パトリシア様が遠くに行った様な感じです
「今日はなんだか獣の鳴き声がうるさいですわね」
声の主はパトリシア様だった。いつの間にか持っていたらしい扇で口元を隠している。
それよりも獣?
「理性なき声など獣となんら変わりがありませんわね。わたくしたちは理性で動く生き物ですもの。心でなんと思おうと個人の勝手ですが、それをわざわざ声に出すなんて理性なき者の愚行に過ぎませんわ。ねぇ、ヘンリエッタ様」
「え、ええ。そうですわね」
圧を感じて思わず頷く。その瞳はわたくしの考えていたことを見越してのことなのだろうと思った。
わたくしを庇いつつ、周りの人に圧をかけているのだ。パトリシア様、いつの間にこんなに成長したのだろう。置いて行かれた気分だわ。
公爵家、それも殿下の婚約者候補であるパトリシア様の言葉に、気まずげに悪口を言っていた令嬢たちは口をつぐんだ。
まあ、王国内でも筆頭の有力貴族の令嬢に逆らう人なんて相当の人だと思う。ダサいけど。
そのうちに入学式が始まり、静かになった。
◇◇◇
入学式後、教室に集まりこれからのことを説明されて、今日は解散となった。
荷物をまとめて、パトリシア様と共に馬車の待機所へ向かう。人気が無くなったことで、パトリシア様が口を開いた。
「先ほどのことですが、キャンベル男爵は確かに平民を養女に迎えたことで色々噂があるようですわ」
「パトリシア様はご存知だったのですか?」
「少しだけね。けれど大半が根も葉もない噂ですわ。真実を知るのは男爵だけではないかしら」
「そうなのですね。……あの、先ほどのわたくしはそんなに分かりやすかったでしょうか?」
「いいえ、側から見たらわからないでしょうから大丈夫です。けれどそうね、仕草から感情を読み取れるのはあなただけではないということよ」
全く気づかなかった。わたくし、どんな仕草をしていたのかしら。
「ふふ、それもヘンリエッタ様と過ごす時間が増えたからかしらね。それと、これだけは言っておくわ。わたくしたちはこれから悪意に晒されることも増えるでしょう。その時、表面上は笑っていて心の中では何を思っても良いのですわ。どうせ心の中なんて誰もわからないのですから」
パトリシア様はいつの間にこんなに淑女らしくなっていたのだろう。元々確かに淑女然としていたけれど、さらに洗練されている。
「わたくしもパトリシア様に置いていかれないように、精進しなくては」
「まあ、わたくしよりも先に進んでいるのに、欲ばりね」
そう笑うパトリシア様はお母様と同じような余裕が感じられる。
けれど一瞬だけ、瞳に影が映った気がするのは気のせいだろうか。
聞きたかったけれど、パトリシア様の馬車が来てしまい、聞くことは叶わなかった。
「やあ、へティ。お疲れ様」
「あら、お兄様。入学式の在校生代表の挨拶、お疲れ様でした。とても素晴らしかったですわ」
「そうか? ならよかった。あまり大勢の前で話す機会なんてないから緊張してしまったよ」
「まあ、今年から生徒会長ですのに。きっとそんな機会嫌というほど来ますわ」
どれほど経ったか、気がついたらお兄様が来ていた。
お兄様は生徒会長に就任した。今日は大丈夫だけれど、今後一緒に帰るのは難しくなることも増えるそうだ。頑張って帰れるようにするよといってくれたけれど、なんだろう。家庭が大事なパパ感があるのは。まだお兄様も17歳なのに、醸し出す大人っぽさ? でだいぶ年上に感じてしまう。体つきもすっかり大人になったことも関係しているのだろう。中肉中背のわりとがっしりした体型だ。
「ところでトミーはまだ来ないのでしょうか?」
「ああ、へティがいないせいかご令嬢に囲まれていたよ。かわいそうに」
「何を仰います。これで他の素敵な令嬢と出会えたらいいでしょう」
「……頼むからそれ、トミーの前で言わないでくれよ? 後で僕がとばっちり受けるから」
「……お兄様、弟に負けないでくださいませ」
「いや、へティが絡んだ時のトミー、結構怖いから! オーラがすごいんだよ。きっとあの子は上に立つ才能が僕よりある」
そうなのだろうか? わたくしから見た感じはやはりお兄様の方が上に立つ才能ありそうなのだけれど。
こう、この人のことは信頼できると思わせる力がある。お父様と同じ感じだ。
納得いかないけれど、口出ししてこじれる予感もしたのでとりあえず口を閉ざした。




