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第9章 狂戦士の殤_1

 今でも、不思議で仕方がない。


「……ありえねえ……!」


 あのときの俺、本当に「俺」だったのか?


「てめえ、十四歳じゃなかったのかよ!」


 あんな低い声が自分の口から出せるなんて、それまで知らなかった。


「ああ、その話か……悪いな。もう深夜過ぎちまって、俺、十五歳になっちまったよ?」


 それまで、まったく知らなかったんだ。


「けど……お前の時間は、ここで永遠に止まるぜ。」


 自分の殺意が、こんなにも冷たくなるなんて。


 ドンッ! ノアはリィエンの死体を踏みつけた。肉片と混ざった血がバシャッと弾け、ヌチャッとした嫌な音と共に、床を不気味な赤で染め上げる。


「来るぜ?」


 ノアがニヤリと笑い、両足に力を込めた瞬間、まるで弾丸みてえに飛び出し、右拳をマリンの顔に叩きつける!


「クソッ——!」マリンは咄嗟に一歩下がり、両手をクロスさせてその一撃を受け止めようとする。


 次の瞬間——ドゴンッ! ノアの拳が空気をぶち破り、マリンの掌に炸裂。彼女が痛みに顔を歪める中、骨がミシッと軋む音が響いた。


(こいつ……こんな力、ありえねえだろ!?)


 マリンの顔が歪む。反撃に転じる前に、ノアは空中で体を捻り、左足で鋭い回し蹴りを放つ。一瞬でマリンの側頸に迫る。 マリンは咄嗟に身を低くしてかわし、左手を拳にしてノアの心臓めがけて迷わず殴りかかる!


 ノアの笑みが深まる。ギリギリで腕を差し出し、その拳を受け止めた——


「ん?」


 スッ! マリンは拳を開き、ノアの防御の腕をガッと掴んで横に引っ張った! ノアが反応する前に、肩から太腿までが無防備に晒される。マリンが歯を食いしばって蹴り上げ、ノアを十数メートル吹っ飛ばした!


「ぐっあぁ——!」ノアは一瞬で、肋骨が何本か折れたのを感じ取った。


 ゴンッ! 体は地下貯蔵庫の半分を滑り、石壁に叩きつけられる。 久々に本気を出したマリンは追撃せず、その場で大きく息をつき、呼吸を整える。


(何だよ、こいつの気配……まるで別人じゃねえか!?)


 マリンは、最初の拳がもう半分使い物にならないことを悟り、ギュッと握り締めた。


(いや……実力差は明らかだ。たかが「覚醒」したガキにビビる必要なんざ——)


「はぁ……」ノアの呟きがマリンの思考を遮る。「もったいねえな。」


 彼はゆっくり立ち上がり、マリンに掴まれた腕を軽く振った。


「ちっ、普段から鍛えときゃ、こんな家畜に吹っ飛ばされねえのに、な?」


「……は?」


 コキコキと首を鳴らすノア。全身が血まみれで、火の光に照らされ、異様な危険さを放つ。白い髪は汚れと血で赤黒く染まり、赤い目はマリンを睨み、青白い肌の下に鮮やかな血が流れてる。


 彼は笑ってた。歯の隙間に血が滲み、華奢な体が火光の中で妙に大きく見える。筋肉のない細い四肢から、ありえねえ力が溢れてた。


(こいつの「固有スキル」、何だよこれ!?)


「マリン姉さん!」「マリン!」


 戦いの音を聞きつけたらしい。宿でノアの痕跡を消してたクイントンとジャナが地下に駆け込んできた。 扉を開けると、息を切らすマリン、血まみれで蒼白なノア、そして——


「リィエン!」首を失い、無惨に横たわるその亡骸。


「てめえっ!」「待て、突っ込むな!」


 ジャナは友の無残な姿にキレて、ノアに飛びかかろうとする。クイントンが慌てて引き止める。 狭い地下で四人が対峙。ウルの三人がじりじり集まり、驚きと怒りでノアを睨む。

  ノアはボロ切れの服をまとい、リィエンの死体の上に立つ。唇に血が残り、動くたびに三人の殺気が跳ね上がる。 まるで、狩人が恐ろしい獣と対峙するみてえに。


 ——ドンッ! ノアが爆ぜるように動き、三人に突っ込んだ。三人は即座に隊列を組み、かつて何度も繰り返した連携で応戦。 一人欠けても、「第四位階」の戦士たちには大した問題じゃねえ。


 ウルは元々、冒険者パーティだった。 リィエンもマリンも、戦場を何度も潜り抜けてきた猛者だ。三人での反撃なんて、獣だろうと人間だろうと何十、何百と経験済み。


 でも——彼らは、忘れてたのかもしれねえ。


 ベレスク・ノアは、獣じゃねえ。自分たちの手で創っちまった——怪物だ!


 パシッ! ノアの右手が閃き、湿った木棒が突然手に現れる。 マリンが気づく前に、ノアはそれを振り上げ、彼女の目の前に迫る!


 マリンは反射的に戦闘態勢。長年の経験でノアの速度を読み、タイミングを計る。 避けられる——そう思った瞬間。


 ザリッ! 木棒が空を裂き、木屑を撒き散らしてマリンの頬を抉る。彼女は咄嗟に身を引いてかわし、棒が掠める刹那に左脚を蹴り出す——


 ——ゾクッ! 背筋に冷たいものが走る。


(待て——違う!!)


 頭で警鐘が鳴り響く。マリンは計算を捨て、本能で後ろに飛び退いた。 ザリッ! 木棒が頬を裂き、鋭い木片が肉を削ぎ、血が宙に舞う。 戦士の頑丈な皮膚がなけりゃ、もっと深く抉れてた。


 でも、真に怖えのは傷の痛みじゃねえ。


(こいつ……さらに速くなってやがる!?)


「どうした、マリン? ビビってんのか!?」


 ヒュンヒュン! ノアの攻撃が残像を引く。木棒を振り回し、マリンは必死に避けながら、さっきの衝撃に囚われてる。 ——ドガンッ! クイントンの拳がノアの防御の腕に直撃。ノアは血を吐いて横に飛ばされる。 すかさずジャナが鋸刃の小刀で追いかけ、一刀、二刀と傷を刻む。一番深い一撃は、動脈スレスレだった。 ノアの目に冷たい光が走る。木棒を投げてジャナの攻撃を止め、彼女がそれを払って反撃に転じようとした——


「ジャナ!」「!」


 クイントンの警告でジャナが身を捻る。もう一本の木棒が、脇腹を掠めて飛んでった——一秒遅けりゃ、腹に大穴が空いてたぜ。


「くそくらえ!」


 ノアが再び猛攻。クイントン、マリンも即座に加勢し、四人の混戦が始まる。 ウルの連携で、ノアの体には傷が増え、血が止まらず流れ続ける。


 地面には木棒が増えていく。雑物や樽の並ぶ地下とはいえ、こんなに木棒があるのはおかしい。戦闘のさなか、誰もそれに気づく余裕はねえ。


 ウル三人の猛攻で、ノアは確かに劣勢だった。


 だが、ノアはまるで堕ちた血の天使だ。白い髪と肌が宙に舞い、銀光の刃をかわすたびに、湿った空気に血の線が走る。 狂気と、病的な美しさがそこにある。


 マリンは初めて、この若い存在に、ほんの少しの恐怖を感じた。


 ドガッ! クイントンの拳がノアの肋骨を打ち抜き、ノアは激痛に笑みを浮かべる。 スパッ! ジャナの小刀が太腿に刺さり、ノアは前転で距離を取り、まるで楽しむように目を細める。


 ドォンッ! マリンの「崩拳ほうけん」が炸裂し、ノアの顔面に直撃。体に無傷の場所はもうねえ。それでも、笑顔は消えねえ。


 ノアの体は地下を飛び越し、野菜や果物の木箱に叩きつけられる。 緑の葉、熟れた果実が無惨に潰れ、鮮血と白い肌が混ざり合い、まるで極上の料理を盛った皿のようだった。


 そう——ベレスク・ノアは、一皿の料理だった。


 甘美で、汁気たっぷりで、誰もが欲しがる。 貴族はこぞって奪い合い、飢えたハイエナが群がる。女より艶やかな白髪が視線を奪い、紅玉の瞳が貪欲を煽り、彼を地獄に突き落とす。


 だが、ノアはもう、それを知ってた。


 地球での十五年、残酷で恐ろしい光景を何度も見てきた。 血まみれの死体、壊れた車、彼の不幸が招いた悲劇——


 ベレスク・ノアになる前、紀誠幸の魂は、すでに本物の地獄を見てた。


 罪悪感に潰され、すべての惨劇を自分のせいだと思い込んできた。心は血で溢れ、廃墟と化した車や死体、そして——決して消えない、沈んだフェリーと飛行機で埋め尽くされてた。


 それが、本物の地獄だった。


「は、はは……」


 十五年ぶりに地獄を見たとき、覚醒で得たスキルを通じ、彼の中の“あいつ”が——完全に目覚めた。


「……痛えな、マリン。」


 普段の陽気な少年とは真逆。純粋な憎悪、悪意、恐怖、暴力でできた存在—— 負の感情を全部飲み込むゴミ箱、陽光の下の影、無限の苦しみを背負った怪物。


「リィエンの言う通りだ! 苦痛こそが本物の味、料理を引き立てる最高のスパイスだ!」


 笑う。痛みを振り払うように、わざと明るく歪んだ笑みを浮かべる。


「次は……お前らの“痛み”を味わわせてもらうぜ。」


 完全に目覚めた俺は、理性を失った、純粋な怪物だ。


 ドンッ! 轟音と共に、ノアは食材の山から一瞬で消えた。 次の瞬間、クイントンの悲鳴が地下に響く。


「何!?」マリンが叫ぶ。


 振り返ると、ノアは三人のど真ん中に立ち、クイントンの顔を地面に叩きつけてた! ドゴォッ! 回し蹴りが炸裂し、ジャナが石壁に叩きつけられる。


(くそっ——)マリンが反応する前に、壁に叩き込まれ、血を吐く。


 ——ベレスク・ノアは、さらに速くなってた。


「ベレスク……! てめえ、何を……!」


 マリンは、ジャナの前に立つノアを見て叫ぶ。


「運がいいな、マリン。」ノアは振り返らず言う。「最後に殺してやるよ。」


「てめえ——!」


 パキッ! ジャナの心臓が砕ける。ボシュッ! クイントンの頭が爆ぜ、血が噴き出す。 ノアの手が酒樽の棚に伸びる。 でかい樽には強い酒がたっぷり。よく見りゃ、支えの木が何本も抜かれてて、今にも崩れそうだった。


「その木棒……最初から棚から抜いたのか!?」


 ノアは答えず、壁際の松明を手に取る。


 ゴォンッ! 酒棚をぶち壊し、酒がドバドバと地面に溢れる。 すべてがスローモーションみてえだ。 マリンは壁にめり込んだまま、歯を食いしばり、ノアが扉へ向かうのを見てるしかねえ。


「どうだ、マリン?」ノアは笑った。白い歯を見せ、キラキラ笑った。「自分の『商品』に反撃されて、全部ぶっ壊される気分は?」


「この化け物……!」マリンは何度も立ち上がろうとする。だが、久々の激戦で体が動かねえ。


 ノアは冷たく笑い、扉を閉めながら松明を投げる。 オレンジの炎が弧を描き、酒に濡れた床に落ちる。


 マリンは、ただ手を伸ばすしかなかった。 まさか、こんなガキに……築いたすべてを壊されるなんて。


 あいつは弱く、無力で、絶望に潰されるはずだった。 数時間後、リィエンと楽しんだ後、地下水道を通じ、城の貴族に売られる予定だった。 その後、莫大な金が手に入り—— スラムの悲惨な暮らしから抜け出し、夢見た生活を手に入れるはずだった!


 なのに、全部——あのガキにぶち壊された!


「ぶっ殺してやる! この厄災のガキがぁぁぁ!」


 炎が走り、酒の道を辿り、半分以上残った樽に到達。


 その瞬間、絢爛な火の花が咲き、世界は灼熱の舌に飲み込まれた。


 ゴォォォン——ドカァン!!!


 爆発が木の扉を吹き飛ばし、衝撃が外へ広がり、ノアを遠くへ吹っ飛ばす。 低空を滑るように飛び、咄嗟に右手で地を突き、階段への衝突を辛うじて避けた。


 手は木板に突き刺さり、数メートル滑ってようやく止まる。 血まみれの手を見ても、ノアは呻きもしねえ。体を見ると、傷のいくつかがすでに癒え始めてた。


 ふと、何かを感じ、視線を炎の海に戻す。


 次の瞬間、焦げた髪、焼け爛れた皮膚—— 黒炭みてえな“火の人”が、壊れた扉から飛び出してきた。


 そして、ノアは——狂ったように笑った。


 そう、これでいい。抗え、もがけ、苦しめ!


 だって、俺が味わってきた地獄を……お前らはまだ、ぜんぜん味わってねえんだから——!

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