メアリー様の生い立ち
「あ、ち、違うんです!」
メアリー様はわたくしたちの表情を見てテーブルに両手を突いて立ち上がった。
心なしか、顔色は青くなっている。
「甘味は出してもらっていました。けれど、私が受け取らなかったんです」
「受け取らなかった?」
「はい。だからお義父様は悪くないんです!」
あまりの勢いに、息が上がってしまっている。
「……わかったわ。とりあえず、お茶を飲んで落ち着きなさい」
「す、すみません」
メアリー様は言われた通りに席に座り直して、紅茶を飲んだ。一息着いたところで、お母様が聞く。
「理由を聞いてもいいのかしら」
「……はい。私は物心ついた時から母と2人きりでした。父のことを聞いたこともありましたが、はぐらかすばかりで何もわかりませんでした。そうして母が病で亡くなった後、父と名乗るものがやって来たんです。それがキャンベル男爵でした」
メアリー様はぎゅっと両手を握りしめている。
「最初は本当に父親なのか疑っていました。けれど、連れられた邸で口々に父と似ていると言われ……鏡で横並びに立って納得せざるをえませんでした」
この世界にはDNA鑑定はない。だから見た目などで判断するしかない。後は……貴族限定でわかるものがある。
「それから魔力を見て、キャンベル男爵家と同じ光属性の魔力が宿っているとわかりました。本当に私はこの人の娘なんだと理解しました。引き取られた後、どうして今になって迎えに来たんだと聞きました。しかしはぐらかされるばかりで……それが不信感となってしまっているんです」
それで男爵とうまく関係ができていないと言うことか。でもメアリー様は前世でこの物語を知っているんだよね?
それなら男爵が引き取った理由とか知っていそうなんだけれどな。もしかしてわたくしみたいに、記憶のぬけがあるとか?
後で聞けたら聞いてみよう。
「そうなのね。でもメアリー嬢は、少しずつでも男爵を信頼してきているのではないかしら?」
「え、そうでしょうか?」
「ええ、先ほど男爵を庇ったでしょう? わたくしたちが男爵の人を疑ったのがわかったから、それを払拭しなければと思ったのでしょう?」
お母様が優しく微笑みながら、諭すように言う。メアリー様は考え込んで、やがて顔を上げた。
「そう……かもしれません。でも認めたくない気持ちもあります」
「今はそれでもいいのよ。きっといつか自分の気持ちを認められる日が来るわ」
お母様は流石だ。メアリー様の表情から察するに、きっと心が軽くなったのだろう。あの時は色んな感情が溢れ出そうなのを堪えていたんだな。
「流石アメリア夫人ですわ。そしてヘンリエッタ様もこの血を引いていると思うと、敵に回したくありませんわね」
「パトリシア様、ツッコミどころが多いですが……とりあえず、わたくしなどお母様の足元にも及びませんわ」
そう言うとパトリシア様は目を細めた。
「自覚していないというか、この場合、ヘンリエッタ様も自身を過小評価しすぎですわ。メアリー様もですけれど、自分の価値をきちんと認めなけれいつか我が身を滅ぼしますわよ」
「えぇ……」
パトリシア様の言葉が脅しにしか聞こえない。過小評価というか、周りにいる人たちが凄すぎるだけだ。
お母様然り、パトリシア様然り。お父様もお兄様もトミーだって、凄いところがたくさんある。
そしてメアリー様にもいつか抜かされるのではないかと思い始めている。なんてったってヒロインだし。これからの努力次第でどんな高みにもいけるはず。
そんな声が漏れていたらしく、パトリシア様が顔を赤くしてプイッとそっぽを向いた。
「もうっ本当に貴女と言う人は……。これはわたくしが手綱を握って、悪い人たちに悪用されないようにしないと」
「えぇっと……ありがとうございます?」
首を傾げながらとりあえずお礼を言うわたくしに、お母様がクスリと笑っていた。