メアリー様を誘います②
「ということですので、我が家に招待したいと思ってますの」
「へ?」
わたくしの言葉に、メアリー様はポカンと口を開けている。そんな表情すら愛らしい。
「母がぜひメアリー様にお会いしたいと切望しているのです。母は柔軟な思考の持ち主なので、大丈夫ですわ」
「ヘンリエッタ様のお母様ということは、侯爵夫人ですよね? わ、私、まだマナーとかまだまだで……お目汚しになってしまいます」
メアリー様が緊張してしまうのは無理もないだろう。元々平民として暮らしてきて、マナーなどは学んでいる最中のはず。
そもそも下位貴族が高位貴族に、個人的に招待されるなどあまりないことだ。
「緊張しなくて大丈夫ですわ。当日はパトリシア様もいらっしゃる予定ですし、母もメアリー様の状態は知ってますもの」
「ぱ、パトリシア様も……」
「わたくしが一緒では不満なのかしら?」
「いえ、滅相もありません。ただ、余計に緊張してしまうというか……」
パトリシア様は一見不機嫌そうな声音に、慌ててメアリー様は首を横にブンブン振っている。
「メアリー様、パトリシア様は怒っていませんわ。寂しがっているだけです」
「ちょっと、ヘンリエッタ様」
「ふふ、パトリシア様とお友達になったとはいえ、この国の公爵家のご令嬢ですもの。マナーも完璧ですし、横に並ぶと緊張してしまうかもしれませんね」
「え、っとそうなんです! 私のダメさが浮き彫りになってしまう気がして」
わたくしの助け舟に必死に乗るメアリー様。
その言葉にパトリシア様は少し考え込むような仕草をした後、名案とばかりに手を合わせた。
「それならば、わたくしがマナーを教えて差し上げましょう。アメリア侯爵夫人の前でも恥ずかしくないように、今から間に合わせます」
「そ、そんな……悪いで――」
「メアリー様はもっと自信を持った方がいいですわ。マナーの基礎は自信を持つことですもの。早速、食事のマナーから見て差し上げましょう」
「え? え?」
「あらあら。こうなったパトリシア様は止まりませんわ。メアリー様、パトリシア様はスパルタですので頑張って着いていきましょうね」
メアリー様は何が何だかわかっていないようだ。パトリシア様が有無を言わさないで行動に移しているからだけれど。
まず、今日のメニューを改めて確認する。
メアリー様は、魚のフライだ。奇しくもパトリシア様と同じである。これはちょうど良い。
「パトリシア様、とりあえず今日はパトリシア様の食べ方を見せてあげた方が良いのではないでしょうか?」
「あら、そう? けれどそれでは分かりづらいのではなくて?」
「まずはお手本があった方が、イメージがしやすいですわ。ただ、言われたことをこなすのでは自分が今、どんな状態か分かりづらいものです。イメージができたら、自分のその姿もできるようになりやすいですわ」
「そうなのですね。少し恥ずかしいですが、きちんと見ていてくださいね」
「え、えっと、はい」
納得したパトリシア様が、食事に向き直る。教えるという立場のためか、いつもよりも気を遣っているようだ。
その姿勢だけで気品に溢れていて、メアリー様がほうと息を吐いた。
いざ、魚にナイフを入れようとした時。
「今日も僕を置いて行くなんて酷いです、姉上」
「しかももう食事を始めようとしているじゃないか。流石に僕も寂しいなぁ」
その声に振り向くと、分かりやすく膨れっ面をしたトミーと、眉を八の字にしたお兄様がトレーを持って立っていた。
しまった、完全に忘れてしまっていた。
とにかく、角の立たない言い訳を探そうと頭をフル回転させるのだった。




