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月色の瞳の乙女  作者: 蜜柑桜
第十二章 憂い接吻
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(二)

 言いながら一枚目をめくり、次の紙も下まで見通す。

「セルビトゥが比較的上の方にあるな。後は……印がついているのは主にメリーノに君主の娘を娶られた国々か。なるほど」

「公女を呼び寄せた時点で珠を狙っていなかったとしても、あとあと介入していないあたり、内情は当然調べ尽くしているんだと思う。印があるから、そこが調査済みの地域だろう」

 一覧になっている地名の中で教会自治区は目立たない。恐らくカタピエが手を出しにくかったのだろうが、数少ない中にテッレも含まれた。クルサートルは納得した、と次の頁へ移っていく。

 ひと通り目を通したところでクルサートルは文書を元の通りに折ると、セレンに掲げて見せた。

「今日はここでじっくり見ている時間が無い。次の一手を考えるのに持って行っても?」

「最初からそのつもりでいる。ただ」

「ただ?」

 疑問符のついた鸚鵡返しに、セレンはきっぱりと宣言した。

「決まったら教えてくれるという条件なら」

 案の定クルサートルは口を噤んだ。そしてセレンの直視を受けたままためらいがちに目を(しばたた)かせたが、やがて瞼を閉じて聞こえるほど大きく息を吐き出す。

「分かった――約束しよう」

 再び開いた眼は複雑な色を見せてはいたが、敵わないな、と苦笑する表情(かお)に裏の意味は感じ取れない。もしセレンを拒否したいと思っているならそれが態度に出るはずだ。

 ――避けられてはいないのか……

 まだ消えきっていなかった胸のつかえがやっととれて、息が喉を通っていく。同時に自分たちの会話が普段と同じに戻っていることに初めて気がつき、起きてからずっと怯えに囚われていた体が軽くなっていくのが分かった。

「それにしてもこんな機密文書が見つかるとはな。館の中は自由に歩けたのか」

 紙束を懐にしまいながら、クルサートルは文机を離れた。

「邸内の散策ができたから脱出路も掴めたんだ。カタピエの動向も屋敷内の人間の話から推測して。文書はメリーノ本人が持っていたけれど」

「本人が? それは奪ってくるのもかなり難しかったんじゃないのか」

「睡眠薬を飲ませた」

「睡眠薬って……セレンと同じものか」

 言いながらクルサートルは、長らく凝り固まっていた肩がやっとほぐれてくるのが分かった。ミネルヴァの顔からだいぶ不安だったが、体は深刻な事態ではなさそうだ。

 それに、自分に対するセレンの話し振りも元の通りだ。拒絶されてはいない。

 一番の懸念は払拭された。教庁に戻っても良い頃か。

 寝台まで戻ったクルサートルは、今度はゆったりと腰を下ろして脚を組むと、久方ぶりに晴れた気分でセレンに向き直った。

「そんなものをよくあのメリーノが飲んだな。一体どうやって――」

 目が合った瞬間、臓腑が凍りつく。

 たったいま取り戻したはずの安堵は、一瞬にしてたち消えた。

 こちらを見ていたセレンの瞳に翳が走り、視線が斜め下に逸らされる。月色の瞳が昨夜見た記憶の中のそれと重なる。いつもの強い光がなかった。いま思えば薬のせいだったのか、やや潤みを帯びた――

 呆然とした銀の瞳はどこを見ているのか。

 布団に置かれていたセレンの細い手が、口元に近づく。まるでセレン自身のものではない意志が、そこにあるように。

 華奢な指の先が触れたのは――艶めいた、桜色の唇。

 茫然とした白銀の瞳に映っているのは、誰なのか。

 ギシ、と、寝台が軋みを立てる。

 呼吸の音も、部屋から消えた。

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