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第1章 転生と旅立ち

 正直に言うと、転生ってそんなに悪くないかもしれない……? 僕はいつもそう思っていた。

 十四年前、僕はアレシ王国の西方辺境、海沿いの小さな村――シャングリラで生まれた。

 断崖絶壁の美しい海岸に築かれたその村は、西は大海、東は王国西側の広大な平原に面している。

 ここはめっちゃ辺鄙で、学校も王国の施設もゼロ。商隊なんて年に一度来るか来ないかで、持ってくるのは売れ残りの物資ばっかだ。

 道は砂利と干し草で適当に舗装され、家なんて木と石でテキトーに組んだだけ。農具以外に金属製品はほとんどない。

 まさに“世界に忘れられた過疎地”って感じなのに、なぜか前世で都会っ子だった僕には全然違和感なかったんだよね。

 まあ……


「今日も僕の代わりに田んぼ行くんだろ? がんばれよ~、熱中症に気をつけなよ!」


「うるさい、ガキ。」


 僕が田んぼに行かなくていいからかな(笑)。

 親父をからかったあと、僕は縁側にどさっと寝っ転がった。夏のそよ風に吹かれながら、木の壁に軽くもたれて、親父がズボンの裾をまくって炎天下の田んぼへ向かうのを見物してた。

 恥ずかしい話、前世も今世も、僕の体って農作業に耐えられるほどタフじゃないんだよね。特に夏の陽射しは過酷で、少し長く外にいれば重度の日焼けで倒れちまう。

 親父が僕の分までほとんどの外仕事を引き受けてくれていなければ、田んぼを耕す前に農場のど真ん中で干からびていただろうな。

 だから、転生後の十四年間、大げさな冒険なんてなかったけど、望んだ通り、それなりに幸せな人生だった――いや、正確には……今日までは、ってな。


「お前、家を追い出されることになった。」


「……は!?」僕は床に跪きながら、呆然と聞き返した。


「言っただろ? 今日からお前は家を出るんだ。」


 親父――ラファエル・ベレスクはソファに胡座をかいて、そんな宣言をぶちかました。

 認めたくはないけど、親父は確かに格好良い。背が高く鍛え上げられた体に黒髪の短髪、翡翠のような緑の瞳に銀縁メガネ。

 でも、性格はマジで最悪だ。


「ちょっと待ってよ、急に何だよ!? 僕が家を追い出されるって!?」


「そうだ。お前の体じゃ田んぼを耕せない……なら、シャングリラにそんな体はいらない。」


「人間を農具扱いする気か!?」


「シャングリラは怠け者を養わない。それにお前は村長の息子なんだ。仕方ないだろ。」


 もうあきらめろよ。さっそく村の外に放り出してやる。」親父はソファから立ち上がり、右手でいきなり僕の首根っこを掴もうとして――


「……なんで避ける?」僕がソファの背後に飛び退くと、親父は手首を軽くひねりながら言った。


「お前、マジで僕を捕まえて放り出そうとしてるだろ!?」


 親父は否定しなかった。


「ふん、いいじゃん。久々に運動ってやつだ。」親父はニヤリと笑い、足首を動かし始めた。


 いや、マジかよ!? 本気か!?


「こっち来い!」


「うわっ――!」


 シュッ! 親父の右手が振り下ろされ、反応する前に一気に距離を詰められた。僕は本能で後ろに跳び、喉元をかすめる掌をギリギリでかわした。

 親父はニヤニヤしながらソファを飛び越え、左手は背中に回したまま、まるで鬼ごっこでも始めるように追いかけてくる!

 元冒険者の親父の動きはまるで衰えておらず、家具を避けながら逃げるだけで僕の体力は限界だった。

 まるで親父の掌の上で遊ばれているみたいに、逃げ切るなんて不可能だ。

 ガタン! 何かにつまずき、バランスを崩して後ろに倒れた。

 親父は容赦なく僕の喉元に手を伸ばし、息子の危機を救う気なんてまるでなし!


「ぐっ――!」首に怪力が走り、喉が締まる。親父の力加減は絶妙で、気管を潰さず、でも咳き込むくらいの圧迫だ。


「ふん、なかなかやるじゃん。こんなに逃げ回れるとはな。」親父は息子を片手で吊り上げながら満足げに言った。


 僕は空中でじたばたもがくけど、親父の怪力にはどうやっても抗えない。


「よし、じゃあさっそく――」


 ガチャ……その瞬間、家の扉が開き、親父はハッと動きを止めた。

 白髪に白い髭の仙人みたいな老人――僕の家庭教師ケイロンが杖をついて入ってきた。僕が親父に首を絞められてじたばたしてるのを見て、疲れたように顔を押さえた。


「……ラファエルよ。」


「……はい。」


「お前の息子だろ?」


「……」親父は珍しく言葉に詰まり、僕をそっと地面に下ろした。


 足が地面についた瞬間、喉を押さえて大きく息を吐いた。

 マジかよ、転生後の最初の危機が自分の親父によるものなんて……。


「悪い、大きくなってから一緒に遊ぶ機会も減ったから、つい熱くなっちまった。」親父は僕の頭を軽く叩いて謝った。


 いや、親父にとってこれが“遊び”なのか……?


「ほんと和やかだな、ラファエル。」ケイロン(ケイロン)は微笑みながら茶を淹れた。


 シャングリラには学校がないから、僕はケイロンの家で勉強してきた。前世みたいな学術的な内容じゃないけど、この世界の知識をたくさん学べた。


「何か文句でも?」親父は少しイラついたように言った。


「いや、別に。」


「ならいいだろ。ほら、ノア、これがお前の荷物。追い出すのに夢中で、用意してたのを渡すの忘れてた。」


 それは確かに、家を追い出されるための荷物だった。

 抵抗する余地もない。マジで追い出しが決まってるんだな……。


「心配すんな。お前の今後の道はだいたい決めてある。」親父はニヤリと笑い、書類を渡してきた。


 それはアレシ王国連合学苑の三大院系の一つ――商学院の入学許可証だった。


「おい、これって……!」僕は呆然と親父を見た。


 連合学苑。北大陸で一番の学園で、魔法学院、騎士学院、商学院が特に有名だ。

 卒業生は各分野のエリートだし、たとえ卒業できなくても、入学するだけで将来の仕事がほぼ保証されるんだ。

 つまり、この入学許可証はシャングリラ全体より価値があるってわけ。


「でも……僕、入学試験なんて受けてないぞ?」


「ふっ、それについてはな……」親父は謎めいた笑みを浮かべた。「コネってやつだ。」


「……」マジか、裏口入学かよ!?


「いいか、商学院に入れるために、かなりの代価を払った。もし結果を残せなかったら――お前、ぶっ殺すぞ。」


 バン! 脅しながら、親父は僕と荷物をまとめて家の外に放り投げた。


 半ば膝をつきながら、ケイロンと親父が家の中から僕を見下ろす。複雑な表情で、笑いつつもどこか申し訳なさそうな目をしていた。


「……ノアよ。」去り際に親父が僕を呼び止めた。


「勇気を持て。人は逆境に立たされてこそ成長し、脅威に晒されてこそ変わる。シャングリラに引きこもってちゃ、何も始まらない。理想を追い、この村を完全に忘れろ。ここはお前の避難所でも、最後の砦でもない。それと、出発前にシャングリラをしっかり見ておけ……本気だからな。」


 僕は二人の視線を受けながら、地図を手にシャングリラの東門へ向かった。

 夏の青空が広がり、そよ風に巻かれた落ち葉が目をくすぐる。顔を手で遮りながら振り返ると、村人たちが東門に集まり、手を振って見送ってくれていた。

 陽光が彼らに降り注ぎ、積雲が日差しを和らげ、僕の立つ草原が一瞬影に覆われた。

 思わず息を止め、村人たちが一人また一人と家に戻るのを見届けた。誰もいなくなるまで見つめ、ようやく東へ歩き出した。

 ――浅黄の月(九月)の開学に間に合わなきゃ。不安を押し殺し、言い聞かせるように呟いた。

 転生後初めて、故郷から数百キロ離れた場所で、一人で生きていくんだ。


「これは……めっちゃ大変かもな……」僕は自嘲気味に顔を擦った。


 シャングリラを遠く置き去りにして、僕は東へ急いだ。


 ***


「結局、あのガキを放したんだな。」


 ノアを見送った後、ケイロンは家に戻り、湯気の立つ茶を淹れながら呟いた。

 隣でラファエルは不満げに茶壺を奪った。


「お前が王都に行けってうるさかったからだろ?」


「仕方ない。あれがあいつにとって最良の道だ。」


「……気づいてるか?」


「多少はな。」


「……俺はさ、あのガキには平凡に生きてほしかったんだ。」ラファエルは俯きながら呟いた。「俺みたいに戦って、いろんなものを失うような道は歩んでほしくない。」


「その言葉、お前が言うか? 放っておいても、あいつがどんな人生を送れると思う? 三年後――」


「黙れ、じじい。今はその話は聞きたくない……」ラファエルはイラついたように鼻を押さえた。


「それにしても、ずいぶん手間をかけたな。」ケイロンが言うと、ラファエルはチラリと見た。


「問題でも?」


「いや、過保護だなってだけだ。」


「過保護? 忘れんなよ、五色会ごしきかいはまだ帝国で暗躍してる。新たな王まで擁立したんだ。あのガキと俺たちの関係がバレたら面倒になるぞ。」


「……それでも、自己紹介で姓を先に名を後ろにしろと言ったのか?」


 この世界では、名が先、姓が後だ。ラファエル・ベレスクのように、ラファエルが名、ベレスクが姓。

 でも……


「心配すんな。俺たちみたいな離散してる奴らは向こうより多い。それがむしろ身分証明になる。」


「……まあ、お前の言う通りだ。」


 気乗りしない様子でケイロンは杖をつき、ベレスク家を後にした。


「復帰の手続きをしっかりやれよ。」振り返らずにケイロンは告げる。


龍脊りゅうせいきり蒼天剣そうてんけんの仲間は揃ってる。聖国、王国、魔国、帝国も動き始めてる。お前には三年しかない。やるべきことをやり遂げろ。」


 ケイロンは一瞬立ち止まり、こう続けた。


「無駄にするな……お前が死ぬ前の最後の時間を。」


 ガチャ! 扉が閉まる音とともに、ラファエルは言葉を失った。

 深いため息をつき、自室に向かうと、薄青色の水晶を取り出し、握りつぶした。

 それは十七年前に掲げられた旗を再び掲げる合図。南北大陸の各地に、その意志を示す旗が立つだろう。

 もう悔いはない。たとえ戦場で死ぬことになっても構わない――世界を覆すこと、けっきょく、それがベレスク家の存在意義だ。

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