まずいです
これはアレか。わたくしはパトリシア様に嫉妬されているのか。
ぎゅうううううん。
心臓が痛い。動悸が止まらなくて、顔が焼ける様に熱い。
あまりに感極まると人は声が出ないし、いつもの様に動けない。何か言わなければいけないのに、無意味に口が動くだけで音が出る事はない。
パトリシア様も、自分の言ったことが恥ずかしいのかアワアワしている。お互い顔を赤くして、ただ無言になっている。
「パトリシアさま……えっと……」
「……」
その時だ。
「おはよう、パトリシア嬢、ヘンリエッタ嬢。朝から甘い空気が流れているけれど、少し落ち着いた方が良いんじゃないかい?」
思わずそちらをみると、殿下とバーナード様がそこにいた。殿下はいつもと同じ笑顔で変わらないけれど、バーナード様はほんのり頬を染めて顔を背けている。
ハッとして周りを見渡すと、他の生徒も顔を赤くしているのがチラホラいる。
ここが教室である事を思い出し、今度は羞恥心で顔が熱くなる。背中に変な汗が流れる。
そしてそれはわたくしだけではなく。
「わ、わたくし、なんて事……! で、でんか、よ、用事を思い出したのでこれで失礼します」
「え……っパトリシアさま!?」
止める間もなく、パトリシア様は教室から出ていってしまう。わたくしを置いて。
ニコニコしている殿下。え、え?
「ふふ、昨日ヘンリエッタ嬢は早退した様だし、まだ体調が悪そうだね。保健室に行った方が良いんじゃないかな? ほら、行こう」
「え? え? あの」
「さあ」
気がついたら殿下にエスコートされていた。
なんで? 何がどうなってるの?
殿下って結構体引き締まってるんだな。初めて腕に手をかけたから知らなかった。
「でんか……わたくしは大丈夫ですので……」
「まあまあ、今までエスコートしたことが無いんだよ? いつもヘンリエッタ嬢はエスコートの時逃げてしまうし、結構悲しかったんだよ?」
わざとらしくしょんぼりしている殿下。
確かにそうだけれど、今そんな話されましても。
というか、どこに向かってるんだろう?
どう考えても保健室に向かっていないんだけど。
「しかし、保健室はこちらに無いのでは?」
「うん、保健室に向かってないからね」
いけしゃあしゃあと言う殿下。この辺りでようやく思考が働いてきた。
この状態、不味いのでは?
「どこに向かおうとしているのですか? これから授業ですよ?」
「今から教室に戻れるなんて、ヘンリエッタ嬢は意外と引きずらないタイプなのかい?」
「っ」
先ほどのことを思い出して、また顔が熱くなる。
確かに今は戻りたく無い。それはそれとして、殿下と2人も嫌だし出来れば1人になりたいんだけど。
「お気遣いありがとうございます。ここまでで大丈夫ですわ。殿下はどうぞ教室に戻ってください」
「それは出来ないなぁ。ヘンリエッタ嬢がパトリシア嬢と離れるタイミングなんてそうそうないから、このチャンスを逃すわけには行かないよね」
その言葉に背筋がゾクっとする。
あの感覚だ。自分が被食者となった様な。
逃げようとした時には、いつの間にか壁際に追い詰められていた。背中に硬い感触。目の前には殿下。しかも腕で囲われてしまった。
こんなどこに人の目があるかわからないところでと焦るが、気づく。ここは研究棟がある場所で、朝には人が滅多に寄らない場所だ。
完全に嵌められた。
「ヘンリエッタ嬢は、警戒心が強いから中々2人になれる機会が無かったからね。……やっと捕まえた」
掠れた、余裕のない声。思わず体が震えてしまう。
顔をあげると、爛々と輝くカーマインの瞳に引き込まれる。
再び思考を放棄して、その瞳に魅入るしか無かった。




