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第7章 ウル旅館

「よし! これで包帯完了だ。」


最後の包帯をぎゅっと締めて結び、僕は慎重に立ち上がり、ぐるぐる巻きの四肢を動かしてみた。


「どう? 包帯、きつすぎない?」可愛らしい声が響き、僕の視線は思わず、傷をじっと見ながら少し前屈みになった少女に戻った。


「いや、大丈夫。ほんと、ありがとう。」


「困ってる人がいたら助け合うのが当たり前でしょ~」


「……そうだな。」


約二十分前、襲撃が始まった。


大量の異獣いじゅうがベリナの四つの城門を襲い、三十頭近い狼の群れが市街中心に侵入し、市民を虐殺、避難ルートを麻痺させた。


その中で避難所となったのが、このウル旅館だ。


短時間で、百人近い負傷者や怯える南区の市民が押し寄せた。


彼らのほとんどは街を徘徊する四尾鳴狼しびめいろうに襲われ、全員が大小の傷を負っていた。放っておけば失血死する者もいただろう。


狭い酒場スペースでは、この膨大な人数と医療需要を収容しきれなかった。


だからこそ、ウル旅館は今、こんな光景になっている。


「四番テーブル、包帯一セットお願い!」


「二番空いた! まだ包帯が必要な負傷者はいる?」


「こちらに重傷者がいる! ベッドを空けて、急いで!」


騒がしい叫び声が狭い旅館内に響き、医者やメイドたちがテーブル間を駆け回り、負傷者の血で染まった。


酒場のほとんどのテーブルと椅子は簡易救護所に変えられ、包帯や薬剤が揃えられ、二階から四階の部屋は重傷者収容に使われた。


今も、旅館の外から時折一、二人と負傷者が運び込まれ、治療後、上の階で休息するか、僕のような少数派は残って手伝う。


「ノア! 水のバケツ持ってきてくれる?」少女――レンの声が響き、僕を現実に引き戻した。


彼女は明るいピンクの髪と瞳を持ち、僕より頭一つ分低い、華奢な体型だ。


それでも、レンはメイド服の袖をまくり上げ、血や汗で汚れた手を気にせず、旅館内で休まず傷の手当てをしていた。


「了解!」


僕は雑然とした旅館内を走り回り、散らばるテーブルや椅子を避け、治療する人たちのために技術の要らない雑務をこなした。


傷口洗浄の水を運んだり、応急処置を終えた負傷者を客室に案内したり。


そんなふうに三十分近く動き回り、橙色の夕陽が大地を照らす頃、襲撃が終わり、避難民がウル旅館を去るまで、ようやく一息つけた。


「ふぅ……」僕は大きく息を吐き、旅館のバーカウンターに腰掛けた。


「ノアだろ? お疲れ。」背後のキッチンから、店主の夫クイントンが熱々のスープを差し出した。同時に、店にいる二人のメイド、レンとジャナも一緒に座ってきた。


一日中溜まった疲れを感じながら、背をカウンターに預け、二人と黙ってウル旅館の散らかった様子を眺めた。


今も、血まみれのハンカチや包帯が散乱し、水バケツは真っ赤に染まり、食事用のテーブルは鉄錆の匂いでいっぱいだ。


この状況、完全に片付けるのに数時間はかかるだろうな。


「そういえば、ノア、ほんとすごいよね。」隣のレンがスープを置き、感慨深く微笑んだ。


「いやいや、僕、何もしてないよ……」


認めたくないけど……正直、僕、たいして役に立ってないと思う。


包帯? もちろん巻けるけど、自分用の時だけ。他人の場合、力加減が分からない。


きつく巻きすぎるとダメ? ゆるいと止血できない? 前世で自分の包帯に慣れ、痛みを堪えるのは筋肉の記憶になってるけど、他人相手じゃどうしていいか分からない。


結局、水運びや掃除みたいな雑務しかできなかった。本当の治療はジャナとレンが全部やった。


「そんなことないよ。ノア、一人で全体の後方支援をこなしてたじゃん。君がいなかったら、ここがどうなってたか想像もできないよ。」


「……」


「ほんとそれ~。しかも、こんな重傷なのにさ。」左の灰髪灰目のジャナが足を揺らし、こちらを見た。


「だって、まだ未成年のガキなのに、こんな恐ろしい場面で冷静に手伝えるなんて、ほんと尊敬するよ。」


「そうかな……」スープを置き、頭を下げた。


なんか、今日、ずっと人に助けられてる気がする。右手を握り、力を緩めた。


朝の六角突ろっかくつからさっきの勇者パレードの襲撃まで、半日足らずで二度も死にそうな目に遭った。最後はいつも、誰かに助けられて生き延びた。


この感じ、ほんと嫌いだ。


十四年ぶりに、全身包帯の自分を見ると、やっぱり不安になる。


前世の災難続きの生活がフラッシュバックするみたいで、いつも危険に晒され、息つく暇も、気を緩める瞬間も、安心感もない。


この半日の危険で、心の奥の不安がまたぶり返した。自分が疫病神で、誰も助けられない――


ガタ……震える手を抑えようとした瞬間、旅館のドアがゆっくり開いた。乱れた赤髪に褐色の肌、血に染まった手、疲れた表情の女が歩いてきた。


「「マリン姐さん!」」二人のメイドが喜びの声を上げた。


マリン。ウル旅館の店主で、敏捷な戦士。


襲撃の数時間、彼女一人で街区を守り、広場から来た数頭の四尾鳴狼しびめいろうを素手で倒した。


そして、僕を救った人だ。


「クイントン、スープくれ。」


彼女は迷わず歩み寄り、レンが空けた席に飛び乗り、クイントンが渡したスープをガブガブ飲み始めた。


まるで今気づいたように、スープを置いて僕を見た。


「お、覚えてるぞ。ノア・ベリスク(ノア・ベリスク)だろ? いや、待て、姓を先に言うタイプだったか……? ま、いいや、ノアでいいな。」


話すと、ちょっと野太い声が響いた。マリンは話し好きで、気さくな雰囲気のおかげか、僕の鬱々とした気分も少し晴れた。


「ほんと、助けてくれてありがとう。」


「大したことないって。目の前に困ってる奴がいて、助けられる力があるなら、ついでにやっちゃうだけさ。」


マリンがニヤリと笑い、僕の口角も少し上がった。話を切らさないように、もう一言――


「それと、レンとジャナを旅館でめっちゃ助けてくれて、ありがとな。」


「……え?」その言葉に、僕は準備できてなくて固まった。


「知ってるか? 俺、子供の頃、近くの町の貧民窟で育ったんだ。」


マリンは僕を見ず、散らかった旅館内を見回した。


「環境のせいか、昔から人の顔色を読むのが上手くなった。今、お前……悩んでるだろ?」


「……!」


「実はさ、ドア開ける前に、お前らの話、ちょっと聞こえてたんだ。」マリンがスープを啜り、また口を開いた。


「俺は……お前こそ、みんなを守った奴だと思うぜ。」「は?」


「俺さ、広範囲を一度にカバーできないから、狼の群れの場所に気づいた時には、すでに大勢が怪我してた。でも……俺にはそいつらをケアする力がない。


クイントンも、レンも、ジャナも、三人力を合わせても、こんなうまく状況をさばけなかった。あちこちで手伝ってる奴はいたけど、俺は知ってる――お前がそいつらをつなぐ要だった。


お前のおかげで、数十人の負傷者がこんな早く治療できた。いなかったら、失血死した奴もいただろうぜ。」


「だから――」マリンがスープの碗を掲げ、僕に差し出した。「ほんと、感謝してる。」


僕がレンたちの治療を手伝わなかったのには、もう一つ理由がある。


――目立ちたくなかった。


今も、テイラがくれた血まみれのマントとフードをかぶってるのは、目立つ白髪と赤い瞳を隠すためだ。


それでも、僕と目が合った人は一瞬固まる。


みんなが悪意を持ってる? そうじゃないと思う。でも……本能的な驚き、反射的な反応でも、やっぱり少し傷つく。


「人に見られるのが嫌いなのは分かる。でも、そんなお前が、力を出して立ち上がった。俺は……お前も『勇者』って呼べる存在だと思うぜ。」


「!」


「フード、脱いじゃえよ。少なくともここ、今、俺のそばなら、どんな見た目でも――お前は大丈夫だ。約束する。お前は世界で『唯一無二』の存在だ。」


何度も口を開き、閉じ、結局、感謝の言葉は出てこなかった。


僕は苦笑してスープの碗を掲げ、マリンと軽くぶつけ、一気に飲み干した。


シュッ! スープを飲み終えると同時に、フードを脱いだ。一日隠してた体は汗だくで、堂々と自分を晒すのはめっちゃ気持ちいい。


その瞬間、マリンの口角が抑えきれず上がった。


「……だろ、こんな可愛い顔、隠すなんてもったいないぜ。」彼女の声は明らかに興奮してたけど、僕、気づかなかった。


マリンが立ち上がり、スープの碗を置き、ウル旅館の酒場の惨状を見た。


「さて、片付けるか。」


「あ、僕も手伝――」


「ダメだよ~!」「!」


その瞬間、レンが突然背後に現れ、いつ来たのかも分からなかった。


「ノア、今日めっちゃ疲れたでしょ? 未成年なんだから早く寝なさい、夜更かし禁止!」


レンに半ば押し出されるように階段へ向かい、反応する間もなく地階への階段を過ぎ、二階のいちばん近い部屋に着いた。


次の瞬間、彼女はニコッと笑って僕をベッドに放り、布団をかけて灯りを消し、ドアを閉めた。


気づいた時には、僕の世界は真っ暗だった。


って、え、一分でベッドに放り込まれた? マジか、レン、幼稚園の先生やらなきゃ才能の無駄遣いだろ。


「ふぅ……」柔らかいマットレスの感触に、大きく息を吐き、頭の動きが急に鈍った。


目を閉じると、果てしない睡魔が一気に体を襲った。


ゼロから百へ、たった二拍の心臓の鼓動で眠りに落ちそうだった。


あ……おかしい……こんなに疲れてたっけ?


……いや、いいか。僕は安心して力を抜いた。


今夜はしっかり休もう……マリンがいる限り、ウル旅館は安全だ。一か月ぶりに、安心して眠れる。


少なくとも、僕はそう信じていた。



睡魔が再び押し寄せた。




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