今まで以上に頑張ります
お兄様の呼びかけに恐る恐る顔を上げる。
不安とは裏腹に優しい表情で笑っていた。
「ヘティ……ありがとう。すごく嬉しい」
その言葉に胸がポカポカするのを感じた。
「なんというか……僕は嫡男だし、出来ることが当然だ。けれど、時々……すごく息苦しくなることがある。父上もこんな……いや、これ以上の重責を抱えているんだなと思うとその重責をいつか背負うことが怖くなるんだ」
「お兄様……」
わたくしは将来をそこまで考えたことはない。勉強だって頑張ってはいるがそれ以上のことを考えていなかった。ただ、目の前に与えられる課題に取り組むだけ。
前世を含めたらお兄様の3倍は生きているのに、あまりの器の大きさの違いにショックを受けてしまう。
「へティ。この先どんなに辛いことがあっても、へティが隣にいてくれるならどんなことだって乗り越えられる。だから……ずっと側にいてくれるかな?」
お兄様の切なげな表情に、わたくしは両手でお兄様の手を握る。目頭が熱い。視界が滲む。
「お兄様。このヘンリエッタ、未熟者ではありますがこの先も努力を怠らず、お兄様の隣で支え続けることを誓います」
「ありがとう、へティ」
幼い兄妹が2人。1人では耐えられないことも2人ならば乗り越えられる。
決意を新たにする2人を祝福するように、陽光が2人を包んでいた。
◇◇◇
あれから3日。
わたくしは今まで以上に勉強に取り組んでいた。お兄様も前より生き生きしている。
もちろんその間も周りに協力してもらって、トミーとの鬼ごっこは継続中だ。思い違いでなければ、トミーの態度や表情が戸惑いばかりでは無くなっている。後もう一押しというところか。
(ふふ、とっても忙しいけど充実してるわ。やっぱり目標があるとモチベーションがまるで違うわね)
今日の勉強のノルマは終了だ。家庭教師も、最近頑張っているので早めに切り上げてくれた。急に空いた時間をどうしようかと考える。
とりあえず書庫に行って本でも読もうか。お堅い本ばかりでなく、大衆向け小説や図鑑なども揃えていて暇つぶしには最適だ。
前世ではあまり本を読んでこなかったがこの世界では娯楽が少ないこともあり、読書にのめり込んでいる。時間を忘れてしまい、気がついたら周りが暗くなり始めていることもある。
(今日はお花の図鑑でも見てみようかしら。トミーと追いかけっこしているからお花がよく目に入る様になったのよね。前世と同じお花もありそうだけど見たこと無いものもあるから気になるわ)
そんなことを考えながら書庫に入る。静かで、紙の匂いが妙に落ち着く。深呼吸してから目当ての本を探し始める。
まずは図鑑のコーナーに行って、端から順に見ていく。動物、魔道具、植物と大まかに分けてあった。その中で植物の欄をさらに詳しく探す。
と、本ひとつ分の隙間が空いていた。誰かが読んでいるのだろうか。そしてお花の図鑑が見つからずに植物の欄が終わってしまった。
もしかして誰かがお花の図鑑を持っているのだろうか。
(しょうがない。他の本を探そうかな。…………ん?)
何か音が聞こえる。規則正しく、かすかな音。
鼓動が速くなり、唾を飲み込んだ。
(お、落ち着いて……。変なのが侯爵邸にいるわけがないわ。で、でもなんだろう。あまり聞いたことのない音だけど)
そろりそろりと音のする方へ向かう。棚の奥、恐怖を押し殺してそっと覗き込んだ。
(あっ……)
そこには壁にもたれかかって寝ているトミーの姿があった。