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月色の瞳の乙女  作者: 蜜柑桜
第四部 恋慕と傷心 第十一章 疼く恋情
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(六)

 修道院の玄関に出れば、扉の前で側近が一礼して出迎えた。

「秘書官様、教庁で神官がお待ちです」

 頷いて手綱を受け取る。予想通りで返事をする気にもなれない。

「急いだ方が良さそうです。皆様、秘書官様の無事を見届けないと寝られないと」

「恐ろしく下手な嘘だな」

「まあそうですが」

 表層的な心配の真意は知れている。どうせ胎の中では市外へ夜遊びに出てケントロクス教庁の威信が崩れたらどうするとでも言いたいのだろう。

 詮索が入る前に説教を受けて適当にやり過ごすのが良策だ。セレンを連れ戻しに出たなどと言えば彼女まで火の粉を被る。

「せいぜい林で熊にでも襲われて消えればいいというのが本心だろう」

「それはそれで捜索とかが面倒だと言いそうですね」

 鼻で嗤うと、並んで騎乗した側近が受け流す。若いクルサートルが総帥直属秘書官の地位にいるのをやっかむ人間は少なくない。自分の家系と古くから懇意にしている家の人間を周囲につけられただけましだが、教庁内部も常に胎の探り合いだ。

 夜の市街は静かで、何も知らなければ神官の集まるケントロクスほど神の恩寵がある平和な都市はいないと人は言う。

「馬鹿馬鹿しい」

 何が神の恩寵だ。聖職者の名を戴いて保身を図る連中ばかりだ。

 クルサートルの表情から何を読み取ったのか、側近が呟いた。

「今回のことも実情は伏せてありますが。貴方がセレン様のために出たと知られたら……しかしいつまでもつか」

 どこの誰とも知れないセレンをクルサートルの家が昔から手厚く扱っているのに鼻白む教庁関係者は多い。教会と折り合いのよくない国の者だったらどうすると陰で囁く人間もいれば、群を抜いて賢いセレンが自分たちを差し置いて上級官になるのではと無駄な危惧をする者もいる。

 クルサートルだけならまだしも、ミネルヴァがいるため今は誰も表立って本人に当たることはないが。

「他の教会自治区も似たようなものだが、頭の働きが愚鈍な奴らが教庁に混じっているのはどうなんだ」

「言いたい気持ちもわかりますが、取り敢えず発言には御注意なさってください。貴方はいつ刺されるか分からない」

「心得ている」

 発言一つで人は動く。言葉は諸刃の剣だ。

 ――傷つけるのではなく、守る剣を。

 幼いセレンが想いを口にした。剣の種類も色々だ。刃になるのは武具ばかりではない。少なくとも組織相手に自分が向ける言葉()でセレンが傷つくことのないように。

 そう思った途端、嘲笑が浮かぶ。

 ――そんなことを言える資格があるものか。

 愚かな自分の気持ちなど、相手に伝えず秘めるだけでいい。

 届かなくても、傷つけるくらいなら封じていたほうがましだ。

 無言で馬の足を進めると、「もう一つご報告が」と側近がひそやかに切り出す。

「大陸東部で大規模な土砂崩れがあったと」

 耳にした途端、反射的に体が固くなる。

「被害状況は」

「人里から離れていましたから幸い死者は出なかったとのことです。山道がやられたそうですが、救援派遣はもういらないと。ケントロクスまで情報が届いたのが遅くなったようで」

「事故発生はいつ頃なんだ」

「秘書官様がたがアナトラからお帰りになる直前と」

 どく、と心臓が強く打った。手に汗が滲み、手綱を強く握り直す。

 自分の内で蒙昧としたままあった不穏な影が、さらに深く、だがよりはっきりと輪郭を現わし始めたような。

 全身に鉛がついたが如く体が重くなる。瞬きもせず、見通せない夜闇の先を睨んだ。

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