阿鼻叫喚ですわ
スカートを持つ手に力を入れて、上に上げる。
膝が見えるであろう位置まで上げた時、突然体に衝撃が走り、視界は青一色だった。
何が起こったか理解する前に、眼前に鼻血を垂らすメアリー様が覗き込んできた。
「へへへへヘンリエッタ様、ダメダメダメです。落ち着いてください。ヘンリエッタ様の人生が終わります。止めてください」
とりあえずメアリー様も、殿方の前で鼻血を出してしまうのは尊厳が危ない。
ここでわずかに冷静さを取り戻したわたくし。
メアリー様の鼻血はまだわたくし以外見ていないことを信じて、隠すために抱き込んだ。
「うぶっ⁉︎」
くぐもった声を上げるメアリー様に小声で話しかける。
「メアリー様、まだ鼻血は誰にも見られていませんわね?」
「皆さんヘンリエッタ様に注目していましたので大丈夫かと……。ヘンリエッタ様、それより制服が汚れます! 離してください」
「いいえ、制服は紺色だしそんなに目立たないわ。淑女が鼻血を出すなんて、社交界で笑い者になってしまいます。隠さなければ」
そんな風にボソボソ話していると、悲鳴のような声が聞こえた。
「ヘンリエッタ様! メアリー様! あなた方は何していますの⁉︎ いい加減に離れなさい!」
「私たちは何を見せられているんだ……?」
「パトリシア様、いけません。今は動けませんわ。動いたらメアリー様の人生が終わります」
「あなたたちの人生終わりかけているわよ! スカートが捲れていますわっ」
パトリシア様はまだ混乱しているようだけれど、殿下たち男性陣は平静に戻ったようだ。良かった。後はメアリー様の鼻血を何とかしないと。
いや、先にスカートか。見ると、わたくしもメアリー様も太ももの半ばまで捲れている。
よし! 下着は見えてないからセーフっ!
メアリー様も大分落ち着いたのか、鼻血も止まったみたいだ。鼻血って止まらない時は止まらないから、よかったわ。
少し、金の刺繍のところに血が付いてしまったけれど、誤魔化せるでしょう。
……今度は男性陣が顔を茹蛸のようにして背けているけれど。冷静になったと思ったけれど、パトリシア様の言葉でスカートが捲れていたことに気がついたらしく、ウブな反応をされてしまったわ。
トミーが意外とこういう時は無言になるのは発見ね。後で大変なことになるかもしれないけれど。
わたくしとメアリー様は立ち上がってスカートを直す。
「まあまあ、殿方はこの程度で赤くならないでくださいませ」
「何を仰っているの⁉︎ 淑女が脚を見せるなんてはしたないですわ!」
「き、君たちには羞恥心がないのか⁉︎」
パトリシア様とダニエル様が、顔を真っ赤にして怒っている。
「まあ、流石に失礼ですわ。わたくしたちにだって羞恥心がありますわ。けれどこういうときは周りの反応で羞恥心が助長されるものです。ですから皆様は恥ずかしがらないでくださいませ」
「言ってることがめちゃくちゃだぞ」
「もうわたくし、ついていけませんわ」
ダニエル様はわたくしたちに大いに呆れたようだ。
パトリシア様は疲れたように、大きくため息を吐いた。
「ぷっあははっ……! も、もう我慢できないっ。ハハハッ」
そんな空気をぶち壊したのは、殿下の笑い声だ。
そんな風に笑う殿下を見たことがないので、とても驚いた。
わたくしが知らないだけかと思ったけれど、皆様驚いているので珍しいことのようだ。
お腹を抱えて笑う殿下は、年相応というより幼く見える。
なんだか一気に親近感が出てきた。今までは‘’上に立つ者‘’として隙のない殿下しか知らなかったから、殿下も人間なんだなと思った。
殿下の笑い声は収まらない。どころか、今度はトミーも吹き出した。
わたくしとメアリー様も釣られるようにして笑い出す。
パトリシア様とダニエル様は、呆れた表情から仕方ないという風に。
練習場には笑い声が響いた。




