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第15章 最良の選択

「行こうぜ。」


 その後、僕とルシアは天時堂てんじどうを後にした。彼女は去る前に、僕のスキルに関する資料をわざわざ手に取ったみたいだったけど、何が書いてあるのかはっきり見えなかった。ただ、ルシアがその資料を読んだ後、いつもと違って妙に奇妙な表情を浮かべていた。


 ……いや、ちょっと言わせてくれ。本人の目の前でそんな顔するのやめてくれよ! まるで健康診断で不治の病が見つかったみたいな顔だろ、めっちゃ緊張するんだから!


 道中、ルシアはずっと眉を軽く寄せていて、何かを考え込んでいるようだった。いつもと違って異常に無口だった。


 僕にはこのちょっと気まずい雰囲気を保つしかなく、ルシアに導かれるままゆっくり歩いていた。ただ、さっきと比べると、明らかにペースが落ちていた。


「……ノア。」


 沈黙が10分近く続いた後、ルシアがふと口を開き、足を止めた。


 その瞬間、ルシアがゆっくり振り返った。いつも余裕たっぷりで、ちょっと笑みを浮かべている彼女の顔に、なんとためらいの色が浮かんでいた。


「俺は、やっぱり……お前にちゃんと話しておくべきだと思ったんだ。勇者のことについて。」


 彼女の話し方は異常にゆっくりで、言葉を選んでいるようだった。まるで自分に一呼吸置く時間を与えているかのように。


「そんな急に?」僕は軽く笑って、この妙な雰囲気を和らげようとした。「さっき、考える時間をもう少しくれるって言わなかった?」


「いや。」ルシアは珍しく視線を逸らした。「考え直したんだ。このことは……お前にとって何の得にもならない。」


「……え?」


「お前、俺がなんでお前を勇者にしたいと思ったか、知ってるか?」ルシアが突然尋ねてきた。


「聖剣とか女神の依頼のせい? それとも、お前を審判から救うため?」彼女は自嘲するように笑った。「違う――俺がそんな高尚な理由で動くわけないだろ。」


「最初から最後まで、俺はずっと自分のために動いてきた。でも、今になって、俺は自分の選択が間違っていたんじゃないかって、疑い始めちまった。最初からお前をこの勇者選定に巻き込むべきじゃなかったんじゃないかって。」


「!」


「お前と過ごした後、俺はやっとわかった。なんでテラ・アン瑪莉(テラ・アン瑪莉)が、お前とそんなに親しくもないのに医療院で三日三晩も看病してくれたのか。なんでヴィアス女神が俺にお前を救えって望んだのか。でも……勇者になるってことは、人生がこれから楽になるって意味じゃ絶対にない。」


 勇者は人類を導き、戦場の最前線で戦わなきゃならない。


「お前は優しい。」


 勇者はすべての悪に独り立ち向かう。


「可愛いところもある。」


 勇者は醜い戦場に立ち、血に浴して戦わなきゃならない。


「勇者はさ、俺にとって悪くない存在意義だよ。」


 でも、これは絶対に僕に最適な道じゃない。


 勇者とは何か? 勇者は勇気ある者だ。信念と勢いだけで己を鬼門関の前に置き、ひたすら戦い続ける悲しい存在だ。


 戦いのたびに、勇者は自分の命を賭けて戦う。もし敵を倒せなかったら、敵が先に自分を葬る。


 だからこそ、ベレスク・ノアは絶対に勇者にふさわしくない。少なくとも、ルシアはそう思ってる。


「俺はお前が俺と同じように、冷たい剣を振るって、敵の血に浴して、命を落とすまで戦うなんて望んでない。」


 ルシアが勇者になってから、11年が経った。


 他の人には、11年はそう長くないかもしれない。でも、彼女――勇者アヴァロン(ルシア・アヴァロン)にとっては、子どもの頃よりも何倍も長く感じる。


 すべての戦場、すべての絶望。星塵剣せいじんけんは彼女の銀河を振りかざし、ただより多くの兵士の未来を守り、人魔戦争に一筋の希望を見せるためだけに。


 でも、勇者の足元に広がる血まみれの影を、誰が本当に見抜いたことがある?


「お前はここに残って、白の居城きょじょうでいい仕事を見つけることもできる。俺の助けで、行きたい場所にだって行ける。」


 成人の儀を終え、僕のスキルセットを見た後、ルシアはためらった。


 あれは優秀なスキルセットとは到底言えない――いや、確かに「優秀」ではある。


 すべての面をカバーしていて、危険を感知できるだけでなく、強力な自己治癒手段も備えてる。他の人のスキルと比べ、僕のスキルはすべて上位版で、最高の機能を備えてる。


 でも、戦闘はどうだ?


 勇者は戦わなきゃならない。この身を盾にしてすべての光明を守り、勇気を剣にしてすべての悪を斬り尽くさなきゃならない。


 でも、もし僕が戦うことを望み、いつかルシアと肩を並べて戦うなら、僕はいったいどれだけの苦痛を背負うことになる?


 狂戦士――それが僕がなるべき役割だ。


 毎日、毎戦闘、僕の体は無数の傷で覆われ、白い肌は泥に汚れ、純粋な瞳は罪悪感に染まる。


 勝利を得る前に、僕はまず自分をボロボロにし、最後に「治癒」して、すべての傷がなかったかのように振る舞う。


 ああ……「怪我」と「苦痛」で力を得る固有スキルなんて、いいスキルと言えるか?


 ルシアは、この成人を迎えたばかりの少年が、一生こんな苦痛を背負うなんて望まなかった。


 友情でも愛情でもなく、ただ名前のない心の痛みだった。


 たとえ自分の目的が達成できなくても。たとえノアが去った後、俺がまた……


 ルシアはゆっくりと深呼吸した。


「だから、俺たち一緒にどっか行かねえ?」


 ルシアは少し笑みを浮かべ、さっきの陰鬱な表情が一気に和らいで、まるで輝くように見えた。


「勇者のことは放っておいて、これからお前が――」


「でも、僕、断るよ。」


「……え?」


 こんなルシアを見て、僕は心の中でゆっくり息を吐き、同時に決意を固めた。


 そうだ、いつかこの決断を後悔する日が来るかもしれない。


 森の中で異獣に囲まれて死ぬときかもしれないし、戦場で敵と最後まで戦って、心臓を貫かれ、首を斬り落とされるときかもしれない。


 でも、この一上午の騒動を経て、長いとも短いとも言えるこの時間を共に過ごした後、僕にはわかった。


 もし今ここを去ったら、僕が本当の後悔を感じるよ。


 正直、今でもこの数日の衝撃と信じられない気分から立ち直れてない。


 普通、転生者の人生ってコメディやドラゴン傲天でできてるんじゃないの?


 そんな脚本じゃなくても、せめてのんびりした小品物語くらいはくれるべきだろ?


 旅の途中で異獣に追われ、王都に着いた初日に4人を殺し、勇者と戦い、数日後には地下監獄に20年閉じ込められそうになった。くそくらえ、小説でもこんな展開書かねえよ!


 でも……まあ、事が起こってしまったんだ。


 ただ、ルシアがいなかったら、僕、きっともう僕じゃなかった。暴走してその場で処刑されたかもしれないし、もっと人を殺して一生悔やむことになったかもしれない。あるいは地下牢に閉じ込められて日の目を見ない惨めな生活を送る羽目になったかもしれない。


 すべては彼女のおかげで、僕が今ここにいる。


 だから、僕は去らない。


「僕、勇者になるよ。」


 このめっちゃ面白い人生の脚本に沿って、今この瞬間、最高の選択をするんだ。


「それに、勇者の給料って結構いいよね?」


 ルシアは僕の質問にバカにされたみたいで、でも真面目に答えてきた。「年収で100万金貨近くはあるかな。」


 ほら見ろ? 親父は僕を困らせようと500万金貨のハードルを設けたんだ。まさか僕がその額を稼げるなんて思ってもみなかっただろう。


 僕、決めたよ。危険な仕事だけど、この給料なら命賭けてもいいよな!

 いつかその日が来たら、500万金貨持って、親父の顔に叩きつけてやるよ。


「だからさ!」僕はニヤッと笑った。「僕、勇者になるのを諦めないよ。」


「でも……」


「頼むよ、僕、もう子供じゃない。成人して丸3日経ってるんだ。だいたい、怖い場面だってたくさん見てきたんだよ? たかが勇者、僕を倒すなんて無理だ。」


「……本気で、諦めない?」


「うん。」


「後悔しない?」


「しないよ。」


「……」ルシアはそんな僕を見て、口角が少し上がった。


「お前ってやつは……いい人生を歩めるのに、わざわざ死に急ぐ道を選ぶんだな。」


 ……まあ、今思えばそんな気もするけど。


「いいよ。」ルシアはまたため息をついたけど、今度の表情にはかすかな笑みが浮かんでた。よく見ないとその笑みには気づけないくらいだった。


 でも……さっきの無理やりな明るい笑顔より、やっぱりこのルシアの表情の方が輝いて見えた。


「とりあえず、俺たちのこれからの家を見に行こうぜ。」


「一緒に住むの?」


「そうだ。俺の家、結構でかいから、一緒に住めば時間も節約できる。だって、1ヶ月後に選定儀式が本格的に始まるんだ。お前の今のレベルじゃ、たぶんボコボコにされるだけだぞ。」


「……全然大袈裟じゃないな。」


「だから俺の訓練を受けるんだろ?」ルシアは僕の背中をポンと叩いて、僕が肉の塊になりそうだった。


「心配すんな。1ヶ月後には、お前、完全に『生まれ変わる』よ。」


「それも全然大袈裟じゃない……!」


「ハハ、そんな大袈裟じゃないって……たぶん。」「……」


「心配すんな、もう着いたよ。」ルシアは気まずさを誤魔化すように、話を急に変えた。


 花壇の間の小道を抜け、僕とルシアは一緒に足を止めた。


 周りを見回したけど、住まいらしい建物は見当たらず、あるのは五つ星ホテル並みの洋館だけ……って、え、なに?


「ちょっとでかいけど、ようこそ、アヴァロン宅邸たくていへ。」


 これを「ちょっとでかい」って言うのか? 僕、心の中で盛大にツッコんだ。


 見上げると、真っ白な壁が左右に広がり、窓はざっと数えただけでも30以上あった。

 長さは100メートル近く、高さは4階建てで、屋根は人字型。もしかしたら屋根裏部屋もあるかもしれない。

 壁は真っ白で汚れ一つなく、庭の園芸はどれも清潔で整ってて、枝葉が茂ってるのに乱雑さはなかった。

 庭を囲む外壁も上質な石レンガでできてて、磨き上げられてピカピカ、水平に見ても整然としてた。


「……お前、しばらく帰ってなかったって言わなかった?」


「うん、半年くらいかな。」


「じゃあ、この宅邸どうやってこんな状態を保ってるの?」


「そこは俺もよくわかんねえ。たぶんアレシが専用の整備チームを用意して、時々手入れしてくれてるんだろ。」


「……」


 今この瞬間、貧乏が僕の想像力を制限してたってことを本当の意味で理解した。


「まあ、早く慣れた方がいいぜ。だって……これからここが、お前の家なんだから。」


 ルシアはニヤッと笑い、ついでに僕の肩を抱いてきた。僕はちょっと呆然とその場に立ち尽くし、頭の中をいろんな思いが駆け巡った。


 その瞬間、僕、ルシアと一緒にこの豪華な宅邸の前に立って、言葉を失ったまま見つめ続けた。


「居候なんだから、これから掃除はよろしくな。」ルシアが突然言った。


 ……掃除? 僕は苦笑した。


「掃除どころか、三食と家事全部僕が引き受けるよ。」


 その宣言を聞いて、ルシアは声を出して笑った。


「勇者選定まであと1ヶ月。明日から、訓練のペースを上げていくぞ。目標は……うん、とりあえず六角突ろっかくつを一人で倒せるくらいかな。」


「それ、めっちゃ大袈裟だろ……」僕は手を振って、開いたドアから見えるちょっと散らかった玄関を見ながら、仕事が始まったなって思った。


「……とりあえず、まずは掃除からだな。」


 僕は無奈の笑みを浮かべ、袖をまくって、埃だらけのリビングに向かってゆっくり歩き出した。


 天賜暦739年、深紅の月31号。


 勇者選定の正式開始まで――あと31日。

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