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兼、ほのか、王仁

 誠士郎がキアラの説得に骨を折っていた頃、王仁はほのかを押し倒し、衣服を剥ぎ取っていた。


 「イヤーッ! やめて! 助けて兼くん!」


 王仁の巨体の下で、身を捩って叫ぶほのか。


 兼は、先ほど吹っ飛ばされた際に捻った足で、這うように二人に近寄る。


 「やめろ! ほのかを離せ!」

 「チッ、うるせえな」


 怒りをむき出しにした顔が兼に向く。


 「俺は今クッソ機嫌が悪いんだよ……大人しくしてろ。殺されたくなかったらな」


 殺す、というワードに兼は怯む。


 しかし、怯えている場合ではない。5年も付き合ってきた大切な婚約者の貞操が、今奪われそうになっているのだ。


 「待ってくれ! もう少し経てば銀次くんたちが助けに来てくれるはずだ! 数人がかりならあの扉を壊すこともできるかもしれない。だから——」

 「ああ確かにな。その可能性もないとは言い切れないな」

 「だろう!? だからここで大人しく待ってて——」

 「でも俺がその低い可能性にすがってじっと待ってる理由は、どこにもねえんだわ」


 王仁は「それはあくまでもお前らの希望だろ?」と言った。


 「主催者のクソ野郎が、そんな簡単に回避できるような指示出すとは思えねえ。信じられねーもんをこの目で見ちまってるわけだしな」

 「でも主催者だって全能とは限らないじゃないか!」

 「全能じゃないとも限らないよな?」

 「ッ……! それは……」

 「お前らの要望を聞いてやる義理はねえ。俺的にはさっさと指示クリアできれば、それが一番手っ取り早いんだよ。つーわけで邪魔しないで俺らがやるとこ見てろ」

 「……! うわあああ!」


 兼が思い切り振り上げた拳を、王仁にぶつけようとする。


 しかし、兼の渾身の一撃はあっけない音を立てて、王仁の手のひらに吸収された。


 「よっわ」

 「ガハッ! おえぇっ!」

 「きたねーな。ゲロ吐いてんじゃねえよ」


 重いパンチを腹にくらってうずくまった兼の頭が、足で押さえ込まれる。さっき出したばかりでまだ温かい吐瀉物に顔面を押し当てられて、兼の目から悔し涙がポロポロと出てきた。


 「あ? もう終わりか? こんなもんなのか!? 大切な大切なカノジョが寝取られようとしてるつっーのに、もう何もできないのか!?」


 兼は、この男は正真正銘の悪魔だと確信した。この世に存在してはいけない存在だと。


 「何こんくらいで泣いてんだよ。ぬるい環境でぬくぬくと暮らしてきた平和ボケ野郎が。——そうだ」


 王仁は兼の頭から足をどけると、彼の顔を至近距離から覗き込んだ。


 「そんなに言うならお前が代わるか? お前がカノジョの代わりにケツ掘られるところ見てもらえばいいじゃねえか。別に俺はどっちでもいいぜ? どっちが相手でもクソ不愉快なことに変わりはねえ」


 王仁は早く終わらせられれば、相手がほのかでも兼でもいいのだった。どちらにしても食指は動かない。


 「俺も急いでるからな。早く決めてくれよ。お前か彼女か」

 「なんでそんなに急ぐ必要があるんだ……」

 「綾子を一人にさせたらヤバいだろうが。お前は彼女と一緒に飛ばされたから、呑気に構えてられるんだろうが俺は違う」


 王仁は、今この瞬間にも別車両にいる綾子のことが気になっていた。彼女がちゃんと一人でいてくれているかどうか、気がかりでならない。


 「あいつは鈍臭い馬鹿女だからな。お前みたいに女くらいにしか勝てない弱い男に狙われて、ポックリ逝っちまうだろ?」

 「ッ……! 本当に酷い男だ……! お前なんかに桜さんはもったいない……!」

 「なに。お前昨日綾子となんかあったのかよ。情でも湧いたか?」

 「ぐっ……!」


 再び吐瀉物の水たまりにダイブさせられる。王仁の靴裏についた汚れが髪に付着した。


 「俺がムカつくとかそういう話はもういいからさ。さっさと決めてくれよ。結局お前はどうするの? カノジョの代わりにお前が犠牲になってくれんの?」


 王仁の手が兼の腰をつかむ。その瞬間、兼は全身の血が一気に冷え込むのを感じた。


 この男にいいようにされる?

 想像すらできない痛みと屈辱と恐怖に耐え続ける?

 しかも、その一部始終をほのかに見られる?


 男のプライドが木っ端微塵になる瞬間を——。


 「チッ、黙り込んじまった。日和りやがってクソが」


 王仁は失望したように吐き捨てると、兼の背中にとびきり重い蹴りを振り下ろした。


 「ッ……!! うああああ!」

 「痛いだろ。しばらく立ち上がれないよな? ってことでそのまま安心して地面に伏してろや」


 王仁は、こっそり逃げようとしていたほのかの腕を掴んで、床に押し倒す。


 「あ……いや……! 助けて……兼くん助けて……!」

 「残念だったな。彼氏くんもなー立つことさえできれば助けられたんだけどなー。痛みで動けないんじゃしょうがねーよな」


 兼にこれ以上王仁に立ち向かう気力は湧いてこなかった。これから訪れる悲劇を変えようと抗う力は。


 脱がすのも億劫らしく、ほのかのシャツがベロンとまくりあげられる。


 王仁は、顔は見ないに越したことはないので、まくり上げたシャツでほのかの顔を隠した。


 優しさや思いやりなど一切感じない乱暴な手つきで、ほのかのブラが乳の真下までずらされ乳首が王仁の眼差しの下に晒される。


 外すことすらしていない少し位置をずらしただけの措置は、見れればいいのだ、揉めればいいのだという自分が興奮することしか考えていないやり方で、ほのかは困惑した。


 ほのかは、兼としか経験がなかった。


 兼は平素と同じようにベッドでも優しく穏やかで、いつもほのかを気にかけてゆっくりと事を進めていた。


 服を脱がす時から萎えたそれを引き抜く時まで、ずっと穏やかだった。二人のセックスは、激しさとは無縁の春の日差しのように穏やかでホッと安らぐ類のものだった。


 ほのかは快感を得られるからというよりも、兼の優しさと愛を感じられるので、彼との行為に幸せを感じていた。


 こんなふうに乱暴にされたことなど一度もない。


 困惑しているうちに下着が剥ぎ取られて、ほのかのあそこが冷たい外気に触れる。


 「いや! 待っておねが——あっ」


 ほのかの胸が骨ばった手に鷲掴みにされる。そのまま乱暴に揉みしだかれ、ほのかの胸は王仁の手によって形を変えていく。


 まるでパン生地のように強い力で好き勝手にされ、胸がちぎれてしまわないかと心配するほのか。


 ふと、足の間に王仁の膝が差し込まれた。

 硬い膝があそこにゴリッと当たり、ほのかの体がはねる。


 片方の乳房を揉みしだかれながら、もう片方を舌で一気に舐め上げられ、吸われ、甘噛みされる。そのサイクルを性急に繰り返され、ほのかの乳首が立ち上がってきた。そうなればより一層敏感になるわけで、ほのかは声を出してしまった。


 その声が想像していたものよりもよほど甲高く、また甘ったるく響いたので、ほのかはギョッとした。


 今のはなに。


 答えが出せる前に、王仁は次に移行していた。

 ほのかの陰部に触ると、急に指を一本入れた。


 「ひゃあっ!」

 「あ? なんだこれ。案外すぐ入りそうだな」


 王仁が指を引き抜くと同時に、膣内からじわりと愛液が溢れてくるのを感じ取る。


 うそ……なんで……?

 こんな状況なのに。無理やりなのに。兼くんじゃないのに……。


 なのになんでこんなに濡れてるの……。


 あんなの前戯じゃない。性欲を高めるための道具として体を使われただけだ。私のたった一つしかない大切な体を、あんなに乱暴にされたのに。お前の意思なんて関係ない、と言わんばかりに好き勝手にされたのに。


 それなのに、ほのかは兼が丁寧に前戯をしてくれた時と同じくらい、いやそれ以上に濡れていた。


 「あっ……!? ひあああっ!」


 なんの予告もなしに王仁の膨張した男根が当てられ、一気にほのかの入り口を押し広げて中に侵入してきた。


 一息に全て挿入されて、王仁の先端が最奥にあたった瞬間、ほのかは目の前が真っ白になった。


 視界は顔までまくりあげられたシャツによって塞がれている。今、自分がどうなっているのか。何をされているのか。自分を犯している相手の顔は? 何も見えない。感覚だけが頼りだった。


 無理やりずらされたブラが下乳に食い込んで苦しい。目元まで覆うシャツのせいで酸欠でもある。鼻だけでは足らず、半開きの口からハフハフと犬のような息がこぼれる。急に大きく広げられた足が痛い。しかし王仁は、息も絶え絶えなほのかの様子をわかっているにも関わらず、手心を加えたりはしなかった。


 およそ人間にする行いとは思えない。今ほのかの体はケダモノに支配されていた。今までの人生では考えられない、己の欲を手早く発散することしか考えていない動物的な性交にほのかは困惑し——興奮していた。


 私、どうなっちゃうんだろう。


 ほのかは、このまま男に身を委ねていたら、どんな刺激が訪れるのだろうと、猛烈な期待に胸がはち切れそうだった。頭が不安と恐怖でいっぱいなのに、その状態が気持ちよくてたまらなかった。


 何もかも奪われてしまうかもしれないという不安。今の自分は圧倒的に獲物だった。肉食動物に捕まった草食動物。蜘蛛の巣にかかった蝶だ。どうしようもできない力の差で抑え込まれ、相手のいいようにされるしかない貧弱で哀れな弱者。


 喰われることへの恐怖と暴力的な快感に、ほのかの胸はドキドキと高鳴ってきた。


 「ああっ! ひゃああっ!!??」


 激しく腰を打ちつけられ世界が揺れる。王仁の太い肉棒がほのかの中で好き勝手に暴れ回り、早く欲を吐き出さんとする。もはやセックスではなく、女の体を用いたマスターベーションに近かった。


 肉壁を叩くように容赦なく打ちつけられる。ほのかは圧迫感に喘いでいた。


 大きすぎる。苦しい。


 しかし、最初の頃は苦悶に満ちたうめき声しか出せていなかったのに、いつしか体が慣れてきたのか、喘ぎ声に甘さが混じるようになってきた。混じる程度の甘ったるさはすぐに割合を増やしていき、挿入されて3分も経つ頃には、はっきりとした嬌声になっていた。


 「あっ、ああっ! んんんー!」

 「うるせえんだよ、さっきから!」


 王仁の片手が口を塞ぎ、ほのかはくぐもった声しか出せなくなる。さらに息苦しくなり目の前が真っ白に見えてくる。


 ほのかはそんな状態にも快楽を見出していた。下半身がビシャビシャになっているのがわかる。激しい動きによって奏でられる水音に、羞恥心と快感が高まっていく。


 兼は床に這いつくばりながら、彼女の見たこともない淫らな姿から目が離せなかった。


 なぜ泣き叫んでいない。無理やり犯されているのに、なぜそんなに善がっている。


 俺としている時は、一度だってあんな状態になったことないじゃないか。


 ほのかは嫌がっているはずだ。今すぐに俺に助けてもらいたいと願っているはずだ。俺以外のものなんて挿れたくないと拒んでいるはずなんだ。


 そう信じるには、彼女の声はあまりに甘ったるく、体はあまりに喜びを表していた。


 もはやほのかは、自ら腰を振って快楽を貪っていた。その目は見えないが、きっと肉欲を満たすことしか考えておらず、俺のことなど眼中にない。


 目の前で、何度も目にしたほのかの肉体がみだりがましく蠢いている。乳房が、腰が、足が、ガクガクと揺れている。


 二人の肉がぶつかる音と、いやらしい水音、荒い息遣いが嫌でも耳に入る。5年間付き合ってきた彼女が他の男に貪られている。しかも彼女の方はそれを悦んでいる——。


 兼は涙を流しながら、それでも勃起していた。


 必死にそのことを認識しないようにしても、目の前の光景にどんどん下半身に熱が集まっていく。いよいよ痛いと感じるまでになっていき、我慢が限界を迎えた。


 兼は痛む体にも構わず身を起こすと、その場にあぐらをかく。そして、すっかり硬くなったそれを取り出すと、しごき出した。


 溢れる涙で視界が悪くなりつつも、兼は二人から決して目を逸らさずに己の男性器を握りしめていた。手淫の速度が速くなっていき、それに比例して鼻息も荒くなっていく。口の中に大量の涙と鼻水が入り込むのも構わず、兼は射精を目指して手淫に耽る。


 「はっ、マジかよ。お前の彼氏、オナり出したぞ。他の男に犯されてるお前をオカズにして」


 軽蔑を通り越して愉快そうな声色で、王仁は言う。

 しかし、言葉はもうほのかの耳には入ってこなかった。


 王仁の激しい律動が止まり、ずるんっ! と男性器が引き抜かれた。


 王仁は、ほのかの腹に白濁を吐き出した。


 あつい……。中に出してほしかったな……。


 息も絶え絶えのほのかは、そんなことを思ってしまっている自分に驚いた。


 私は異常性癖者だったのか。


 「おい、見てやれよ」


 顔を覆っていたシャツが元に戻され、良好になったほのかの視界に兼の姿が映り込む。


 「あっ! ううっ……!」


 そう喘ぐと、兼は射精した。

 ほのかはそれを目に焼き付けていた。


 兼は出した後、しばらく目を閉じて荒い呼吸を整えていたが、やがて開いた目がほのかの視線とかち合った。


 興奮に紅潮した頬が、一気に色を失っていく。


 「ほ、ほのか……ごめ……」

 「…………」


 ほのかは何も言わず、ただ責めるような軽蔑するような目で兼を見つめるだけだった。


 その間に王仁は、さっさと綾子のもとへ向かっていた。


 「……最低」


 そう吐き捨てると、ほのかは乱れた着衣を整える。


 兼はこの世の終わりのような表情になった。

 萎びた性器を丸出しにしたまま、土下座する。


 「ごめっ、ごめんなさい! 許してくれ、ほのか……俺を殴ってくれ! 蹴ってくれ! 半殺しにしていいから——だから許してくれ! また俺と——」


 だが、兼が頭を下げている間にほのかはいなくなっていた。


 兼の後悔と自己嫌悪による泣き声だけが、情けなく車両内に響いていた。

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