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月色の瞳の乙女  作者: 蜜柑桜
第三章 輝く幻影
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(二)

 そよ風が枝葉を揺らし、濃い円卓の上に木漏れ日がさした。浮かび上がった年輪が模様のように美しい曲線を描く上に、白い陶磁器の茶碗が置かれる。

「ありがとうございます」

「テッレで春に飲む香草茶です。冷めないうちに」

 茶器を運んできた修道女は砂糖壺を茶碗の横に置くと、自分もセレンの向かいに腰を下ろした。円卓の中央にあった聖典や教科書をわきへ寄せ、代わりに焼き菓子を卓に載せる。

 セレンが馬でテッレに着いたのは昼時である。まっすぐ修道院に向かうと快く迎えられ、昼食を供されたのちに早速、頼まれていた説明に入ったのだった。

「それにしてもこんなに早く終わるなんて思わなかったです」

 修道女は素直な感動を表しながら聖典の表紙に手をかけた。真新しい書物とすぐわかる鮮やかな色の表紙絵を大事そうに撫でる。

「教師側が承知していなくてはいけないこともたくさんあったのに、どれも分かりやすくて」

「ケントロクスではもう使われ始めていますから」

「それにしてもすごいわ。複雑なこともすんなり頭に入ってきたし、ここに書いていない細かなところまですぐ答えてくださって。私なら覚書が無ければ忘れてしまうもの」

 話すうちに修道女は興奮気味になってくる。好奇心旺盛なのか、教材の説明をしている途中で逐一質問が入ったのだが、セレンがどんな問いにも即答するものだから尋ねてくる内容もどんどん込み入ったものになっていた。

 淀みない応対に修道女が大きく驚くのも当然である。セレンは高等教育の担当教師としては若すぎるのだから。

「おまけにセレンさん、基本以外はほとんど自学だというのだもの。特に記憶力はすごいですわ」

「ケントロクスの教庁に縁がありまして、幼い頃からあちらに所蔵されている書物を読ませてもらえたんです。教え側に回る前はミネルヴァ修道院長の手伝い以外にはやることも少なかったですから」

「ずいぶん早くから修道院に入られたのねえ」

 セレンは陶磁器を両手で包み込み、褐色の茶に視線を落としてはにかむ。

「はい。私は孤児でしたから」

「え、あら。ごめんなさい」

 修道女はいたく心を痛めたようだ。途端に同情の色が浮かび、勢いよく話していた口を噤む。セレンは気にしていないと述べたものの、修道女は他に話題を探すように視線を泳がせながら落ち着かなげにセレンの器に茶を()ぎ足した。

 ひととき沈黙が続くなか、修道女は徒らに指を組んだり茶器を弄んだりを繰り返す。しかし突然、何か思いついたと動きを止めて顔を上げた。

「そういえば聖堂にはまだ行かれていないですよね」

「あ、はい。ええ。まっすぐこちらへ来てしまいましたから」

 突然問われてやや驚きながらセレンが答えると、修道女は「そう!」と顔を輝かせた。

「それならお帰りになる前に寄っていらしてください」

 いま二人がいるのはテッレ教区の閑静な一郭に立ち並ぶ修道士宿舎の一つであり、聖堂はもっと街の中心近くに立っている。テッレ教区の市街地は広い。市民の祈りの場として聖堂が街の端にあっては不便なのだ。

 適当な話題が見つかって安心したのだろう。修道女は頬を緩ませて立ち上がると椅子にかけた羽織を取り上げる。

「戸締りの準備を致しますから、そのお茶を飲み終えたら参りましょう。この時間ならまだ間に合いますわ」

 隅の壁にかかった鍵を外しながら、修道女はにっこりと笑った。

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