お母様に教えて頂きました
お母様とお茶を飲む。相変わらず侍女の入れてくれるお茶は美味しい。全員がレベル高いのだから尊敬する。
温かな紅茶に気分が落ち着く。それに走り回っていたから喉が渇いていた。染み込んでいくような感じが心地よい。
「最近はあなたの成長も著しいと思っていたけど、アルもどんどん成長していくわね」
どういうことかと首を傾げる。
お母様は微笑みながら紅茶を飲む。気品あふれるその仕草は絵画のように完成されている。
「トミーを見失ったことにショックを受けているのね。自分を不甲斐ないと思っての発言だったのよ」
「不甲斐ない……」
「ええ。負けたのが悔しいとかではなく、兄としてしっかり見ていたかったのだわ。そして自分ではそれができると思っていた。トミーはまだ5歳だし、突拍子もない動きはできないと思ったのでしょう。実はあのくらいの子が一番、こちらの思いもよらないことをするのだけどね」
前世でも周りに小さい子がいなかったわたくしはあまり想像ができない。だが、結婚して子育てしていた友人は確かに子供から目が離せないと言っていた。一瞬でも目を離すと、離れてしまうことも多かったとか。
そうか、お兄様はトミーに怒ったわけではないのね。
「そうなのですね。わたくしは早とちりしてしまったようです。お兄様がトミーに怒ってると思ってしまいました」
「負けて悔しいから怒ることもあるでしょうね。でもアルは心優しい子でしょう?他人を責めたりはまだ出来ないわ。アルの長所でもあり、短所でもあるのだけどすぐに自分に責任を感じてしまうのよね」
責任感が強いといえば長所であるけれど、自責傾向といえば短所になる。恐らくお兄様は責任が強過ぎて自分を責めてしまうのだろう。
その時、侍女がやってきてトミーは見つかったと教えてくれた。今は部屋にいるらしい。
大丈夫だとは思っていたけれど、見つかるとやはり安心する。
「でもアルは努力家だもの。今はまだ実力が追いついてないだけで、そのうち問題なくなるわ。そのサポートをして行かないとね」
「なるほど……」
それにしてもお母様の観察力はすごい。きっと間違いではないし、お兄様の様子を振り返るとそんな気もしてくる。
「お母様はすごいですね。どうしたらお母様のようになれるでしょうか」
「あら、アルは大切な我が子ですもの。ちゃんと見るものよ。もちろん、へティもね」
「わたくしもですか?」
「ええ、我が子のことは理解したいのよ」
「ふふ、嬉しいです」
お兄様の気持ちが分かれば、こちらのするべき行動は見えてくる。
「では、わたくしはお兄様の助けになれるようにしなければですね」
「応援しているわ」
お茶を飲み終えて、席を立つ。お兄様のところへ行こう。
◇◇◇
「お兄様」
お兄様は書庫にいた。わたくしの声に慌てた様に本を後ろに隠す。が、バッチリ見えてしまった。
『5歳児の完全攻略』
……この際、何故そんな本が侯爵家にあるかは置いておこう。教育本がこの時代にあるのも意外だし、お兄様が読んでるのも全て突っ込みたいところではあるが。
わたくしの表情でわかってしまったのだろう。目線を逸らしながら、頬を赤く染めている。10歳らしい幼い表情に母性がくすぐられた。
いや、わたくしの方が年下なのだがそこはもう突っ込むまい。
「わたくし、お兄様のことを理解できていなかったです」
突然のわたくしの発言にお兄様は目を丸くしている。
「お兄様はわたくしから見て、立派な人だと思っていました。ひたむきに努力して、侯爵家嫡男としてのプレッシャーにも負けないところが。ですがそれは表面上だけで、内面を見ていませんでした」
お兄様は真剣な表情でこちらを見ている。
「恥ずかしいです。お兄様の妹なのに、お兄様に寄り添うことをして来なかったなんて。わたくし、もっとお兄様の側で力になりたいです。隣に立つことを許してくださいますか?」
もしかしたら。これはあまりにも烏滸がましいことかもしれない。妹が同じ目線でいたいなんて。
お兄様の反応が怖くなり、俯いてしまう。少しの間を開けてお兄様が口を開いた。
「へティ……ヘンリエッタ」