表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

404エラー:現実が見つかりません

作者: ミケ

 俺は、理解されていないだけだ。

 俺の頭の中では、すべてが完璧にできている。


 ページのレイアウトは黄金比で設計され、UXは脳に直接快楽を流し込む。

 クリックするたび、指先から脳へと電流が走るような陶酔感が広がり、ユーザーは涙を流す。


「すごい……このページを見ているだけで、脳が覚醒する……!」


 SNSでは「#革命的UI」「#神の設計」のタグで埋め尽くされる。

 某大手企業のCEOが「こんな才能が埋もれていたとは」と驚き、ヘッドハンティングのオファーが殺到する。


「すごい! こんな画期的なシステムは見たことがない!」

「これを作ったのは誰なんだ?」

「川谷っていう若手らしいぞ。」


 上司は俺を絶賛し、クライアントは感謝し、社内では俺の名が囁かれる。

 俺はこのプロジェクトの“創造主”となる。


 ──完璧な未来が、鮮明に焼き付いていた。


「川谷、お前、さっきの仕様だけどさ……」


 藤原が俺を呼ぶ。……いや、違う。

 さっきも聞いた。何度も、何度も。

 俺は、いつからこの言葉を聞き続けている?


「なに?」

「いや、その……前にも言ったけど、このプログラムじゃ仕様を満たせないんだよ。」

「またかよ。」


 俺は鼻で笑う。


「お前、まだそんなこと言ってんのか? 俺のページは、すでに完璧に動いてるんだよ?」


 藤原は眉をひそめる。


「いや、プログラムとして成立してないって話だ。」

「大丈夫だって。」俺は軽く手を振る。


「お前らがついてこられてないだけだろ? 俺の考えは完璧なんだよ。」

「……おい、川谷。」


 藤原の声が、少し低くなる。


「何だよ?」

「現実見ろよ。」


 その一言が、俺の胸にわずかに引っかかる。

 だが、すぐに打ち消す。

 俺の世界では、そんなのどうでもいいことだ。


 藤原はまだ何か言いたそうだったが、俺には関係ない。

 どうせ、こいつは俺の天才的なアイデアについていけてないだけだ。


 俺が考えたことは、すべて実現できる。俺の発想に間違いはない。

 凡人には、俺の完璧なビジョンは理解できないだけだろ?


 俺はパソコンの画面を眺めながら、再び“完璧な未来”を描く。

 画面の中では、ページは完成し、上司は俺を褒め称え、クライアントは感謝し、会社の評価も爆上がり。俺は英雄として讃えられる。


 ふと、目の前のモニターを見る。

 画面は、赤く点滅していた。


 エラー、エラー、エラー、エラー、エラー。


 数え切れない赤い文字が、まるで血のように滲んで広がる。

 俺は瞬きをする。

 ――血? いや、違う。これはコードのはずだ。


「エラーが発生しました」


 違う。こんなはずじゃない。

 これは――現実が間違っているんだ。


 数日後、開発が本格的に始まった。

 俺の頭の中では、すでにすべての設計が完璧に組み上がっている。あとは、それを形にするだけ。

 なのに――。


「コードがバグってるみたいです。」

「動作テストしましたが、エラー連発ですね。」

「このままだと、処理負荷が高すぎてサーバーがパンクします。」


 うるさい。


 俺が書いたコードは、完璧なはずだ。

 なんで、こいつらは俺の考えを否定するんだ?  俺が設計したんだから、うまくいくに決まってる。


「いや、大丈夫だから。」


 俺は適当に答える。


「でも……」

「お前らが手を抜いてるだけだろ?俺が考えたことが間違ってるはずないんだから。」


 空気が凍った。

 みんなが俺をじっと見つめている。

 なんだ、その目は。

 まるで俺が間違ってるみたいな顔をしやがって。


「まあ、とにかく、作業を進めろ。」


 俺はモニターに視線を戻し、頭の中で“完璧なページ”の成功を再確認する。

 大丈夫。

 俺の考えは、絶対に間違っていない。


◇◇◇


 数週間後、現実は俺の理想を粉々に打ち砕いた。


「川谷、お前の設計したページ、全然動かないぞ!」

「審査も通らなかったし、クライアントからクレームが来てる!」

「仕様変更を求められてるが、そもそも実装が不可能だって言われてる!」


 俺の耳に、怒声が飛び交う。

 まるで、遠くの雑音のように。

 なんで、こんなことになった?

 俺の考えは完璧だったはずだ。なのに──。


「お前らが……無能だからだろ……。」


 沈黙が落ちる。空気が静まり返る。


「……は?」


 藤原の表情が険しくなる。


「俺の設計が悪いわけがない……お前らが、俺の完璧なアイデアを形にできなかったんだ……。」

「お前さ。」


 藤原の声が、今まで聞いたことのないほど低い。


「最初から全部、机上の空論だったんだよ。」


 背筋に冷たいものが這い上がる。


「違う……お前らの理解が足りないんだ……。」


 藤原は沈黙した後、ゆっくりと息を吐く。

 そして、まるで決定的な真実を突きつけるように言った。


「お前の設計は、最初から、お前の頭の中だけにしか存在してなかったんだよ。」


 全身の熱が、どこかへ逃げていく。


「そんなはず……ない……。」

「じゃあ、証明してみろよ。」


 藤原が、俺の前に仕様書を置いた。


「この仕様を現実に落とし込めるなら、今ここで説明してみろ。」


 俺は……俺は……。

 頭の中では、答えはある。

 なのに、口が動かない。


 いや、違う。

 俺は……。

 嘘だ。


 俺は完璧なんだ。俺の考えはすべて正しい。俺が間違っているわけがない。

 なのに、なんで誰も俺を崇めない?

 俺は英雄のはずだ。俺が考えたことは、すべて完璧に実現できるはずだ。

 それなのに、なぜ――?


「……俺は、間違ってない……。」


 俺の声は、誰にも届かなかった。


◇◇◇


 結局、俺は開発の第一線から外され、社内の窓際部署へ異動させられた。

 誰も俺を英雄として扱わない。

 誰も俺を称賛しない。


 机の上には、冷めきったコーヒー。

 誰の目にも留まらないノート。

 社内の雑音だけが、無遠慮に耳をくすぐる。


 ――だが、それがどうした?


 俺は間違っていない。

 俺のアイデアは天才的で、誰よりも優れている。

 次こそは、俺の才能が世界に認められる番だ。


 ペンを走らせる。

 ノートの中では、すべてが思い通りだ。

 ページは完璧に動作し、クライアントは大絶賛。

 SNSは俺の名前で埋め尽くされ、業界紙にはこう書かれる――


「天才エンジニア・川谷、革命を起こす。」


 そうだ、これが現実だ。

 俺のページが、世界を変えるんだ。

 ふと、周りがざわめいた気がする。


「……川谷?」


 誰かの声が聞こえた気がする。

 でも、それは遠い世界の出来事。

 俺には関係ない。


 俺は、ノートに夢中だった。

 書かなければならない。書かねばならない。書かねば――世界は、音もなく崩れる。

 俺の手が止まれば、何もかもが終わる。


 俺が書くことで、現実は定義される。

 俺が書き続ける限り、世界は存在し続ける。

 ペンを走らせる。書く、書く、書く、書く。


 指先が裂ける。ペン先が悲鳴を上げる。

 けれど、まだ足りない。

 俺が書かなければ、世界は存在しない。


 俺が記述する。俺が創る。俺が世界を形作る。

 俺が、俺を、世界を、証明する。


「おい、川谷!」


 ――うるさい。


 俺は今、英雄になるんだ。

 視界が、ぐにゃりと歪む。

 ノートの文字が浮かび上がり、脈動するように光を放つ。


「やった……! ついに、俺のページが完成したんだ!!」


 画面が眩しく輝き、SNSのタイムラインが俺の名で埋め尽くされる。


「川谷は天才だ!」

「技術の神が降臨した!」

「業界の歴史が変わる!」


 画面の中で、誰かが笑っている。


 ………ん?


 画面がざわめく。人影が揺らめき、膨れ上がる。

 誰だ?

 無数の顔が、画面の奥からじっと俺を見つめている。


 藤原……?


 いや、違う。

 画面が歪む。波打つように揺れながら、形を変えていく。


 笑っているのは――俺だ。

 増殖し、無限に広がる俺たちが、画面の中で微笑んでいる。

 俺もつられて、笑顔になる。


「俺は天才だ!!!」

「俺のページは完璧だ!!!」

「俺の名前が刻まれる!」


 画面の中の俺たちは、同時に叫び、同時に笑った。

 剥き出しの歯が、不気味なほどに並び、瞳は異様な光を放っている。

 笑うたび、歯が増える。増える。増える。

 目が、歯が、笑顔が――無限に広がる。


 そうだ、間違いない。

 俺のページが、世界を――

 書き換える。


 ――世界が、崩壊する。

 耳鳴りがする。

 意識が、一瞬、白く塗りつぶされる。


 そして。

 目の前には、白い天井。


 ……ん?

 どこだ、ここは?


「意識はあるようですね……。」


 誰だ……?

 俺は今、世界を変えるプログラムを書いているんだぞ……?

 俺の……ページを……。

 俺の……。


 何だ? 何を書いていた? 何を作っていた? 何を生み出していた?

 ……あれ? 俺は何をしていた?


 ふと、ノートを見下ろす。

 そこにあったのは――


 ぐちゃぐちゃに殴り書かれた、意味のない文字の羅列。


俺は天才、革命の中心、完璧な構造、成功者、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺――俺しかいない、俺しか要らない、俺がすべて、俺が世界、俺が神、天才、革命、完璧、成功、永遠に、俺、俺、俺。


 乱れた筆跡が、ノートの端までびっしりと埋め尽くしている。

 俺のページは、どこにもない。


 何も、ない。


 そんなはずはない。

 俺は、ページを作っていたんだ。

 俺は――

 俺は、何者だ?


「あ……。」


 文字が、滲んでいく。

 それでも、俺はペンを握りしめる。


「……今度こそ、証明してやる……。」


 手が震える。

 それでも、ペンは止まらない。

 止まらない。止まらない。止まらない。


 俺のページは、完璧だ。

 ノートの中では、世界が動いている。

 画面が輝く。

 ユーザーの歓声が聞こえる。


「川谷の革命だ!!」

「業界の神話が書き換えられた!」


 ……なのに、ふと視界の隅に奇妙なものが映る。

 白衣の人間たちが俺を見下ろしている。


 ………ん?

 なんだ、こいつらは?


 俺の邪魔をするな。

 俺はページを完成させなければならない。

 ペンを走らせる。


「先生、まだ続けさせるんですか?」

「……完全に妄想の世界に入っています。」

「筆記運動は止まりませんが、内容は……。」

「もう、意味のある文章ではありません。」


 違う、違う、違う!!!

 俺は今、完全に成功しているんだ!!


 俺は英雄だ。

 俺のページは完璧に動いている。


 眩しい光が差し込む。

 人々の歓声が渦巻く。


「伝説のエンジニアが生まれた!!!」


 ノートの中では、ページが完璧に動いている。

 クライアントは歓喜し、SNSは俺の名で埋め尽くされる。


「これこそ、天才の証明だ!」

「神のコードが書かれた!」


 眩しい光が差し込む。

 視界の端で、何かが蠢く。


 気のせいか?


 いや、違う。

 それは、俺を見ている。


 見つめられている。

 俺の中の何かが、カチリと音を立てた。


「見つけた」

「正しい」

「彼は記述する」

「彼は創る」

「彼は、世界の主だ」


 声が、直接、脳髄を焼きながら流れ込んでくる。


「ページは世界」

「コードは神」

「プログラムは創世の記録」


 眩しい光が差し込む。

 神のページは、俺が完成させる。俺こそが、創造主だ。


「正しい……正しい……正しい……」


 世界が、俺を認めた。

 歓喜が、怒涛のように全身を駆け巡る。

 震えが止まらない。嗚咽が漏れる。


「俺は、神に愛されている!!」

「俺は、選ばれた!!」

「俺は、書く!!」


 視界が滲む。溢れる涙が、ページを歪ませる。

 脳が痺れる。意識が、極限の光に溶けていく。

 長い、長い絶頂。

 俺のページは――完璧だ。


「祝福を……革命を……川谷は天才だ……」


 賛美の声が響く。

 誰のものでもない。誰のものでもある。

 俺は書く。


 コードを記述する。ページが形作られる。世界が定義される。


 書いて、書いて、書いて、書いて――


 プログラムの概念は消え去った。ただ、ページだけが存在する。

 俺が書けば、世界は動く。俺が書かなければ、世界は消える。

 世界は、俺の手の中にある。


 ページが震え、眩い光を放ち、脈動する。

 指が折れる音が響く。だが、些細なことだ。

 血の滲んだペンが、なおも世界を描き続ける。


 記号が脈打ち、ページはさらなる光を放つ。


 俺が書く限り、世界は続く。

 俺が書く限り、俺は神だ。

 俺のページは――


「――絶対だ。」


 神の眼が、俺を見つめる。

 視界が歪む。空間がねじれ、理が俺の手元へと収束する。

 指先から血が滴る。


 それでも、ペンは止まらない。書かなければ、世界は終わる。

 ページが輝く。世界が震える。神が微笑む。


「俺こそが、創造主だ。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ