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第10章 狂戦士の殤_2

 ドゴォォォンッ!!


 真夜中、ウル旅館にて、恐ろしい衝突音が響き渡る。荒々しい咆哮と狂気の笑いが交錯し、数百メートル先の街区まで轟いた。


「死ね、ベレスク・ノアァァ!!」


 木のテーブルが粉々に砕け、床と壁は激しい衝撃で無数の亀裂を生む。 炎の中から現れた亡魂と、地獄から這い出た怪物が、人生最後の決戦に突入した。


「今日は、どっちかが死ぬまで終わらねえ!」


 ズシャッ! 焦げた手が彼の防御をすり抜け、狂った笑みを浮かべたノアの顔を鷲掴みにする。マリンは怒りに燃え、彼を壁に叩きつけ、力任せに引きずり上げた! ドゴォン! 彼女はそのままノアを旅館の反対側へ投げ飛ばし、彼は壁にめり込む。しかし彼は即座に頭を傾け、マリンの致命的な拳をかわした。さらに、全身の痛みを無視して彼女の懐に飛び込む!


「捕まえたぜ——!」拳を避けたノアが不敵に笑う。


 その瞬間、彼は右足に体重を乗せ、マリンの体勢を崩した! マリンはまずいと察し、もがくが、すでに遅かった。


(くそっ!)マリンの頭に浮かんだのはそれだけだ。


 バキバキバキバキバキバキバキバキッ!! 彼はマリンの上に馬乗りになり、機関銃のような拳を叩き込む。マリンは両腕で顔を防御するが、流星雨のような連打に耐えるのがやっとだった。 こんな戦い、いつぶりだ? こんな強敵と殴り合うのは、どれほど久しぶりか? マリンには、もうそんなことを考える余裕はなかった。 獲物に屈辱を味わわされた狩人が、ついに反撃の狼煙を上げる——! ドガンッ! 彼女は防御を捨て、何発もの強打を顔に受けながら、獰猛な形相で叫ぶ。


「スキル《崩拳ほうけん》!!」


 ボゴォォン! マリンがついに本気を出し、赤い光を帯びた刺突拳が、これまで以上の速さと力で炸裂する。爆風のような音と共に襲いかかり、彼の脳内に耳鳴りが響く。ノアの体は反射的に後ろへ仰け反り、間一髪で直撃を避けた。


「まだ終わってねえ! スキル《不止崩拳ふしほうけん》!!」


 流れを取り戻したマリンは拳を引き、渾身の力で突き出す。 その拳は、ノアの目には十数発に分裂したかのように見えた。散弾の如く、目、鳩尾、股間など、急所へ一斉に襲いかかる! 激痛が同時に押し寄せ、彼は大量の血を吐き、吹き飛ばされた!


(そうだ……これだ!)血に塗れた歯を見せ、ノアは歪んだ笑みを浮かべ、空中で体勢を立て直し、再びマリンへ突進する。


 ああ、もっと狂気を! この美しき旋律よ、ウルの夜を響かせろ!


 ドガッ! ドガッ! ドガガッ! ドガッ! 肉体がぶつかる鈍い音が響き続ける。 両者は防御を捨て、ひたすら殴り合った——だが、マリンは異変に気づく。


「また……強くなった……?」彼女は驚愕の事実に直面する。


「来いよ! 早く! お前は俺に復讐したいんだろ!? ウル旅館をぶっ壊された恨みがあるんだろ!? その怒りをぶつけろよォ!!」


 ノアが咆哮する。白い肌が赤く染まり、まるで体内で血が沸騰しているかのようだった。


(化け物……!)


 化け物。今のノアを形容できるのは、それしかなかった。 傷口から血を撒き散らしながら、彼はひたすら攻撃を続ける。マリンの反撃を受けても、ノアは力を増し、狂気を牙とし、理性をかみ砕く。


 マリンは本能で理解した。彼はもう、かつての無邪気な少年ではない。もっと悪質な——人ならざる存在だ。


「もっとだァァ!!」ノアは愉悦に満ちた笑みを浮かべ、狂ったように吼える。


「もっと、もっと、もっと来いよ! やっとわかった、この力の使い方が! だから、もっと遊ぼうぜ、マリン!!」


 その瞬間、彼は突如攻撃を止めて後方へ跳んだ。そして、血に濡れた左手を高く掲げ、滴る血を見つめる。 その仕草に、マリンは戦慄した。いや、恐怖が全身を駆け巡った。


「スキル——『操血そうけつ』!」


 ブシュッ!! 彼の体内から血が噴き出し、筋肉と皮膚を突き破って宙へ飛び出す。八本の血の鞭が蛇のようにうねり、空中を舞う。


 次の瞬間、制御不能な軌道で鞭がマリンを襲う!


「ちくしょう!」


 シュッ! 一条の鞭が鼻先を掠め、耳をつんざく音を立てる。 マリンは歯を食いしばり、空中や地面で翻り、傷だらけの体をひねり、予測不能な鞭を避けようとする。


 ドガンッ! 「崩拳」で一条の鞭を砕く。赤い光が空中に散る。 極限まで集中したマリンは、次々に鞭を粉砕していく。


 だが——力尽きた。 残った四本の鞭が一瞬の隙を見逃さず、彼女の四肢を絡め取った。


「がっ……あああああああ!!」


 鞭が締め付ける。その力は、まるで体を引きちぎるかのようだった。 マリンは完全に動揺し、心の底から恐怖した。


「ありえねえ! なんでてめえみたいな新米が、こんな……!」彼女はもがき続けたが、鞭の異様な弾力は振りほどけない。


 酒の臭いと黒煙がウル旅館を満たし、地下の炎は階段を伝い、一階の大広間へ燃え広がる。 赤と黒に塗れたウルは、まさに地獄そのものだった。 その地獄の「悪魔」にふさわしいのは、ノアしかいない。


「うあああああああああ!!」


 鞭の締め付けが強まり、棘が生え、マリンの筋肉を貫く。耐えがたい痛みが彼女を襲った。


「お前、俺を食い物にして楽しかったか? 他の奴らの絶望で気持ちよかったか?」


 彼はマリンの頬を撫でた。その目は無垢な小動物のようだったが、行為は悪鬼そのものだった。


「お前は怒ったか? 旅館を壊されて? だがな……俺もだ。お前の言葉が、氷の針みてえに心を刺した。冷たくて、鋭くて、骨まで響いたんだよ。」


「ま、待って……!」


「だから、俺もお前にその苦しみを教えてやる。」


「獲物としての『恐怖』が、どこから来るのかを。」


(まずい、まずい、まずい……!)


「『絶望』とは何か。『もがき』とは何か。『涙』とは何か。『死』とは何か——教えてやる。」


 四十度近い熱と冷気が混ざり合う中、マリンは心の中で悲鳴を上げた。 人買いとして幾多の子供を地獄に送った彼女が、決して味わったことのない感情——「恐怖」。 そしてそれを与えたのは、自分たちが生み出した怪物だった。


 彼はマリンに歩み寄り、そっと喉元に手を添えた。まるで宝物を扱うような優しさだった。


「た、助けて……お願いだ……!」


「へえ、助けてほしいのか?」


「見逃して……くれ……ごほっ、ああ……!」


 マリンの体は、喉に加わる圧力で意識を失いかけ、白目を剥き、涎を垂らす。あと数分で息絶えるだろう。だからこそ、彼女は哀れにも命乞いをした。


 だが——彼女の罪は消えない。赦しを乞う資格もない。


「お前は誰を見逃した?」


 ノアの心に、真っ黒な闇が渦巻く。


「お前は誰の命を救った?」


 彼の胸、腕、心臓から、赤い血がぽたぽた滴る。


「マリン……お前は、自分が地獄に送った奴らの顔を見て、その言葉を言えるのか?」


「私……償う、だから、ゲホッ……殺さないで! お願いだ!」


 マリンは泣いた。怒りと悔しさの涙が、血まみれのノアの手に流れ、必死に空を蹴る足が、生きたいという醜く切実な思いを訴える。


 そんな哀れな姿を見て、ノア……いや、僕は鼻で笑った。


 そうだ。こんな奴は死んで当然だ。よくわかってる。 僕は息を止め、手に力を込める。このまま、マリンの首を折って終わりにする——。 呼吸を止め、意識を手の動きに集中させた。 力を込め、もっと強く、もっと……! だが——なぜだ?


 手が止まった。震えが止まらない。怖い。ああ——どうしても、締められなかった。


 たぶん、最初の三人を殺した衝撃が、俺には大きすぎた。 初めての殺人だったから。


 今、俺の心は、正反対の二つの感情で引き裂かれていた。残酷さと優しさ、情熱と冷酷、純真さと疲労が混ざり合う。


 三人を殺して昂る俺と、吐き気を催す僕。 覚醒の瞬間から、ずっと声が響いていた。


『殺せ! 今すぐ殺せ!』苦痛に満ちた声。


(そんなこと、意味ないだろ。)


『あの女はクソくらえだ!』不信に満ちた声。


(だとしても、俺が手を下すべきじゃない。)


『早く……早く殺せよ……!』すべてを裏切られ、すべての悲劇を見た、最後の声。


『殺せ! そのクソ女を……!!』


「固有スキル『赤血崩拳せきけつほうけん』!!」


「なっ——!?」


 時間が、止まったかのように感じられた。


 ブワァァァァン……! 耳を突き破る耳鳴り。 マリンは一瞬の隙を突き、現時点での最強の切り札を叩き込んだ。 目に殺意を宿し、咆哮と共に赤い稲妻が腕を包み、ノアに襲いかかる! 気づいた時には、赤く輝く必殺の拳が、無防備な顔に迫っていた。 避ける? 無理だ。反撃? 不可能だ! 無数の思考が巡るが、どれも防ぐ手段にはならなかった。


 ——その時、その声が再び俺の体を支配した。


「おい、クソ女。俺が許可した覚えはねえぞ?」


 ドゴォンッ!!


 艦砲のような一撃が放たれ、空中で血飛沫を残し、天井を突き破る。


 場に響くのは、マリンの呆然とした表情だけだった。


「う、うそ……!?」


 一瞬の隙を突き、操血そうけつが再び発動。 マリンの拳はノアに当たる前に切断され、蓄えた力も失い、虚しく地面に落ちた。


 その瞬間、マリンの命は終わった。


「やっぱりな。お前には生きる価値なんてねえよ。」俺は薄く笑いながら言った。


 こんなことをしたのは、俺の中に潜む「もう一人の自分」だ。 ずっと向き合うのを避けてきた、俺の苦しみを背負った、もう一つの人格。


 俺は六角突ろっかくつを退け、三人を圧倒した。 だが——自分自身だけは、どうしても止められなかった。


 ああ——殺したい!!


「今日で終わりだ、マリ——」


「これは、どういう状況だ?」


 ヒュウッ! 夜風が吹き込み、旅館内の灼熱を一気に冷やす。


「……あ?」俺は動きを止め、音の方向に顔を向けた。


 風鈴の音が、静まり返ったウル旅館にかすかに響く。 炎の揺れる光の中、開かれた玄関から月光が差し込む。 そこに立つのは、フードをかぶった人物だった。聖なる光と、計り知れない危険を放つ姿。


「これ……全部お前の仕業か?」


「これか?」俺はウル旅館の惨状を見渡し、口元を歪めて笑う。


「いや、違うぜ。たまたま通りかかった通行人で、関係ねえんだ——」


「言い訳はいい。女を放せ。」


 その声は、威厳に満ち、反論を許さない。


「ほう? 俺を止める気か?」


「……二度は言わねえ。放せ——」


 パキッ! 俺はその場でマリンの首に力を込めた。


「おっと……悪いな?」笑みを浮かべ、俺はマリンの死体を地面に投げ捨てた。


「……そうか。」来訪者は静かにため息をつく。


「お前の覚悟、わかった——死にたいなら、望み通りにしてやる。」


「な……」


 ドオォォォンッ!!!


 重圧が炸裂し、ウル旅館全体を覆う。冷徹で巨大な威圧感。 マリンとは異なる、静かで沈着、深海のような底知れぬ力だった。


「げほっ……!」喉が締まり、肺が縮こまる。 一瞬で恐怖が全身を支配し、張りつめた筋肉が硬直する。


 だが——なぜだ? 俺の体は勝手に動き、口元は不敵な笑みを浮かべていた。 まるで、命懸けの戦いに魅了されてるみてえに。


「いいぜ……来なよ!」


 俺はうっとりしながら指を動かし、戦う意志を示す。 相手もそれを察し、腰の剣に手を添え、静かに身構える。


 ドゴォンッ! 二人の気配がぶつかり合う。 どちらかが動けば、即座に戦闘が始まる。


 ——その直前。 俺は、左手を握りつぶした。


 バキッ! 激痛が意識を正気に引き戻す。


「てめえ……!」相手が驚いたように叫ぶ。


 くそ……俺はいったい、何してんだ? 感情に飲まれ、無関係な奴にまで暴力を向けるなんて——それはマリンのようなクズがやることだ。 俺はそんな人間になりたくねえ。


「頼む……」意識が途切れる直前、心からの願いを口にした。


「僕を——止めてくれ。」


「……」


 カクカクッ。彼は首を回し、歯を食いしばって深く息を吸う。まるで、さっきの弱さを押し込めるかのように。


「悪い悪い、ちょっと取り乱した。聞かなかったことにしてくれよ?」


 まるで別人のような口調と雰囲気。 その豹変を見て、フードの人物は、ようやく事の全貌を掴み始めた。


「……ベレスク・ノア。その願い、受け取った。俺が必ず止める。」


 剣の柄を握りしめ、いつでも抜刀できる構え。


「……俺を止める気か?」


「そうだ——それが、俺の使命だから。」


 フードの下、青い瞳が輝く。それはノアの、わずかに正気を取り戻した目に映った。 その目——ああ、そうか。お前か。


 彼は狂気と緊張の入り混じった笑みを浮かべる。 それは、血と暴力で語り合う死闘への歓喜。 結末をわかっていながら、衝動に逆らえず、歩み寄るノア。


 その瞬間——凜とした剣閃がウルを切り裂く。


 対峙する者は、神聖な光をまとう美しい長剣を抜き、ノアに向ける。


「覚悟しろ。」


 勇者アヴァロン(ルシア・アヴァロン)が、静かに告げた。


 こうして、星塵と鮮血の初めての交錯が始まった——。

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