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第18章 休日

 いったいいつからだろう? 彼の姿に、もう二度と触れられないあの影を見始めたのは。


 異端審判の前、あの短い会話からだったか? それとも、哨所で彼が慣れた手つきでお茶を淹れる背中に完全にやられたのか?


 いや、初めて会った瞬間から、私は気づいていた。


 ああ、焰紅の火光が空を照らし、六角突が烈焰の直撃を受けて狼狽しながら逃げ惑う時、私がその宝石のような赤い瞳と見つめ合った時――二人の姿が重なった。


 二人はなんて似ているんだ。


 天真爛漫で、可愛くて、ちょっと脆い。最初、私は自分の目を信じられなかった。


 世の中にこんな偶然があるのか? 体格も性格も、さらにお茶を飲む時の好みまで同じだ。どれだけこれが幻覚だと自分に言い聞かせても、抑えきれなかった。


 私は彼を、守るべき存在として見始めた。


 でも、私はまた失敗した。


 ウル旅館で、あの子が味わった地獄を見た時、私の頭は真っ白になった。


 その光景、なんて似ていたんだ。


 飛び散る血痕が地窖の壁に広がり、森の青々と茂る緑と不釣り合いな対比をなす。土の匂いと骨の砕ける音が混じり、猩紅の肉塊が石レンガの隙間ごとに散らばり、落ち葉と一体化する。


 湿った地窖と血の匂いの森、濡れた眼窩と壊れた心。


 現実と幻影が重なる瞬間、私は本当に崩れそうだった。


 彼を守れなかった。50年前も今も、決意したのに、結局できなかった。


 異端審判でも同じだ。もしアヴァロンが間に合って助けてくれなかったら、もっと狂った過ちを犯していたかもしれない。


 わかってる。これは全部、私の自己満足にすぎないって。


 彼を救う義務なんてないし、知り合って一日も経たない人に全力を尽くす必要もない。私たちはただ偶然交差した二本の平行線で、彼がたまたま私の人生に入ってきただけだ。


 でも、忘れられない。この感情を無視できない。


 どんな角度から見ても、私はこんなにも自分勝手で最低な人間だ。それなのに、恥知らずにもここに来て、彼の優しさで心の穴を埋めようとしてる。


 本当にどうしたらいいかわからない。彼とどう接すればいいか、心の欲望とどう向き合えばいいか、疼く心の傷をどう直視すればいいか、わからない。


 でも――もう一度彼に会いたい。


 もう一度彼の顔を見て、笑いながら話したい。その時が来れば、きっと自然とわかるはずだ。


 彼の「姉貴」を演じ続けて、この滑稽で笑える茶番を続けるべきか。それとも、彼の人生から永遠に消えて、一瞬の思い出になるべきか?


 そう、もう一度彼に会えば、すべてがはっきりする。


 その瞬間、盲目的な安心感が理性を凌駕した。それが私をここに、アヴァロン宅邸、つまり「敵」の本拠地のど真ん中に導いた。


 理性は徐々に貪り食われ、身体もついに私の命令を聞かなくなった。


 ああ、依存が執着に変わる時――


 私はアヴァロン宅邸のドアベルを鳴らした。


 ***


「……休日?」


「その通り。」


 浅黄せんおうつき22日。


 その朝、僕、ノアはエプロンを着て台所で呆然と立ち尽くした。


「今日、俺、『勇者小隊』を連れて北の迷途森林めいとしんりんに行って、異獣群の失踪現象を調査しなきゃいけない。だから、今日の訓練は全部ストップだ。もちろん、自主トレしてもいいけど、ちょっと休むのも悪くない。だって、最近のお前、ちょっと張り詰めすぎてるからな。」


「あ……」


 迷途森林。


 アレシ王国最北端の広大な森。奥に行くほど地形が複雑で、林木は茂り、異獣も多い。伝説では、迷途森林の中心にはさらに強力な「魔物」が棲み、どれも国家級の戦力になる。


 こんな恐ろしい危険因子があるから、アレシ王国は迷途森林の動向を常に監視してる。


 しかも、迷途森林とベリナの最短距離はわずか十数キロ。このため、迷途森林は重点警戒地になってる。


 王国の国土の安全を守るため、迷途森林に何か異変があれば、必ず最優先で調査される。


 特に異獣の動向に関する問題は突然かつ緊急で、勇者が直接出ないと、王国も安心できないだろう。


「まあ、要するに、今日が最後の休めるチャンスだと思ってくれ。明日からは、マジで空白の時間はなくなるぞ。」


 結局、ルシアが朝食を食べて屋敷を出るまで、僕、何が起きたかまだピンと来なかった。


 休日……? こんなタイミングで?


 もしかして、訓練されすぎて脳が壊れたのかな。今、急に丸一日の自由時間ができて、何をしていいかわからない。


 確かに、過去3週間はキツかったし、これからの1週間はもっと忙しくなる。今日の自由時間は、もう二度と味わえないものになるだろう。


 でも、今の僕、なんのアイデアも浮かばない。どこに行くか、何をするかも方向性がなく、ただ茫然と台所のシンクの前に立って、朝食の皿を洗ってた。


「……とりあえず、まず手紙でも書くか……」


 しばらく考えて、結局、書斎に行って、シャングリラ(シャングリラ)に手紙を書くことにした。


 旅の時間を考えたら、シャングリラを出てからもう2ヶ月。哨所でのあの悲劇的な会話以外、家族と一言も話す機会がなかった。


 お母さんはどうしてるかな。ほかの姉貴や叔母さんたちは元気かな。あのじいさんたちはまだ健康かな? ケイロン先生や親父はたぶん快適に暮らしてるだろうけど。


 ペンを取り、インクをつけ、最初は書くことないと思ってたのに、空白の紙が一瞬で乱雑な文字で埋まり、あっという間に白い部分が消えた。代わりに、紙の繊維に染み込むインクと、知らずに湧き上がるいろんな感情。


 実は手紙に大したこと書いてない。


 人さらいに誘拐された? まあ、ほとんど忘れたから、わざわざ思い出す必要もない。


 ひょんなことから勇者と同居? 正直、書いても誰も信じないだろう。寝て夢でも見てろって言われるだけだ。


 ベリナに来てから、僕の人生の軌跡、普通の人間じゃ経験できないものだ。追っかけ、誘拐、毒打、なんでも揃ってる。今も冒険は終わってない。今日を過ぎたら、またあの地獄のような訓練に突入だ。


 でも、僕にどうしろって?


 本当のことを書いたら心配させるだけだし、そもそも木が舟になったって、言っても何も変わらない。


 だから、旅の経過を簡単に書いただけ。六角突の追っかけすら触れなかった。


 もちろん、勇者選定に参加するって事実を遠回しに書こうかとも考えた。


 死亡率は高くないけど……それでも「死亡」だ。誰だってそのわずかな確率を賭けたくないだろう。


 一歩間違えたら、僕の人生伝記、この章で本当に終わるかもしれない。


 先に心の準備をさせるべきか? それとも、できる限り隠して、影に埋もれさせるべきか?


 一瞬だけ迷った。


 僕は後者を選んだ。


 だって、僕、死なないから。


 ――そう、僕、死なない。


 勇者選定なんて、ただの小さな冒険だ。前世でいろんな災難を乗り越えた僕が、第二の人生をこんなところで失うわけない、だろ?


 だから、生きて帰ったら、みんなにサプライズをやろう。


「ちゃんと生きて、第二の人生に恥じないようにする。」その瞬間、僕、心の中で誓い、ようやくこの貴重な休日のことを考え始めた。


「ふう! よし。」手紙を封して、ようやく椅子から立ち上がり、伸びをした。「仕事始めるか。」


 机を整理し、部屋を片付け、家を掃除する。


 手紙を出す方法を考えながら、家事を続けた。簡単な動作のはずなのに、総重量40キロの砂袋を背負うと、やっぱり時間と体力がいる。


 あっという間に昼頃になった。リビングがピカピカになったのを確認して、額の汗を拭った。


 とりあえず……昼飯でも食うか。


 何を作るか決め、冷蔵庫のドアを開けた瞬間、突然、アヴァロン宅邸に響き渡るベルの音が僕の動きを止めた。


 その瞬間、ドアベルが鳴った。


「……訪問者?」


 リビングのガラス窓から外を見ると、橙色のボサボサ髪が風に揺れ、門の前で綺麗な軌跡を描いてた。


 いや、マジか、これは……


「テラ!」


 僕、急いでドアを開けた。ドアが完全に開く前に、テラがもう押し入ってきて、腕をゴシゴシ擦ってた。


「や~助かった! 外、ちょっと寒いんだから。」テラが無垢に鼻をすすり、僕、ため息をついて、テラをリビングに連れて行き、台所で彼女に熱いお茶を淹れた。


「久しぶり、ノア~。本当は選定儀式が終わってから会おうと思ってたんだけど、我慢できなくて来ちゃった!」


 いや、南門からここまで走ってくるの、衝動だけでできることじゃないだろ?


「まあ、会えて嬉しいよ。」僕、苦笑して、淹れたてのハーブティーを渡した。「調味料はタイムだろ?」


「覚えててくれた……?」「ああ、テラの好きな味だろ?」


「……うん。」テラ、ちょっと恥ずかしそうに視線を逸らした。


「そういえば、昼飯食った?」腹がちょっと空いてきて、テラに聞いた。


「まだだよ? どうした?」


「じゃあ……一緒に食う?」


「いいの!?」テラの目が一瞬でキラキラした。って、彼女、食いしん坊属性でも持ってるの?


 テラと外に食べに行くつもりだったけど……せっかくの機会だし、テラに腕を見せてやろうか。


 テラに許可をもらって台所に行き、冷蔵庫を開け、今日使う食材を選び始めた――って、待て、僕、なんでこんなことやってるんだ?


「テラ、好きな味とかある?」いきなり振り返ってテラに聞いた。だって、家事の小妖精としては、まず客の好みを押さえないとな!


「……え?」僕がこんな質問すると思わなかったみたいで、テラが一瞬固まった。


「大丈夫、どんな味でもいけるよ。てか、テラ、アレシ人じゃないんだろ? だったら、故郷の味でも作ってみる?」


「で、でも……」珍しく、テラがためらう表情を見せた。


「心配すんな。南北大陸の食文化、だいたい把握してる自信あるよ?」僕、テラに軽く微笑み、彼女、それを見て少し決心がついたみたいだった。


「……南……」


「ん?」


「南大陸、天峰てんほうとアイウォス沙海さかいの境目。えっと、なんて言うか、小さな町?」彼女、ちょっと気まずそうに冷や汗を流した。


「ふむ……」その言葉を聞いて、僕もちょっと考え込んだ。


 子供の頃、白化症のせいであまり外に出ず、ほとんどの時間を家で過ごした。その間、お母さんとお父さんがいろんなことを教えてくれた。その一つが料理だ。


 南北大陸の味や食材、だいたい知ってる。実際の調理にはまだちょっと距離があるけど、味付けだけなら問題ない。


 天峰と沙漠の境目か……確かに、地理的に見るとめっちゃ辺鄙で、ほぼ人類の活動範囲の最南端だ。


 でも……偶然かもしれないけど、親父、確かに似たような味を教えてくれた。


 いや、僕、その味の料理で育ったって言うべきか。だって、シャングリラに、その味が大好きな姉貴がいたんだ。今思えば、彼女たち、同じ場所出身かもしれない。


 だったら……僕、ニヤッと笑った。いける!


 アイデアが固まると、ためらわず食材を準備した。


「あと40分くらい我慢してくれ。」僕、ニヤリと笑った。


「今、うまいもん作ってやるから、その間に餓死すんなよ?」

『今、うまいもん作ってやるから、姉貴、餓死すんなよ?』


「!」


 その瞬間、現実と幻影が重なり、忘れようとした記憶が一瞬でテラの脳を埋め尽くした。


 彼女の瞳が急に大きくなり、顔が真っ白になった。でも、僕、食材に集中してて、気づかなかった。


 カチン! 包丁が落ち、台所に鮮烈な香りが漂い始めた。

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