第20章 最後のスプリント
「もっと速く。」
シュッ!
「もっと速くしろ!」
鋭い刃がルシアの耳元をかすめ、傷つけるにはまだ少し距離が足りなかった。
「限界を超えろ! 俺の心臓を突き刺し、喉を切り裂け!」
バン! 不意打ちで当たるはずの横蹴りを片手で防がれ、ルシアの目に冷たい光が宿り、圧倒的な殺意が一瞬で押し寄せてきた。
「それができなきゃ――お前、死ぬぞ!」
「くそっ!」
ブーン! 「危険感知」が強い唸りを発し、僕は反射的に腰を落としてルシアの嵐のような横蹴りを避け、生々しく吹っ飛ばされる結末を逃れた。
次の瞬間、彼女の手にした木刀が上から振り下ろされ、まるで天が崩れ落ちるような勢いに心臓が震えた。一瞬、いろんな回避方法が頭をよぎったけど、ほとんどの可能性が一刀両断された。
これは……ちょっとヤバいな!
シュッ! 黄砂が舞う空気が激しく裂かれ、ただの木刀が今、聖剣に匹敵する勢いで、まるで天を斬る剣の勢いを携えて僕に襲いかかってきた!
間一髪の瞬間、僕は急いで「操血」を発動。肩と首から血の線が皮膚を突き破って飛び出し、地面に固定されると一気に縮まり、僕をルシアの攻撃範囲から無理やり引きずり出した!
ルシアは眉を上げ、明らかにこの一撃を避けられるとは思ってなかった。
「悪くないな。」彼女はニヤリと笑い、咆哮を上げ、なんとまた加速して僕に突進し、必殺の一撃を放ってきた――
いや、こんなんじゃダメだ!
頭の中で思考が急速に渦巻く。今のリズムはルシアに握られてる。このまま守りに徹してたら、遅かれ早かれ一刀でやられる。
僕から仕掛けるしかない!
歯を食いしばり、一歩前に踏み出し、ルシアの突き刺す木刀を首を傾けてかわした。
ルシアは僕がこのタイミングで反撃するとは思わず、一瞬動きが止まった。その隙を見逃さず、次の瞬間、僕の手にした短くて鋭い匕首が猛烈に突き出し、ルシアの側頸を直撃した!
今度こそ、絶対に当ててやる――
「残念だな。」ルシアは小さく微笑み、「まだ遅い。」「あ……くそっ――」
バン!!! 「危険感知」が発動する前に、ルシアの膝が残像になり、あっという間に攻撃のために無防備になった僕の側腹を直撃!
カカッ! 体内で不気味な音が響き、折れた骨が筋肉と内臓に突き刺さり、衝撃で意識が一瞬途切れ、唾液と一緒に血が口から噴き出した。
ルシアの容赦ない強烈な攻撃で、僕、ちょっと宙に浮いた。手にした匕首は力が抜けて落ち、電光石火の刹那、ただ無力に空中を漂った。
次の瞬間、何が起きたか気づく前に、ルシアの長い脚がすでに高く上がってた。
ああ……普段なら、この完璧な垂直一字馬、絶対に血沸き肉躍るよな。
ゆっくり流れる時間の中で、僕、ちょっと場違いなことを考えてた。
しなやかで均整の取れた太ももが高く上がり、筋骨が柔らかくて壁にぴったりくっつきそう。ルシアの金髪が揺れ、青い瞳が今、ちょっと笑ってる。朝陽に照らされた革靴は、素材に合わない金属の輝きを放ってる。
よく見ると、革靴の踵に、めっちゃ小さな鉄板がくっついてて、加熱して冷やして固められたみたいだ。
昔の僕なら、こんな鉄板何に使うんだって不思議だったろうけど、今なら……まあ、答えは明白だな。
「いや、マジで……」僕は空中で乾いた笑いを漏らし、陽光を遮る長い脚を見上げ、次の結末を予感して、絶望に満ちた。
全部、1秒もかからなかった。
シュッ! ドカン!!!
ルシアの脚が美しい弧を描いて振り下ろされ、容赦なく僕の頭蓋を直撃。
一瞬、世界が暗くなり、激痛が襲い、頭が空中から地面に叩きつけられ、硬い地面に放射状のひびが入った。
血が一気に弾け、周囲数メートルの地面を不気味な赤に染めたけど、ルシアは魔力の保護で汚れ一つなく、ボロボロの僕と強烈な対比をなした。
意識を失ったその瞬間、僕、マジでもう一回転生すると思った。
くそっ。
***
朝の陽光が閉じた瞼に差し込み、鳥のさえずりがかすかに聞こえ、木の葉がざわざわ揺れる。顔に柔らかい感触を感じ、意識が深淵からゆっくり目覚めた。
「う……」
後頭部の激痛はまだ消えず、左の肋骨は全部折れてる感覚。身体に力を入れると、砕けた骨片が内臓を刺し、ひどい痛みで呼吸が苦しい。
「動くな、すぐ終わる。」ルシアが身を屈め、耳元で軽く囁いた。優しい息遣いに、思わずリラックスし、かすかな花の香りがした。
目を開けて後ろをチラ見すると、ルシアが上から見下ろしてて、目を細め、薄い笑みを浮かべてる。
僕……ルシアの太ももの上に寝てるのか?
シルクの感触がこめかみを撫で、彼女はどこからかハンカチを持ってきて、頭の粘っこい血を優しく拭いてた。
視線を下にやると、淡い金色の光が側腹を覆い、身体の痛みが少しずつ消えてく。頭の激痛も、ルシアの軽い撫でで徐々に和らいでた。
身体の状態を静かに感じると、折れた肋骨が少しずつ回復し始めて、「操血」の影響で失った血も補充され始めてた。
「……スキル『超再生』。」この半月と同じように、僕は静かにスキルを発動した。
その瞬間、奇妙な温かい流れが全身を駆け巡り、ルシアの治癒魔法の魔力と一緒に、恐ろしい速さで重い傷を修復した。
超再生。僕の5つの派生スキルの一つで、めっちゃ強い自己治癒力がある。訓練の後、いつもこのスキルを発動。こうすれば傷を治すだけでなく、繰り返し使ってスキルを鍛えられる。
「うん、いいぞ。ほんと上達したな。」ルシアはニヤリと笑った。多分、超再生の今の治癒速度のことだろ。
起き上がろうとしたけど、ルシアが肩に手を置いて押さえつけ、僕、仕方なく彼女の太ももに寝続けた。頬のこのちょっと恥ずかしい柔らかさを必死に無視した。
くそっ、マジでこんな姿勢で治療する必要あるか? 今さら優しくしたって遅いぞ?
「最後の瞬間、『操血』で防御しただろ?」
「あ……」ああ、それか。
確かに、ルシアにやられる直前、操血で頭の上に小さなバリアを瞬間的に作って、衝撃を最大限減らした。
そうじゃなかったら、今頃、ほんとヴィアス(ヴィアス)と3回目の対面してたかもな。
「まあ、この数ヶ月の訓練、ムダじゃなかったってことだな。お前の今の天梯ランキング(てんていランキング)、見せてみろ。」
「は、はい……」僕は左手の甲を上げ、呟いた。「天梯顕現。」
言葉が落ちると、鮮紅の微光が手背から流れ出し、ねじれた細い線がいくつも集まった。
第三位階・8214位。
これが今の僕のこの世界での位置だ。
天梯ランキング。成人礼の後、ヴィアスの像の前で、彼女が持つ水晶球に触れた。
最初、ただの魔法陣が刻まれた道具だと思ってた。でも、ルシアが説明してくれて、初めてそれがただの道具じゃなくて、もっと特別な存在――神遺物だとわかった。
神遺物、その名の通り「神」が遺したもので、めっちゃ強くて特殊な力を持つ。
現存する数十の神遺物の中で、この「オウラニア・スカラ(Ουράνια Σκάλα)」は天梯ランキングを測る専用の神遺物だ。
天に登り、階段を上る。人類全員を網羅する超巨大なランキング、それが「天梯ランキング」だ。
「勇者って、象徴的な存在の部分が大きいけど、実力も大事な要素だ。勇者になるなら……そうだな、少なくとも第二位階500位以内が無難かな?」
「第二位階か……それ、めっちゃ……」
「仕方ない。過去、勇者になるには、少なくとも下級魔獣を一人で倒せる実力が必要だ。強度で言うと、ちょうど第二位階くらいだ。」
「……」
天梯ランキングは10の位階に分かれ、それぞれに多くの順位がある。
第一位階は100名、第二位階は1000名、第三位階は1万名。
僕の場合、少なくとも6000人以上の強者を抜いて、第三位階1位になって「昇格」し、第二位階の誰かを蹴落とさないといけない。
でも……そんな簡単じゃない。
順位が上になるほど実力差が大きいって事実を無視しても。
天梯ランキングの測定は世界の本質に関わる。今も、オウラニア・スカラが何を基準に順位を決めてるか、僕らにはわからない。
潜在能力を見てるかもしれないし、別の要素かもしれない。数百年来、天梯に関するいろんな推測で確かなのは一つだけ――天梯ランキングは、必ずしも本当の実力を表してるわけじゃない。
僕を例に取ると、第三位階? いや、今、傷一つない健康な状態なら、第四位階にも勝てないかもしれない。
この実力と順位が一致しない現象、俗に言う――ランキング高估。
「いや……」ルシアの眉が少し寄った。「実は『高估』とは言えないかも……」
彼女は何か言いたそうで、でも結局一言も出なかった。
でも、耳で聞かなくても、彼女が何を言いたいか、だいたいわかる。だって……自分の実力、一番わかってるのは自分だ。
そう、僕がランキング高估ってより、めっちゃ稀な特例だ。
10%、20%、30%。少しずつ傷つくと、少しずつ強くなる。最後には、第二位階、第一位階のトップを越える実力になる。
でも……代償は?
80%の傷? 90%? いつか、99%、いや、100%のダメージを受けなきゃいけない日が来るのか。生きる希望を全部捨てて、敵と相打ちするのか。
雑魚相手でも、致命傷になるかもしれない?
わからない。
でも、わかるのは、今の僕、まだ弱すぎるってことだ。
「う……」僕は呻き、ルシアの忘れられない(?)膝枕から抜け出して座り直した。
うん……内傷はほとんど治った。砕けた骨片は「操血」で血を操って取り除き、今、身体に大した問題はない。
まだちょっと痛いけど、まあ、いいか。
「休むか?」僕が身体を確かめるのを見て、ルシアが笑って聞いた。
「やめとく。」僕はため息をついた。「このまま休んでたら、1週間後に棺桶で休むことになるよ。」
「……まあ、あり得なくもないな。」
いや、こういう時、否定しろよ?
「行くぞ、次は魔法の練習だ。」
「あ……この前教えた高級魔法だろ、術式の完成度、もう半分まで行ってるよ。」
「うん、もっと頑張れよ。」
僕とルシアは軽く拳を合わせ、屋敷の裏の訓練場に戻り、まるで終わらない訓練を再開した。
浅黄の月最後の1週間、果てしない実戦訓練だ。
格闘技、魔法、スキル。過去3週間のすべての技が全部活きた。僕の唯一の目標は、ルシアを傷つけること。
でも……正直、六角突の方がルシアよりマシかもしれない。
どんなに重い傷を負っても、ルシアの毛一本すら触れられない、傷つけるなんて論外だ。
この絶望的な現実に、僕、内心何度も焦った。でも……そう、僕、まだ成長できる。
今の僕、六角突に何キロも追われない。ベリナで四尾鳴狼から逃げ回ったり、マリンみたいな人さらいに捕まることもない。
訓練を続ければ、絶対もっと強くなる。
時間、ほんとあっという間だ。
1日、2日、4日。
気づけば、短い休日は遠ざかり、平黄の月がすぐそこだ。
浅黄の月の最後の日――
「スキル『操血』――!」「!」
血光が閃き、微風が吹く。ルシア、この1ヶ月で初めて血を流した。