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お花から距離を縮めましょう


 トミーが寝ている。小さな口からは規則正しく呼吸しているのが見える。どうやら先ほど聞いた音はトミーの寝息だったようだ。

 胸を撫で下ろしながら、そっとトミーの目の前にしゃがみ込む。

 まだ完全には心を許してもらってないので、こんなに近づいたのは初めてかもしれない。

 茶色のクセのあるふわふわした髪、まつ毛は濃くて長い。ふっくらしたほっぺはピンク色に色づいている。少し厚めの唇。


(何て可愛らしいのかしら! お兄様はかっこいいタイプだけどトミーは愛され系に育つわね。それにしてもどうしてわたくしの周りはこうも顔面偏差値が高いのかしら)


 思わずうっとりとしながら細部までトミーを眺めてしまう。一種の芸術品のようだ。

 前世の記憶を取り戻して以降、イケメン(お父様)、美女(お母様)、イケメン予備軍(お兄様)など非常に眼福な生活を送っていた。ここにトミーの可愛いというカテゴリまで出来てしまったら、もう他の人たちでは満足できないのではないだろうか。

 いや、そもそもこれ以上を望もうものならバチが当たる気がする。

 ほう、と熱い吐息を吐き出す。その流れで視線が下に行き、あるものが目にはいった。


(これは、わたくしが探していたお花の図鑑だわ。トミーもお花に興味が出たのかしら)


 そのきっかけが鬼ごっこだったらなんだか嬉しい。お花を糸口に話を弾ませられる様になるかもしれない。

 と、んんという声が聞こえた。

 見るとトミーがゆっくり目を開けた。寝ぼけ眼のとろんとした琥珀色のひとみが今にも溶けそうな飴を彷彿とさせる。

 少しの間ぼーっとしていたトミーだが、しばらくして目の前にいるのがわたくしと気がついたのかウサギのようにビョンと後ろに下がろうとした。

 

 それがいけなかった。


 ゴンっという鈍い音と共にトミーが後頭部を押さえる。なかなかのいい音にあわててしまった。


「トミー!? 大丈夫?」

「ううっ……」


 頭を押さえて涙目になっている。可愛い。

 煩悩が頭を満たそうとしたのを振り払い、そっとトミーの手に自らのそれを重ねた。


 「驚かしてしまってごめんなさいね。ちょっと見せてみて」


 そっとトミーの手を外し、ぶつけたところを見る。傷にはなっていないようだ。


「傷にはなってないわね。念のため冷やしましょうか?」

「あ……えっと……大丈夫……です」


少し痛みが引いたのか、居心地悪そうにしながらも答えてくれる。


「わかったわ。本当に驚かせてごめんなさい」

「そんな、大丈夫……です」


 トミーがどうしたら良いのかと困っているのがありありとわかる。痛い思いをさせてしまったが、せっかくなのでもう少し話させてもらおう。


「トミーはお花が好きなの? わたくしも最近、お花が気になっているところだったの」

「えっと……その……」


 モジモジしている。口を開いては閉じているので、なるべく優しい笑顔を心がけながら言葉を待つ。


「最近……よく見て……綺麗だなって…………」

「ええ、お花って本当に綺麗ね。トミーはどんなお花が気になったのかしら?」

「えっと……これ……です」


トミーが指差したのは前世にもあった、クレマチスだった。侯爵家の庭には主に白いものが植えてあった。


「そうなのね。わたくしもクレマチスは本当に綺麗だと思うわ。ここのは八重咲きというのね。花びらのボリュームがあってふわふわしていてとっても可愛らしいわ」

「は、はい。図鑑にはベルのような形もあると書いてあって、その……」


 もしかして。


「見てみたいのね。ふふ、それじゃあ庭師の方に話してみましょう。きっと植えてくれるわ」

「そっそんな……悪いです……」

「そんなことないわ。喜んでくれるわ。庭師にとってお花に興味を持ってもらうことは嬉しいことだと思うの」

「で、でも……」


 ここまで言っても遠慮がちか。少しずつ心を開いてくれることは感じているが、要望を言うのは難しいのだろう。

 ここはわたくしが一肌脱がなくては。


「そう。それじゃあわたくしが言うわ。トミーの話を聞いて、わたくしも見たくなったもの」

「え……」


 ここはあえてちょっと悪っぽい、意地悪そうな表情を意識する。


「トミーのためだけじゃないわ。お兄様にも喜んで欲しいもの。わたくしが勝手に言うのだからいいわよね?」


 そしてトミーはゆっくりと、でも確かに頷いてくれた。


 

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