メアリー様が尊いですわ
席に座り、侍女たちがお茶を入れてくれるのを眺める。
わたくしの専属侍女であるエマも、こういう時でも率先して動いてくれている。だいぶ仕事にも慣れた様子で、わたくしの好みも把握してくれている。
そんなに密な関係が取れているとはいえないので、エマがとても周りをよく見ているということなのだろう。
「お待たせいたしました」
「ありがとう」
皆に紅茶を配り終わったところで、お母様が侍女にお礼を言って、一口飲む。毒味をして、害がないことを証明するのだ。わたくしも一拍遅れて飲む。
2人でカップをソーサーに戻し、お母様が言った。
「ではお2人も飲んで大丈夫ですわ」
「「はい」」
パトリシア様は慣れた様子で、メアリー様もぎこちなさは無く紅茶を飲む。
「とても美味しいです。このような紅茶は初めて飲みました」
「ふふ、紅茶の茶葉もだけれど、侍女たちの淹れる技術があってこそなのよ」
メアリー様は感動しているのか、侍女たちにもペコリと頭を下げた。侍女たちも少し頭を下げて応える。
やはり、ヒロインだからなのか非常にウケが良い。なんというか、素直な反応に守ってあげたくなってしまう。周りも同じようで、メアリー様を見る瞳は皆穏やかだ。
……気のせいだろうか、経験年数が高い侍女の多くが泣きそうになっているように見えるのは。
とりあえず、それは置いておこう。
「さあ、紅茶だけでは寂しいわ。お菓子も用意したの。好き嫌いはへティから聞いているけれど、大丈夫かしら?」
「はい、お気遣いありがとうございます」
今回はクッキーがメインだ。1種類だけでなく、フルーツが入っていたり、ナッツが入っていたりとにかく色々な種類を用意した。
クッキー一つ一つは小さいので、食べやすい。手で食べられるので気軽で良いのではないかと思ってお母様に相談したのだ。
とにかくメアリー様が緊張しないように。少しでもリラックスしてもらえるように。
マナーはパトリシア様もわたくしも問題はないと思っている。しかし、本人はやはりまだ不安な様子があった。
自信は積み重ねでできるものだし、まだ時間が掛かるだろう。だからこそ、今はマナーを気にしないよくても大丈夫な状態になるように考えたのだ。
こうして積み重ねて行くことで、メアリー様が自信をつけていけるようにサポートしたい。
「まあ、このナッツが入ったクッキー、香ばしいですわね。歯ごたえもあって食べ応えがありますわ」
「気に入っていただけましたか? プレーンなクッキーも用意してありますのよ」
パトリシア様がわたくしたちの次にクッキーを口に運ぶ。美味しいと目を細める表情を見れてこちらも嬉しい。
メアリー様もプレーンなクッキーを口に運ぶ。ゆっくり味わうように咀嚼して、名残惜しそうに飲み込んでいた。
「美味しいです。お菓子なんて、生まれて初めて食べたかもしれません。バターの風味と、砂糖の甘さが絡み合って……美味しいです」
「よかったですわ。さあ、まだまだありますから食べてくださいね」
メアリー様は頷き、次のクッキーに手を伸ばす。大事そうに食べる姿に思わず
「尊い……」
と声が漏れてしまい、パトリシア様に怪訝な表情で見られてしまった。慌てて咳払いで誤魔化す。
その時、お母様が少し険しい顔でメアリー様に尋ねた。
「キャンベル男爵は貴女に甘味の一つも食べさせてくれなかったの?」
その言葉にハッとする。そういえば、お休みの時は邸に帰って交流しているということだが、その時に何も出ないのだろうか。
「メアリー嬢は14歳の時に養女となったのよね? それまでは市井で暮らしていて、甘味を食べるような余裕がなかったのかも知れないけれど……。養女となって1年ほど経っているのに食べていないの?」
もしかしてキャンベル男爵は、メアリー様に対外的には良い義父を演じて屋敷の中では粗雑に扱っている……?
それからもう一つ気になっていたことがある。メアリー様は痩せているのだ。制服でよくわからなかったけれど、馬車で座った時の線などを考えるとかなり細い。
だからこそ、メアリー様は迎えに行った時あのような表情をしていたのだろうか。
わたくしたちの中で悪い予感が頭を占めていく。お母様もパトリシア様も険しい表情になっている。
どうするべきだろうか。




