404エラー:現実が見つかりません
俺は、理解されていないだけだ。
俺の頭の中では、すべてが完璧にできている。
ページのレイアウトは黄金比で設計され、UXは脳に直接快楽を流し込む。
クリックするたび、指先から脳へと電流が走るような陶酔感が広がり、ユーザーは涙を流す。
「すごい……このページを見ているだけで、脳が覚醒する……!」
SNSでは「#革命的UI」「#神の設計」のタグで埋め尽くされる。
某大手企業のCEOが「こんな才能が埋もれていたとは」と驚き、ヘッドハンティングのオファーが殺到する。
「すごい! こんな画期的なシステムは見たことがない!」
「これを作ったのは誰なんだ?」
「川谷っていう若手らしいぞ。」
上司は俺を絶賛し、クライアントは感謝し、社内では俺の名が囁かれる。
俺はこのプロジェクトの“創造主”となる。
──完璧な未来が、鮮明に焼き付いていた。
「川谷、お前、さっきの仕様だけどさ……」
藤原が俺を呼ぶ。……いや、違う。
さっきも聞いた。何度も、何度も。
俺は、いつからこの言葉を聞き続けている?
「なに?」
「いや、その……前にも言ったけど、このプログラムじゃ仕様を満たせないんだよ。」
「またかよ。」
俺は鼻で笑う。
「お前、まだそんなこと言ってんのか? 俺のページは、すでに完璧に動いてるんだよ?」
藤原は眉をひそめる。
「いや、プログラムとして成立してないって話だ。」
「大丈夫だって。」俺は軽く手を振る。
「お前らがついてこられてないだけだろ? 俺の考えは完璧なんだよ。」
「……おい、川谷。」
藤原の声が、少し低くなる。
「何だよ?」
「現実見ろよ。」
その一言が、俺の胸にわずかに引っかかる。
だが、すぐに打ち消す。
俺の世界では、そんなのどうでもいいことだ。
藤原はまだ何か言いたそうだったが、俺には関係ない。
どうせ、こいつは俺の天才的なアイデアについていけてないだけだ。
俺が考えたことは、すべて実現できる。俺の発想に間違いはない。
凡人には、俺の完璧なビジョンは理解できないだけだろ?
俺はパソコンの画面を眺めながら、再び“完璧な未来”を描く。
画面の中では、ページは完成し、上司は俺を褒め称え、クライアントは感謝し、会社の評価も爆上がり。俺は英雄として讃えられる。
ふと、目の前のモニターを見る。
画面は、赤く点滅していた。
エラー、エラー、エラー、エラー、エラー。
数え切れない赤い文字が、まるで血のように滲んで広がる。
俺は瞬きをする。
――血? いや、違う。これはコードのはずだ。
「エラーが発生しました」
違う。こんなはずじゃない。
これは――現実が間違っているんだ。
数日後、開発が本格的に始まった。
俺の頭の中では、すでにすべての設計が完璧に組み上がっている。あとは、それを形にするだけ。
なのに――。
「コードがバグってるみたいです。」
「動作テストしましたが、エラー連発ですね。」
「このままだと、処理負荷が高すぎてサーバーがパンクします。」
うるさい。
俺が書いたコードは、完璧なはずだ。
なんで、こいつらは俺の考えを否定するんだ? 俺が設計したんだから、うまくいくに決まってる。
「いや、大丈夫だから。」
俺は適当に答える。
「でも……」
「お前らが手を抜いてるだけだろ?俺が考えたことが間違ってるはずないんだから。」
空気が凍った。
みんなが俺をじっと見つめている。
なんだ、その目は。
まるで俺が間違ってるみたいな顔をしやがって。
「まあ、とにかく、作業を進めろ。」
俺はモニターに視線を戻し、頭の中で“完璧なページ”の成功を再確認する。
大丈夫。
俺の考えは、絶対に間違っていない。
◇◇◇
数週間後、現実は俺の理想を粉々に打ち砕いた。
「川谷、お前の設計したページ、全然動かないぞ!」
「審査も通らなかったし、クライアントからクレームが来てる!」
「仕様変更を求められてるが、そもそも実装が不可能だって言われてる!」
俺の耳に、怒声が飛び交う。
まるで、遠くの雑音のように。
なんで、こんなことになった?
俺の考えは完璧だったはずだ。なのに──。
「お前らが……無能だからだろ……。」
沈黙が落ちる。空気が静まり返る。
「……は?」
藤原の表情が険しくなる。
「俺の設計が悪いわけがない……お前らが、俺の完璧なアイデアを形にできなかったんだ……。」
「お前さ。」
藤原の声が、今まで聞いたことのないほど低い。
「最初から全部、机上の空論だったんだよ。」
背筋に冷たいものが這い上がる。
「違う……お前らの理解が足りないんだ……。」
藤原は沈黙した後、ゆっくりと息を吐く。
そして、まるで決定的な真実を突きつけるように言った。
「お前の設計は、最初から、お前の頭の中だけにしか存在してなかったんだよ。」
全身の熱が、どこかへ逃げていく。
「そんなはず……ない……。」
「じゃあ、証明してみろよ。」
藤原が、俺の前に仕様書を置いた。
「この仕様を現実に落とし込めるなら、今ここで説明してみろ。」
俺は……俺は……。
頭の中では、答えはある。
なのに、口が動かない。
いや、違う。
俺は……。
嘘だ。
俺は完璧なんだ。俺の考えはすべて正しい。俺が間違っているわけがない。
なのに、なんで誰も俺を崇めない?
俺は英雄のはずだ。俺が考えたことは、すべて完璧に実現できるはずだ。
それなのに、なぜ――?
「……俺は、間違ってない……。」
俺の声は、誰にも届かなかった。
◇◇◇
結局、俺は開発の第一線から外され、社内の窓際部署へ異動させられた。
誰も俺を英雄として扱わない。
誰も俺を称賛しない。
机の上には、冷めきったコーヒー。
誰の目にも留まらないノート。
社内の雑音だけが、無遠慮に耳をくすぐる。
――だが、それがどうした?
俺は間違っていない。
俺のアイデアは天才的で、誰よりも優れている。
次こそは、俺の才能が世界に認められる番だ。
ペンを走らせる。
ノートの中では、すべてが思い通りだ。
ページは完璧に動作し、クライアントは大絶賛。
SNSは俺の名前で埋め尽くされ、業界紙にはこう書かれる――
「天才エンジニア・川谷、革命を起こす。」
そうだ、これが現実だ。
俺のページが、世界を変えるんだ。
ふと、周りがざわめいた気がする。
「……川谷?」
誰かの声が聞こえた気がする。
でも、それは遠い世界の出来事。
俺には関係ない。
俺は、ノートに夢中だった。
書かなければならない。書かねばならない。書かねば――世界は、音もなく崩れる。
俺の手が止まれば、何もかもが終わる。
俺が書くことで、現実は定義される。
俺が書き続ける限り、世界は存在し続ける。
ペンを走らせる。書く、書く、書く、書く。
指先が裂ける。ペン先が悲鳴を上げる。
けれど、まだ足りない。
俺が書かなければ、世界は存在しない。
俺が記述する。俺が創る。俺が世界を形作る。
俺が、俺を、世界を、証明する。
「おい、川谷!」
――うるさい。
俺は今、英雄になるんだ。
視界が、ぐにゃりと歪む。
ノートの文字が浮かび上がり、脈動するように光を放つ。
「やった……! ついに、俺のページが完成したんだ!!」
画面が眩しく輝き、SNSのタイムラインが俺の名で埋め尽くされる。
「川谷は天才だ!」
「技術の神が降臨した!」
「業界の歴史が変わる!」
画面の中で、誰かが笑っている。
………ん?
画面がざわめく。人影が揺らめき、膨れ上がる。
誰だ?
無数の顔が、画面の奥からじっと俺を見つめている。
藤原……?
いや、違う。
画面が歪む。波打つように揺れながら、形を変えていく。
笑っているのは――俺だ。
増殖し、無限に広がる俺たちが、画面の中で微笑んでいる。
俺もつられて、笑顔になる。
「俺は天才だ!!!」
「俺のページは完璧だ!!!」
「俺の名前が刻まれる!」
画面の中の俺たちは、同時に叫び、同時に笑った。
剥き出しの歯が、不気味なほどに並び、瞳は異様な光を放っている。
笑うたび、歯が増える。増える。増える。
目が、歯が、笑顔が――無限に広がる。
そうだ、間違いない。
俺のページが、世界を――
書き換える。
――世界が、崩壊する。
耳鳴りがする。
意識が、一瞬、白く塗りつぶされる。
そして。
目の前には、白い天井。
……ん?
どこだ、ここは?
「意識はあるようですね……。」
誰だ……?
俺は今、世界を変えるプログラムを書いているんだぞ……?
俺の……ページを……。
俺の……。
何だ? 何を書いていた? 何を作っていた? 何を生み出していた?
……あれ? 俺は何をしていた?
ふと、ノートを見下ろす。
そこにあったのは――
ぐちゃぐちゃに殴り書かれた、意味のない文字の羅列。
俺は天才、革命の中心、完璧な構造、成功者、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺、天才、革命、完璧、成功、天才、俺、俺、俺――俺しかいない、俺しか要らない、俺がすべて、俺が世界、俺が神、天才、革命、完璧、成功、永遠に、俺、俺、俺。
乱れた筆跡が、ノートの端までびっしりと埋め尽くしている。
俺のページは、どこにもない。
何も、ない。
そんなはずはない。
俺は、ページを作っていたんだ。
俺は――
俺は、何者だ?
「あ……。」
文字が、滲んでいく。
それでも、俺はペンを握りしめる。
「……今度こそ、証明してやる……。」
手が震える。
それでも、ペンは止まらない。
止まらない。止まらない。止まらない。
俺のページは、完璧だ。
ノートの中では、世界が動いている。
画面が輝く。
ユーザーの歓声が聞こえる。
「川谷の革命だ!!」
「業界の神話が書き換えられた!」
……なのに、ふと視界の隅に奇妙なものが映る。
白衣の人間たちが俺を見下ろしている。
………ん?
なんだ、こいつらは?
俺の邪魔をするな。
俺はページを完成させなければならない。
ペンを走らせる。
「先生、まだ続けさせるんですか?」
「……完全に妄想の世界に入っています。」
「筆記運動は止まりませんが、内容は……。」
「もう、意味のある文章ではありません。」
違う、違う、違う!!!
俺は今、完全に成功しているんだ!!
俺は英雄だ。
俺のページは完璧に動いている。
眩しい光が差し込む。
人々の歓声が渦巻く。
「伝説のエンジニアが生まれた!!!」
ノートの中では、ページが完璧に動いている。
クライアントは歓喜し、SNSは俺の名で埋め尽くされる。
「これこそ、天才の証明だ!」
「神のコードが書かれた!」
眩しい光が差し込む。
視界の端で、何かが蠢く。
気のせいか?
いや、違う。
それは、俺を見ている。
見つめられている。
俺の中の何かが、カチリと音を立てた。
「見つけた」
「正しい」
「彼は記述する」
「彼は創る」
「彼は、世界の主だ」
声が、直接、脳髄を焼きながら流れ込んでくる。
「ページは世界」
「コードは神」
「プログラムは創世の記録」
眩しい光が差し込む。
神のページは、俺が完成させる。俺こそが、創造主だ。
「正しい……正しい……正しい……」
世界が、俺を認めた。
歓喜が、怒涛のように全身を駆け巡る。
震えが止まらない。嗚咽が漏れる。
「俺は、神に愛されている!!」
「俺は、選ばれた!!」
「俺は、書く!!」
視界が滲む。溢れる涙が、ページを歪ませる。
脳が痺れる。意識が、極限の光に溶けていく。
長い、長い絶頂。
俺のページは――完璧だ。
「祝福を……革命を……川谷は天才だ……」
賛美の声が響く。
誰のものでもない。誰のものでもある。
俺は書く。
コードを記述する。ページが形作られる。世界が定義される。
書いて、書いて、書いて、書いて――
プログラムの概念は消え去った。ただ、ページだけが存在する。
俺が書けば、世界は動く。俺が書かなければ、世界は消える。
世界は、俺の手の中にある。
ページが震え、眩い光を放ち、脈動する。
指が折れる音が響く。だが、些細なことだ。
血の滲んだペンが、なおも世界を描き続ける。
記号が脈打ち、ページはさらなる光を放つ。
俺が書く限り、世界は続く。
俺が書く限り、俺は神だ。
俺のページは――
「――絶対だ。」
神の眼が、俺を見つめる。
視界が歪む。空間がねじれ、理が俺の手元へと収束する。
指先から血が滴る。
それでも、ペンは止まらない。書かなければ、世界は終わる。
ページが輝く。世界が震える。神が微笑む。
「俺こそが、創造主だ。」