お父様をお出迎えします
その後、もう少し話していたかったが、トミーの方が勉強の時間になってしまったので別れた。
頑張ってと伝えたら少しだけ微笑んでくれて嬉しい。
まだまだ遠慮がちであるが、確実に距離を縮められている。その事実に足取りが軽くなる。
ルンルンで廊下を歩いていると、執事やメイドが「旦那様が帰ってきた」と言っているのが聞こえた。
そういえば、今日は王城に行くと言っていた。終わって帰ってきたらしい。せっかくなので、お出迎えをしようと玄関ホールへ向かった。
「お嬢様、いかが致しましたか?」
わたくしに気がついた侍女が話しかけてくる。
「お父様が帰ってくると聞いて、ちょうど良かったからお出迎えしたいと思ったの」
「左様ですか。きっと旦那様もお喜びになります。では真ん中あたりに……」
そこで、ふと悪戯心が湧いた。
「あ、せっかくだからわたくしも皆に混ざってもいいかしら?」
「え? どう言うことでしょう?」
「家族だから中心でお出迎えするのがいいとは思うのだけれど、ここで皆の間に入ってお出迎えしたらお父様を驚かせられるんじゃないかと思って」
本当は侍女の服を着たら完璧だけど、時間がなさそうだからとも付け加える。その言葉に若干顔色を悪くさせてしまった。
「お嬢様に侍女の真似事をさせるわけには……」
「だめ……かしら。皆の迷惑になるのなら止めるわ。ごめんなさいね」
「あ、えっと……」
謝罪するとオロオロし始めてしまった。どうしよう。困らせるつもりはなかったのに。
こちらも困っていると、横から助け舟が出された。
「申し訳ありませんお嬢様。迷惑ではありませんよ」
振り向くと老齢の執事が立っていた。この邸の執事長、トーマスだ。ザ・創作で出てくる執事というような感じ。綺麗に整えられた、白髪の髪にお髭。モノクルの眼鏡がとても似合っている。この世界では結構な年齢な気がするけど、生命力が溢れている。
「そうなの?」
「ええ、この者は侯爵家長女であらせられるヘンリエッタ様が侍女と同じ場所に立っては、お嬢様にとって良くないと心配したのです」
「そういうことなのね。心配してくれてありがとう。でも迷惑でないのならお父様を驚かせたいわ。もしお父様が何か言ってきても、わたくしの我儘と言うわ」
「ありがとうございます。では大丈夫ですのでこちらにどうぞ」
そういうと、トーマスは少し入り口寄りに立つ位置を指定してきた。あまり奥の方だと侍女たちの方が萎縮してしまうため、経験年数の多い侍女の間に立つことになった。
お父様が帰ってくるまでの間、いたずらをするという非日常にソワソワしてしまう。
(大したことではないのになんだかすごくドキドキするわ。お父様、驚いてくれるかしら)
そして扉が開き皆が一斉に頭を下げる。わたくしも合わせて頭を下げた。
「「お帰りなさいませ」」
「ああ、出迎えご苦労」
家族に向ける言葉とは違う、上に立つ者らしい重みのある声。いつもは父としての姿を見ることが多かったが、こう見るとなんだか遠い人のように感じてしまう。
「ん? そこにいるのはへティか?」
「おかえりなさいませ、お父様」
少し緊張しながら顔を上げる。お父様の表情が確認できる前に体が浮き上がった。
「きゃっ」
「ハハッ! どこの妖精が紛れたのかと思ったぞ。へティが出迎えてくれて嬉しいなあ」
「お、お父様! 降ろしてください!」
わたくしの訴えもなんのその、そのままくるくると回る。お父様の表情はとても晴れやかだ。降ろされると思いきや、そのままぎゅうぎゅう抱きしめられる。想像以上の反応にもはやこちらが逆サプライズされた気分だ。
と、再びトーマスが助け舟を出してくれた。流石すぎる。
「旦那様。お嬢様が苦しそうです。力を緩めてあげてください」
「ああ、すまない。つい嬉しくてね」
離れると今度は手を差し出してきた。
「せっかくだし、部屋に行きながら今日の話を聞かせてくれるかな? 私の可愛いお姫様」
芸術品の完成を見た。お兄様もトミーも芸術品級だったが、お父様は完成だ。ここは天国か。
そんな内心を必死に押し殺して、お父様の手に自身の手を重ねた。