよ……」


 海が呆れ半分、嬉しさ半分と言った感じで言う。


 「慣れることなんてできませんよ! こちとらバイト代も全部"海ちゃん"につぎ込むほど推してたのに……急に恋人同士なんて、頭と心が追いつかないに決まってるでしょ!」

 「もうっ。別に急じゃないでしょ!」


 怒る先輩も可愛いな……と海のレアな表情を心のカメラにおさめておく銀次(限界オタク)


 「私たち、付き合って半年は経ってるんだよ? なのにいつまでもこんな調子で……」

 「二人は同じ学校なんだよね?」


 誠士郎の質問に「はい」と頷く海。


 「私が校内の不良に絡まれているところを、銀次くんが助けてくれたんです。そこから段々と距離が縮まって……」

 「へえ。見かけによらず漢気あるんだね、銀次くん」

 「ちょっと! 見かけによらずってなんですか。真島さん!」


 銀次のツッコミで、あはは、と笑い声が上がる。


 「そうだ。銀次くんに聞きたいんだけど」


 ほのかが言う。


 「なんで私たちがみんなカップルだっていう"共通点"に気づいたの?」

 「それは……佐々木さんと田中さんが同じ指輪をしていたことが大きいです」

 「これ?」


 兼とほのかが手をかざしてペアリングを見せる。


 「はい。それを見て、ここにいる人たちはみんなカップルなのかな、って思ったんです。歳の近い男女二人組って言ったら"それ"みたいなところありますし……」

 「まあ確かに」

 「二人は結婚してるの?」


 都が身を乗り出して尋ねる。


 女の子は小学生のうちからこういう話題に興味を持つのかな、と多少食い気味の都を見て、銀次はそんな感想を抱いた。


 「まだしてないよ。でも、三ヶ月後に籍を入れて結婚式を挙げる予定なんだ」

 「おお〜。じゃあそれは婚約指輪なんだ!」


 羨ましそうな目で指輪を見る都に、銀次は思わず微笑む。横を見れば、海も同じ表情になっていた。


 明るい子どもである都のおかげで、空気が険悪にならないで済んでいる。ありがたいことだ。本人は思うままに振る舞っているだけだろうが。


 その和やかな空気は、一瞬にして崩れた。


 『こんにちは〜。待ちに待った最初の"指示"の時間でーす!』


 癪に障るテンション高めの声に、鳥肌が立つ。


 『あーそうそう。ゲームを始める前に、一つやっておかなくちゃいけないことがあるんですよ』

 「やっておかなくちゃいけないこと……?」

 『はい。みなさん、恋人にキスしてください』

 「なっ……!」


 守くんが顔を真っ赤にする。小学生らしい初々しい反応だ。


 「なんでそんなことを——」

 『誓いのキスですよ。このゲームを二人で生き抜くという"誓い"。それを神である私に証明するために、その行為が必要なんです。それをもってゲーム開始というわけです』

 「じゃあアタシは絶対しない」


 女子高生ギャルこと松永キアラが憤然とした顔つきで宣言する。


 「だってそれがなきゃゲームは始まらないんでしょ? だったら好都合。あんたのふざけた遊びに付き合ってられないっつーの」


 つーかさっさと帰してよ、と言い放つキアラに、やっぱりギャルは心臓が強いんだな……と銀次はクラスの派手めの女子たちのことを思い出す。


 『その場合、ずっとここに閉じ込められることになるわけですが、それはよろしいので? 私は"神"なんですよ。さっきも奇跡をご覧になったばかりでしょう。意地を張るのも結構ですが、自分の立場がいかに弱いか、そして私の立場がいかに強いかを理解した上で行動した方がよいですよ』

 「知らないよ、そんなこと。さっきの"奇跡"だって、どうせ手品かなんかでしょ」


 とにかくこんなふざけたことにこれ以上付き合ってられない、という態度をキアラは取った。


 主催者はそんなキアラを無視して、話を進める。


 『は〜い! それではみなさん誓いのキスをしてくださ〜い! カウントダウン始めます。10、9、8……』


 銀次はそわそわと首を動かす。

 海と目が合う。彼女も焦った表情をしていた。


 「……ッ! 先輩、すみません……」


 銀次は触れるか触れないかの力で海と唇を合わせると、すぐに離した。


 視界の端で都が守の唇を奪うのが見えて、顔が熱くなる。

 見てはいけないものを見てしまったように、銀次は目を伏せた。


 兼とほのか、誠士郎と心も唇を合わせた。カウントダウンが焦燥を刺激したのだ。


 『3、2、1、0!』


 「おまっ……! ふざけんな!」


 カウントダウン終了とほぼ同じタイミングで、キアラの怒り狂った声がした。


 頬を打つ音が耳に響き、銀次の肩がはねる。


 裕也が赤くなった頬を押さえて「ごめん……」とキアラに頭を下げていた。


 裕也は彼女の胸ぐらを掴んで、無理やりキスしたのだ。


 「マジ最悪……!」


 キアラがまるで唇をすすぐようにペットボトルの水を勢いよく飲み出したので、銀次は不思議に思った。


 あの二人もカップルのはずだよな? あんな汚物に触れてしまった時のような反応しなくても——。


 「あんたたちもなに素直にキスしちゃってんだよ!」

 「ご、ごめん。言うことを聞かなかったら、何をされるかわからなかったし……それならこれくらいのことやらないよりやった方がいいと思って……」


 そう弁解したのは誠士郎だ。

 その隣の心は、怒り狂うキアラを前にしてなお、ピクリとも表情筋を動かさない。


 『さてさて。全員ちゃーんとチューしてくれたようで何よりです』


 自分たちとは離れた場所にいる王仁と綾子の様子も、しっかりチェックできていたのか。

 一挙手一投足が主催者の眼差しに晒されていると思うと、寒気がした。


 『最初にキスを交わした相手とはいわば一心同体です。"カップル"として勝ち残った二人には、私が一つだけどんな願いでも叶えてあげます。100億円でも不老不死でも世界中の異性にモテたいとかでも、なんでもオッケー! 全知全能の私が叶えてさしあげます!』


 恍惚とした声音に「……どうして」と問うたのは百合野心だった。


 「どうしてあなたはこんなことをするんですか?」


 その口調は、責めるような感じではなかった。ただ本当にわけがわからないといった感じで、例えるならば幼い子どもが「ねえなんで?」と周りの大人に尋ねるような、そんな純粋な好奇心からなる問いに思えた。


 『どうして、ですか……。もっともわかりやすく説明するなら、好きだから、ですかね』

 「は?」


 何人かの声とハモる。


 『私は色んなカップルを見るのが好きなんです。正反対な性格なのに何故か上手く噛み合っている凸凹カップル。穏やかな日常を噛み締めるように過ごしているほんわかカップル。しょっちゅうケンカしているけど、毎回すぐに仲直りするケンカップル……』


 歌うように高らかな声で語る主催者は、そこで声のトーンをぐんと落とした。


 『そして、そんな尊いカップルがどんなふうに"変容"していくのか。その様を一歩引いた場所から観測していくのは、何よりも楽しい!!』


 主催者の顔は見えないが、きっと今は瞳孔が開き切っているのだろうと、銀次は予想した。


 『これこそ最高の喜びです! 取り繕わない言い方をするなら"性癖"です! 様々な愛の形を発見して、その行末を見届けたい……それが私の願いです! そう。私は性欲と野次馬根性と面白いもの見たさでみなさんを選出した!』


 銀次は拳を握りしめる。


 あまりに勝手すぎる。人のことをおもちゃやエンタメ作品のように扱いやがって……。


 普段温厚な銀次だが、この時ばかりは激しい怒りを感じていた。


 こんな理不尽な状況に負けてはいけない。絶対に彼女を守ってみせる。


 銀次はそう誓った。


 『では今日の指示といきましょー!』


 その言葉にどよめきが走る。


 一体どんなものが飛び出してくるのか、皆気を張り詰めていた。


 『胡桃沢都さん。自分のリュックから縄跳びを取り出してください』


 名指しされた都は、おそるおそるリュックサックを開けて、縄跳びを取り出す。やはり緊張しているのか、やけに緩慢な動きだった。


 「……出したけど」


 ピンクの縄跳びを手に持った都が、天井を睨むようにして言う。


 近々学校で行われる縄跳び大会の練習のために、都はこのところ毎日リュックに縄跳びを突っ込んだままにして、持ち歩いていた。


 『二人跳びって知ってます? 二人で一本の縄跳びを使って一緒に飛ぶやつ——』

 「知ってるよ」


 二人が向かい合って立ち、一人が縄を回し、もう一人がそれに合わせて跳ぶ——銀次も小学生の頃よく遊んだ。


 タイミングを合わせるのがポイントで、息を合わせて跳ぶのが意外と難しくて楽しいのだ。


 『胡桃沢都さんにはそれをやってもらいます。30回。一度もつっかえずに跳びきってください。ちなみにチャレンジできる回数は一回きりです』


 都が怪訝そうに首を傾げる。彼女の心境はその場の全員が察していた。


 二人跳びというからには、もう一人必要だ。


 「ひっ……」


 察しの良い守が震え上がったのと、主催者が宣言したのはほとんど同時だった。


 『佐藤守さん。あなたが一緒に跳んでください』


 視線が守に集中する。それだけでまだ子どもの彼は泣き出してしまう。


 「泣かないで。佐藤くん」


 都が自分のポケットから出したハンカチを、守の頬っぺたに優しく当てる。


 「でも……でもぉ……」

 「大丈夫だよ。学校で何度もやってることでしょ? 簡単だよ」


 都は本当に気丈な子どもで、同い年の男の子を励まして自分は怯えた様子を見せない。自分がビクビクした姿を見せれば、守がますます恐怖に縮こまるということをわかっているのだ。


 「30回。たった30回跳べばいいだけだよ。いつも通りやればいいだけじゃん」

 「でも……」


 もし失敗したら。


 守の頭の中はその不安でいっぱいになっていた。


 指示をクリアできなかったらペナルティ。もし途中で引っかかって中断したら罰がある。跳べきれなかったら終わり。


 頭の中をぐるぐると恐怖に支配された思考がひたすらに浮かんでくる。


 絶対に跳ばなきゃ。絶対に失敗しちゃいけない……。


 守は都に手を引っ張られて何とか立ち上がると、彼女と向かい合った。


 「大丈夫だよ、佐藤くん。この前新記録で60回いったばかりでしょ? 楽勝だよ」


 ニコッと安心させるように笑う都。いつもはそれで勇気が出る守も、この時ばかりは顔が晴れなかった。


 他の面々は、少年と少女を固唾を飲んで見守っていた。


 海は祈るように両手を組み合わせ、銀次は瞬きすらも忘れて見つめる。


 「佐藤くん、前と後ろどっちがいい?」

 「えっと……前がいいな」

 「わかった。じゃあ私が後ろね」


 多くの子どもは、前よりも後ろ跳びの方が嫌いだ。都も前跳びの方が好きだった。それなのに守の希望を優先したのだった。


 大丈夫。前だろうが後ろだろうが楽勝だ。縄跳びは得意だし、たかが30回私も佐藤くんもとっくに跳べるようになってる。


 「じゃあいくよ」


 守が頷き、縄が風を切るヒュンッという音がした。


 「1、2、3、4——」


 規則正しいリズムで飛び跳ねる小学生二人。その調子が安定しているのを見て、邪魔にならないように少し離れた場所に退いた他の者たちの顔色が、だんだん明るいものになっていく。


 デスゲームというから、一体どんな命令が下るのかと戦々恐々としていたが、この調子なら難なく一日目は乗り切れそうじゃないか。


 「25、26、27——あ、」


 プツリという音と共に、流れが途絶えた。


 先ほどのあっけない微かな物音は、解けた守の靴紐がリノリウムの床にぶつかった音だった。


 「あ……あ、ああ……違う!」


 守がうずくまって、解けた靴紐を手のひらの中で握りしめる。


 「都ちゃんが踏んづけるから!」


 都がギョッとして、守の肩に手を置こうとする。


 「都ちゃんがぼくの足踏んづけたから、紐が解けちゃったんだ! 都ちゃんのせいだからぼくのせいじゃない!」


 守は、天井の方を見ながら叫んでいた。それはつまり、主催者に自分は悪くない、だから自分は罰さないでほしいと訴えているに他ならなかった。


 都は行き場を失った両手を、ぼんやりと宙に浮かしている。


 『クリア失敗、ですね〜』


 残念そうな声音が頭上のスピーカーから聞こえてくる。


 『ルールはルールです。ペナルティを課さなくてはいけませんね』


 その時、車掌室の前に急に椅子が出現した。


 一見普通のパイプ椅子にしか見えないが、なぜか禍々しいものに思える。


 『では指示を遂行できなかった罰として、誰か一人その椅子に座ってください』

 「それには……その椅子にはどんな細工が施してある」


 銀次が感情を抑えた調子で尋ねる。


 『そこにあるのは何の変哲もないただのパイプ椅子です。しかし、私が念じると電気が流れるようになっています』


 商品の説明でもするように、衝撃的なことをあっけらかんと言い放つ。


 『私の念力によって電気椅子に早変わり! さあ誰が座りますか? 誰でもいいんですよ? 誰でもいいから一人選んでくださいな』

 「電力はどのくらいの強さなんだ」

 『んー。正確に何Vかと問われると答えられないんですが……まあ死にはしない程度、と捉えていただければ』


 このペナルティで殺すつもりはないということか。


 『さあ誰が座ります? 多数決でも立候補でもいいから早く決めちゃってくださいよ。私だって気が長い方じゃないんです』


 主催者が焦れた様子なので、一同は焦り出す。


 自分たちの生殺与奪の権利は、この顔の見えない自称神に握られている。その事実をもう全員咀嚼し終えていた。


 早く決めなければ、もっと酷い状況になるかもしれない。


 その焦りと恐怖が淀みを生んだ。


 「都とか言ったっけ? あんたが座りなよ!」


 そう言ったのはキアラだった。

 彼女は明らかに苛立っていて、胸の前で組んだ腕で貧乏ゆすりしている。


 「あんたのせいで失敗したんだから、あんたが座るのが筋ってもんでしょ。あんたらもそう思うよね!?」


 キアラは立ち上がり、ぐるりと全員の顔を見渡す。


 目を逸らす者、何か言いたげに見つめ返す者、興味なさげに視線を動かさぬ者——と多種多様な反応だったが、誰一人として彼女に言い返そうとはしなかった。


 下手なことを言って自分が座る流れになってしまえば。


 多くの者はそれを怖がっているのだ。得体の知れない椅子に座って、どの程度のものかわからない電流に耐える選択を進んで取りたい者などいない。


 死にはしない、と主催者は言っているが、こんなイかれた状況を作り出した張本人なんて信用できたものじゃない。


 「そんな……」


 都が救いを求めるように、視線を彷徨わせる。


 窮地に追い込まれた年端もいかぬ少女の眼差しから、大人たちは逃げた。罪悪感で胸を詰まらせながら。


 「佐藤くん……」


 都は彼氏をじっと見上げるが、守は「やめてよ」というように顔を逸らして、都の手の届かない場所まで距離を取った。


 都は床にへたり込んで項垂れた。小さな顔を取り囲む髪の束が肩からパサリと滑り落ちて、胸の辺りでゆらゆら揺れている。


 『みなさん、心は一つみたいですね。では胡桃沢都さん。あの椅子にお座りくださ——』

 「待て」


 男の声が主催者を遮った。


 「俺が座る。こんなに小さい子を酷い目に遭わせられるか」


 銀次はスピーカーをひと睨みした後、ゆっくりと電気椅子の方へ歩いていく。


 「銀次くん……」

 「大丈夫です、先輩。死ぬわけじゃないですし」


 ちょっと痛いだけですよ、とへっちゃらだということを表すように、力こぶを作る銀次。


 笑ってみせたつもりだったが、うまくいったのかはわからない。先輩の目から涙が一滴零れ落ちたのを見るに、笑顔は失敗したのかもしれない。


 銀次はしゃがみ込んで、床に座り込む少女の頭に手を置いた。


 「お兄さん……」

 「大丈夫。大丈夫だからもう泣かないで」


 数回撫でると、都の涙腺が崩壊した。パッチリと可愛らしい両目から温かい涙が出てくる。


 『勇気ありますね〜』


 銀次が椅子に座った時、主催者が讃えるように言った。


 「さっさと終わらせろ」

 『はいはい。——ではスタート』

 「……ッ! あれ……?」


 一瞬ピリッとした痛みに襲われたが、想定していたよりもずっと微かな痛みで、銀次は拍子抜けした。


 『では次。もう少し強くしてみましょう〜!』

 「いっ……!」


 また電流が流れる感覚がした。しかし、今度のは先ほどの流したものよりも強く、反射的に尻を浮き上がらせてしまう程度だった。


 「はっ……!? なんだよこれ……!」


 銀次がわずかに腰を浮かした瞬間、見えない力がかかって椅子に縫い止められた。


 上から押さえつけられているような、重力が何倍もの力にでもなったかのような感覚——。抵抗する力を奪われているという事実のみで、銀次の体は緊張で硬くなる。


 『固定させてもらいますね〜。ちゃんと罰を下すためです。窮屈だと思いますが我慢してください』


 銀次の尻は、接着剤によってくっつけられたかのように椅子から離れない。


 こいつにできないことなどないのだ。


 銀次は身をもって主催者の全能ぶりを悟ったのだった。


 「うあああっ!」

 「銀次くん!」


 先ほどとは比べ物にならないほどの衝撃が体を駆け巡り、銀次の口から雄叫びが迸る。


 これまでの人生で一度も味わったことのない類の激痛だった。小学生の時、階段から落ちた時よりもなお強い痛みが、銀次を貫いていた。


 外からじゃない。体の内部に侵入されて臓器ごと侵されるような末恐ろしい衝撃。頭が真っ白になり『辛い。解放してほしい』以外に何も考えられなくなる。


 電気の流れが途絶えた途端、激しい震えが襲ってくる。冷水をぶっかけられたかのように銀次は全身びっしょり、ブルブル震えて歯の根が合わなかった。


 終わった、のか……? そう希望を抱いた瞬間に、より強い衝撃が体を駆け巡る。


 何百ものパチパチとした電流を発する小さな生き物が、皮膚の下を高速で這い回っているような感じだった。その生き物は、つむじから足先まで滞りなく体内を回り、体力、精神力、抵抗力、などなど銀次のあらゆる力を根こそぎ奪っていく。


 「ぐっ! ああああ……!」

 「銀次くん!」


 思い人の苦悶する姿に、海はたまらず銀次の元へ駆け付けようとする。


 「先輩来ないで!」


 銀次は血相を変えて海に叫ぶ。彼は絶対に海にそばに来てほしくなかった。


 「もうやめて! 銀次くんを解放して! 私が代わりに座るから! だから銀次くん——え……?」


 銀次の目の前まで来た海は、足元の水たまりを踏んでしまい、これはなんだと濡れたローファーのつま先を見つめる。


 銀次はこの世の終わりのような顔になり、海から目をそらした。俯いた顔から悔しさと恥ずかしさ情けなさ、その他様々な負の感情からくる涙が一滴こぼれ落ちる。


 「先輩にだけは見られたくなかったのに……」


 銀次のズボン。その股間部分の布がジワリと濡れているのを認めた海は、ようやく銀次が大勢の人間に見られている中失禁したのだと理解した。そして、そんな姿を憧れの人にだけは見られたくなかったということも。


 「銀次くん……ごめ、」

 『これでペナルティは終了でーす。よく頑張りましたね、金森銀次さん!』


 銀次にかかっていた圧力が消えて、彼は前のめりに倒れた。転ぶ前に手をつく余裕などないほど脱力し切っていた。体が自分のものでなくなった気がした。黄色い水たまりの中に顔を突っ込む。ああ最悪だと思いながらも、どこにも力なんて入らなくて、顔をどけることもできなかった。


 『ではまた明日。ゆっくりお休みください』


 明日はどんな残酷なことが待っているのだろう……。


 銀次は遠のく意識の中、そんなことを思った。

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