わたくし、子ウサギですわ
「わたくし、ヘンリエッタ様に一生敵う気がしませんわ」
「それ、わたくしが言いたいのですけれど」
先ほど、下手したら国が揺らぐほどに美しい笑顔を見せて何を言うのか。思わず軽く睨んでしまう。
しかし、パトリシア様はその視線を受けてなお、笑ったままだ。
「知らぬは本人ばかりかしら。ヘンリエッタ様のおかげでわたくしは何度も救われているのよ? 敵うわけが無いって思うのは当然でしょう?」
「何を仰います。わたくしだって、パトリシア様といて敵わないなあと思うことはあります。そんなわたくしばかりが上みたいに思われているのはなんだか寂しいですわ」
「……ねぇ、ヘンリエッタ様は――」
そこでパトリシア様の言葉が切れる。少し考えた後、首を振った。
「いいえ、今するお話では無いわね。……もう少し、わたくしが強くなったら聞かせてくれるかしら?」
「パトリシア様がこれ以上強くなるだなんて。一体どこを目指しているんです? そうですね、今言えないことならわたくしは無理に聞きません。でも溜め込んでしまう前に言ってください。それまで待ってます」
また先ほどの美しい笑顔を見せるパトリシア様。
頷いて立ち上がり、共に次の授業に戻ることにした。
教室に戻り、わたくしはまず殿下の元に行く。
「ヘンリエッタ嬢、パトリシア嬢。その様子は大丈夫そうだね」
「殿下、先ほどは申し訳ありませんでした。殿下に言伝を頼むなど」
「何、気にすることはない。友人のためにさっと動くヘンリエッタ嬢の判断の速さに驚いたくらいだ」
「恐れ入ります」
殿下、基本塩対応のわたくしにすらこの対応。頭が下がります。急に今までの対応で罪悪感が湧いてきた。
「パトリシア嬢も、無理することはないからね」
「申し訳ありません。ヘンリエッタ様のお陰で落ち着きました」
「2人は本当に仲が良くなったね」
それは最初のお茶会のことを揶揄ってます?
「ええ、パトリシア様は本当に大切なお友達ですわ。彼女のためなら、わたくしどんなことも頑張れますもの」
「ちょ、ヘンリエッタ様」
言われたパトリシア様は頬が赤い。とってもかわいい。これは殿下落ちるのでは⁉︎ 今までパトリシア様のこんな表情見たことないだろうし。
どうよ、殿下! 見惚れてくださいな!
この美少女が照れる様なんて、世の男性が食いつかないはずがない。
しかし、殿下の表情は穏やかなままだ。耳が赤くなったりもしていない。
なんだか肩透かしだ。
(って、あれ? なぜか今になって殿下の笑みが深くなったけれど。)
今頃パトリシア様に惹かれた? それにしてはタイミングがおかしいような?
と、時間になってしまったので席に戻る。その一瞬。
「君はころころ表情が変わるね。僕との会話でそんなことは無いのに。妬けてしまうな」
(ヒイイイィぃぃ⁉︎ 怒ってらっしゃる⁉︎)
ぞくっと背筋に走る感覚。まるで猛獣に目をつけられた子ウサギのような。
恐ろしいセリフを聞かなかったことにしてそそくさと席に戻る。
授業が始まり、しばらくしても動悸が治まらない。
いや、待て。殿下、妬くって言った? 何を?
落ちつけ、殿下はなんて言った? わたくしの表情? 確かに殿下の前では笑顔を貼り付けていた。わたくしとしては必要以上に仲良くなりたくないので、同じ表情をしていたと思う。
で、それからの妬ける発言。うん、認めたくないけれど。ワンチャン、パトリシア様に妬いているという期待をしたけれど。
いやあああああ。
もしかして殿下って自分に興味ない人間を必ず落としたくなるタイプ?
それとももしかして、本当の世界線ではわたくしと殿下は婚約することになっていたから強制力みたいのが働いて、わたくしに絡んできてる?
どっちにしても、怖い‼︎
さっきの殿下、本当に猛獣だった。狙った獲物は逃さないハンターとも言える。
わたくしごとき子ウサギでは到底逃げられる訳がない。これからが不安すぎる。
気がついたら外堀埋められていたとかありそう。油断はしないようにしなくては。どっちにしても無理な気がするけれど。
結局、その授業は全く集中できなかった。




