成長していく殺意
「チッ、死ななかったのかよ」
心の無事を聞いて、真っ先にそう言ったのが王仁だった。
銀次たちは、誠士郎と心をのぞく全員で一つの車両に集まっていた。
誠士郎と心は、離れた車両にいる。
心の怪我は命に別状こそなかったものの相当酷いもので、全身切り傷だらけだった。しばらく体を動かすたびに痛みが生じるだろう。
殺害未遂をした海に話しかける者は誰もいない。海は、銀次の右隣で無表情で黙り込んでいる。左隣には都がいる。
「一組いなくなってくれれば楽だったのによー」
「王仁くん、やめてよそんなこと言うの……」
綾子が泣きそうな表情で言った。
兼が恨めしそうな目で王仁を睨んでいる。その気持ちを誰もがよく理解できた。
兼の恋人であるはずのほのかは、彼からだいぶ離れた場所に腰を下ろしていた。その目は王仁と綾子に注がれていた。
ほのかの瞳に宿る炎に気づいた銀次は、痛ましい気持ちになり、できるだけほのかを見ないように努めた。
「主催者があんなに人でなしだったなんて……」
綾子の言葉に、誰もが同意した。
「寝取られ強要もそうだけど、万が一妊娠したらどうするのって心配もあるよね」
ほのかが言う。
「本当ですね。人のことを何だと思ってるんでしょう。……私だったら少なくとも妊娠の心配はないからいいけど」
「え」
銀次は思ったより大きな声が出てしまって、慌てて口を押さえた。
だがもう遅い。
「私は子どもができない体だから」
「そ——」
そうなんですね、と反射的に相槌を打ちそうになって口をつぐむ。思い出すのは昨日の夜のことだった。
——子どもは可愛いですよね。
そう言う桜さんが寂しそうに見えたのは、気のせいじゃなかったんだ。
「ねえ大丈夫なの?」
気遣わしげなキアラの声に、銀次のみならず皆の視線が彼女に移る。
キアラは傍に座っている裕也の顔を下から覗き込み、眉を下げきっていた。
裕也は、先ほどから尻が痛いようであった。何か出そうな感じがするけど、結局多少の便と血が出てきただけと言っていた。
「やっぱりトイレに入ってた方が安心するんじゃない?」
「でも一人になるのは避けたくて……」
「アタシがトイレの前までついていくから。だから行こう、一ノ瀬」
銀次は目を見張った。
松永さんってこんな感じだったか?
一ノ瀬くんも前髪の下で目を丸くしているのだろう。ポカンとした様子で松永さんを見ている。
「なに。行くの? 行かないの?」
「あ……行くよ」
「じゃあ行こ。ほら立って」
裕也の腕を掴んで立ち上がらせるキアラ。
「ま、松永さん。歩くくらいは一人でできるから大丈夫だよ」
「そう」
三両目に入っていく二人を、銀次は意外そうな目で見送った。
「あの二人、なんか変わったな……」
「キアラちゃんも、さすがにあの前髪くんに感謝してるんだよ」
都の言葉に、それはそうだろうな、と銀次は納得した。
自分の代わりに貞操を犠牲にしてくれた一ノ瀬くんのことを、松永さんも認めたんだろう。
松永さんは、実際のところ彼女でもなんでもない。実態はただのいじめっ子なのだ。自分を虐げて散々見下してきた相手の代わりに、男に尻を捧げるなんて真似ができる彼は、優しさが聖人レベルだ。
銀次は心の中で裕也に拍手を送った。
あのキアラも、さすがに裕也に今まで通りの態度は取れなかった。
ちなみにボロボロになって気を失った裕也の後処理をしたり介抱したのは彼女だ。
「あのカップルが死ななかったって報告も聞けたし、俺たちはもう行くぞ。ほら、綾子」
王仁は綾子の手をグイグイ引いて、別車両に移ろうとする。
その光景を、兼は気の毒そうに見ていた。