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第21章 推理は朝食の後に

「……」


 ダッ! 一抹の鮮紅がルシアの白い頬を滑り、濃い血痕を残した。血の滴が地面に落ち、静寂の訓練場に響きを打った。


「ハァ……ハァ……」


 僕は顔色蒼白で地面に半跪き、荒々しく息をついた。息をするたびに肺が痛み、肋骨がズレてる。それなのに、まるでその恐ろしい痛みを感じてないかのように、ただ信じられない思いでルシアの頬を見つめた。

 そこに、めっちゃ小さな切り傷が少しずつ血を滲ませ、重力に引かれてゆっくり滑り落ちてた。

 彼女は傷痕を撫で、血の赤が一瞬で広がった。目を見開き、僕の有効な攻撃に驚いたみたいだ。


「どうだ?」僕は弱々しくニヤリと笑った。「これで成功ってことでいいか?」


「……ああ、ほんとやってのけたな。」ルシアは笑いながらため息をつき、信じられないことに、今の彼女、過去のどの時よりも嬉しそうだった。


(お前、すでに……誰にも無視できない存在に成長したな。)ルシアは心の中で思った。


 彼女は手を伸ばして僕を地面から引き上げ、僕、足がふらついて倒れそうになったけど、ルシアが先に腰を支えてくれた。

 初秋の朝の冷たい風が身体を撫で、微かに震えた。ルシアの温かい魔力が流れ込み、耐え難い痛みがようやくゆっくり消え始めた。

 陽光が降り注ぎ、微風が吹く。僕、顔を上げて空を見た。

 今日、浅黄の月30日。

 この激しい対練を幕開けに、勇者選定の前日が静かに始まった。


 ***


「ルシア~朝飯できたぞ。」「来た。」


 約1時間後、僕は埃と血にまみれた訓練服を脱ぎ、普段着に着替え、めっちゃ急いで朝食を仕上げた。

 熱々の料理2皿を手にリビングに持ってくと、ルシアがちょうど階段を下りてきた。頭にバスタオルを被り、風呂上がりで身体から湯気が立ち上ってる。

 彼女の服もさっきの普段着じゃなく、シンプルな軍装に純金の月桂樹のピンを付けて、めっちゃフォーマルな感じだった。


「今日、城に行くのか?」僕は不思議そうに聞いた。


 だって、この1週間、ルシア、会議を全部サボ……いや、休暇を取って、僕をしっかり鍛えるために、屋敷の門を一歩も出なかったからな。

 小説じゃないんだから、勇者の仕事は前線で戦うだけの戦争道具じゃない。裏方にいるときは、調査や会議に出なきゃいけないし、重要な王族や主教の宴会にも正装で出席しないと。

 正直、ほぼ年中無休で、死傷リスクがめっちゃ高い恐ろしい仕事だ。

 いや、くそっ、なんで話すほど悲しくなるんだ?今から勇者になるの後悔しても間に合うか?

 まあ、本題に戻ると、こんな長期間休暇を取ったんだから、ルシア、そろそろ城に行って溜まった仕事を片付けなきゃ……


「いや、今日、城には行かねえ。」


 その否定、早すぎだろ。


「逆だ。今日、客が来る。」ルシアの突然の補足に、僕、ちょっと固まった。


 客?ルシアに?

 ここに1ヶ月住んでて知ってるけど、アヴァロン宅邸の訪問者は基本ゼロだ。だって、ルシアの社交はほとんど城で済ませるし、普通、誰も来ないはずだ。

 多くの貴族がアヴァロン宅邸に直接訪ねてきたいってのは事実だけど、ルシア、独りで行動するのに慣れてるから、アレシ王国に引っ越してきた時、誰の訪問も受けないって宣言してた。

 仕事でも、機密資料はほとんど城に集中してるし、会議の参加者が複雑だから、会議室も普通は城でやる。

 公私ともに、ほんと滅多に客が来ない。


「お前も名前、聞いたことあるだろ。アラワク・ドミニ侯爵、俺の補佐官だ。」


「ドミニ……」僕は少し考え、すぐルシアが前に話してた勇者隊を思い出した。


 ルシアの能力を最大限に活かすために作られた特別行動隊。普通の軍隊とは違い、国家機密の権限はめっちゃ高い。

 冒険者ギルドや普通の軍じゃ無理な高難度任務は、勇者隊が直接出なきゃいけない。

 そのチームで書類仕事をやってるのが、アラワク・ドミニ。アレシ王国の数少ない男性侯爵の一人だ。


「会議室、片付けて用意するか?」最後の朝食を飲み込み、ルシアに聞いた。


「いや、食堂の長テーブルで話せばいい。それに……」ルシアは小さく微笑み、玄関を見た。


「話に参加するのは、俺とアラワクだけじゃねえ。」


「……は?」


 ガッ……次の瞬間、重い玄関のドアが開き、背の高い細身の男が入ってきた。ドアを閉めた。

 茶色の短い髪はキリッとしてて、丸いメガネをかけて、黒いコートを着て、重そうな書類バッグを持ってた。30歳にも見えない。


「ルシア様、そして……ノア・ベレスク、お邪魔します。」彼は軽く一礼して挨拶した。


「行くぞ、ノア。」ルシアは僕に食堂に来るよう合図した。「お前も聞け。」


「僕?」


「うん。今回の話は、俺の仕事だけじゃねえ。もっと大事なのは、『勇者選定』の情報だ。」


「!」


 今思えば、勇者選定のこと、ほんと基本しか知らない。このまま半端な知識で選定儀式に行ったら、マジで全部台無しにしちまうかもな。

 僕らは食堂の長テーブルに着き、ルシアが主座、僕とアラワクは左右に分かれて座った。


「2日前、東の国境線で車隊の残骸が見つかった。」アラワクは前置きなしで本題に入った。


「帝国との境界近くの町から直線で約10キロの河谷で、村人が狩り中に、少なくとも第二位階レベルの戦闘痕を見つけた。」


「帝国からか?」ルシアが眉をひそめた。


「多分間違いない。奴ら、帝国の港からずっと進んで、ベリナに向かってたみたいだ。」


「ふむ……車隊の残骸から、そいつらの身元や目的、わかるか?」


「いや……残骸から身元の手がかりは一切見つけられなかった。」


 その言葉に、ルシアは考え込み、アラワクはバッグから現場の写真を取り出した。


「こりゃ……」僕は驚いて眉をひそめた。


 写真はめっちゃ荒れてた。

 大小の馬車の破片が散らばり、剣痕や穴が地面に広がり、青々とした草原が土に覆われ、激しい戦闘痕で近くの川まで流れが変わってた。

 これ……第二位階の破壊力か?


「ご覧の通り、現場は目を覆う惨状だ。『追述ついじゅつ』スキルで当時の状況を探ろうとしたが……なぜか、誰かに妨害された。」


「つまり、異獣や魔獣の襲撃じゃないってことか。」


「その通り。初步推測だと、武装集団がこの襲撃を仕掛けた。更に奇妙なのは……」アラワクは一瞬止まった。「現場の死体と、戦闘後に残るはずの血痕、全部消えてた。」


 ルシアは眉をひそめ、「身元を隠すためか?いや、死体を片付けたなら、なんで残骸ごと全部消さなかった?」


「「「……」」」


 議論がまた止まった。

 くそっ、これ、気楽な小品物語じゃなかったのか?なんで急に推理パートに突入してんだ?

 ……いや、いい。今さら文句言っても無駄だ。まず状況を整理しよう。

 要するに、国境線で変な戦闘痕が見つかったけど、死体と血痕は消えて、襲撃の現場はわざと残されてた。

 なんで?魔法使えば、痕跡なんて簡単に消せる。襲撃者が魔法使えないってことか?

 それとも、死体と血痕を消す専門のスキルがある?いや、スキルなんて多種多様すぎて、ぶっちゃけ当てずっぽうじゃ無理だ。

 じゃあ……


「僕たちを調査に誘うためか?」僕、自分の考えを口に出し、ルシアとアラワクが一瞬驚いて、うなずいた。


「その可能性、考えてなかったわけじゃない。」アラワクが言った。「でも……正直、このやり方の不確定要素が多すぎる。」


 ……確かに。

 まず、誰かがその河谷で残骸を見つけないといけない。

 それに、襲撃者は俺たちがいつその状況を知るか、確定できない。

 地元の町で何日も停滞してから報告するかもしれないし、発見した瞬間にベリナに連絡するかもしれない。そもそも見つからない可能性もある。

 僕、被害妄想がすぎるのかもしれないけど、こんな変なことが今起きて、どう考えても一つにしか繋がらない――


「勇者選定。」ルシアが呟いた。


「そうだな。でも、こんな計画、不確定要素が高すぎる。ぶっちゃけ、こんな餌を投げる可能性は低い。」


「……その発見した村人に問題ないって、確かか?」


「村人だけじゃなく、最初に情報を受けた町の貴族や哨所まで一通り調べた。問題はなかった。」


「マジで厄介だな……」ルシアは鼻を摘まみ、「まあ、この件は一旦置いとこう。罠だろうが何だろうが、調べなきゃいけない。明日、俺、直接そこに行く。」


「了解。」アラワクは資料をバッグにしまった。


「今は勇者選定の話を進めよう。ガイア(ガイア聖国)から来た聖騎士団、ベリナに着いたって聞いたな?」


「その通り。勇者選定儀式は明日朝5時に始まる。ベレスク・ノア、お前、勇者のこと、どこまで知ってる?」


 答える前に、ルシアが教えてくれた知識を思い出した。


 勇者。

 魔王と対立し、人類と魔族の戦いを導く英雄。「女神」と「世界」に認められ、神遺物を授かった存在。

 勇者選定は、その承認を得る方法だ。

 ほとんどの勇者候補は教会の聖騎士で、普段から信仰と善行を積み、敬虔な崇拝で女神の承認を得る。

 僕がなんで女神の承認を得たか……うん、多分、ヴィアスを知ってるからだろ。


「うん、まあ間違ってない。」僕のざっくりした説明を聞いて、アラワクがうなずいた。


「勇者選定儀式が行われる理由は一つだけ。お前みたいな女神に認められた奴が、自分の価値を証明することだ。」


「証明?」


「教会に自分を証明し、民に自分を証明し、天(世界)に自分を証明する――それが勇者選定儀式の根本の意味だ。」


「天……か?」僕は頭を下げて考え込んだ。


 この世界の人々は天を崇拝する。

天賜暦てんしれき」、「天梯てんてい」、「天時堂てんじどう」など、彼らの心の中では「天」は世界そのものだ。勇者になるためには、世界(天)に自分の能力を示さなければならない。

 勇者選定ってそんなもんだ。

 異獣を狩って実力を示し、教会が心からお前を勇者と認め、世界の承認を得る。


「今回の勇者選定をサポートするのは、聖国の第六聖騎士団『プロスタティス』だ。」


「六聖……ああ、最近できた騎士団だろ?」ルシアが呟いた。


「その通り。今回、彼女たちがベレスクを連れて迷途森林めいとしんりんに狩りに行く。今回の勇者選定、ちょっと急だったし、1ヶ月前のあの事件の特殊性を考えると、儀式はそんな難しくないはず。まず間違いなく、命の危険はないだろう。」


「ならいい。」


 いや、お前ら、僕にフラグ立ててないか?


「六聖は今夜ベリナに着く。前夜祭にちょうど間に合う。」


「うん、俺、先に会いに行く。」ルシアはキッチンの時計をチラ見した。「よし、時間もいい感じだ。今回の会議、ここまでな。ノア、昼飯食いたい。」


「……はあ、わかったよ……」一瞬呆けて、僕は素直に立ち上がり、部屋を出た。


 カチャ、ノアがドアを閉めると、アラワクのずっと眉をひそめてた表情がやっと緩んだ。

 しばらく沈黙して、部屋に残ったルシアがようやく口を開いた。


「言えよ、ほかになんかあるか?」


「はい、最近……『理想郷りそうきょう』がまた動き出したって話です。」


 ルシアの顔が一瞬で曇った。


「詳細は?」


「まだ確かな情報は掴めてませんが……今夜、王女殿下が『叢花間そうかかん』であなたと話す予定です。」


「うん、ありがと。」ルシアは小さく微笑んだ。「ついでに、ノアに厳しくしすぎんなよ。まだ成人したばっかだぞ。」


「でも……あいつのあなたへの態度……!」


「いいんだ。俺が許してる。それに、何度も言ってるだろ?俺には気楽に接していいって。」


「そんなわけには!あなたは教会の至高の勇者様、人類のために前線で戦う英雄です!なのに、あの卑しい平民のガキがそんな――」


「アラワク卿、言葉に気をつけろ。」


「!」アラワクは一瞬止まり、「……はい、すみませんでした。」


「……うん、別にノアに好意を持てって言ってるわけじゃねえ。」ルシアは息を吐き、雰囲気を和らげた。


「ただ、あんまり敵意を見せるなよ。あいつ、普段ああ見えて、めっちゃ繊細だ。何考えてんのか、絶対気づいてるぞ。」


「……了解しました。」


「うん、今日はここまで。俺も前夜祭に行くから、その時、リードたち呼んで、一緒に酒でも飲もうぜ。」ルシアは笑顔を見せた。


「……」アラワクは一瞬止まり、「了解。では、失礼します。」


 アラワクは深く礼をして、ドアを閉め、ゆっくりため息をついた。


「また阿ヴァロン様と一緒に……」


 いや。彼は首を振った。

 これは勇者様の「命令」だ。拒否できない――だろ?

 そう思い、彼は振り返らずに屋敷を後にし、勇者隊の他のメンバーにこのプレッシャーたっぷりの知らせを伝えに行った。

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