入学式の前に一悶着ありそうです
復活したトミーを呼んで、講堂に向かう。そろそろ入学式が始まるのだ。
何故か殿下も一緒にきたが、この際気にしない。パトリシア様が殿下の隣になるようにさりげなく動いた。
講堂には既に多くの生徒がいた。皆、これからの新生活に希望を持って瞳を輝かせている。
希望を持つ若者の姿は素晴らしい。なんておばあちゃんにでもなった気分だ。
殿下は近くにいた男子生徒に話しかけている。その姿を見て、内心ゲっと淑女にあるまじき声をだした。
「やあ、ダニエル。入学試験の首席おめでとう。私も全力で挑んだのだが、悔しいな」
「もったいないお言葉です。しかし、私もバーナード家嫡男、将来の宰相候補として全力で挑ませていただきました」
「ああ、この分ならきっと申し分ないだろう。私も頑張らなければな」
「いえ、殿下は魔術も長けておられます。その上座学までトップになられますと私の立つ瀬がございません」
堅苦しい見た目とは裏腹に、ユーモアを交えて話す男性。彼はダニエル・バーナード。代々宰相を務めるバーナード公爵家嫡男だ。
焦茶の髪にわたくしより深い緑の瞳。黒い四角フレームの眼鏡をかけている。
周りの令嬢が色めき立つのは仕方ないことだ。家柄ももちろんだが、2人とも見た目が良い。
そう、このバーナード様は側近候補として、お茶会に呼ばれていた1人だ。飛び抜けて見た目がいいので、わたくしは攻略対象ではないかと睨んで積極的に関わっては来なかった。
向こうもこっちに来なかったので、ほとんど話したことはない。
それにしても彼とも同じクラスなのか。こうも偏りがあるとやはり何か裏がある気がしてならない。攻略対象の可能性が深まった。
「ははっ。君がそんなことを言うなんてな。それにしても言うならもっと抑揚をつけなくてはな。あまりにも棒読みだぞ」
「む、すみません。父にも言われているのですが、中々……」
「まあ、それが君の美点でもあるのだ。気にしなくていい」
どうやら親しい人から見たらだいぶ大根役者だったようだ。元々そういうイメージなので違和感がなかった。
そこでアナウンスが入った。どうやらクラスごとに並ぶらしい。Aクラスの位置に行くと、大体は見知った顔だった。しかし、1人だけ知らない女性が混じっていた。その子は不安そうに背中を丸めて、体を縮こまらせていた。可愛らしい顔立ちをしていて、庇護欲をそそるようだ。ピンクの髪は肩より少し上の位置で切り揃えられている。
貴族女性は髪を美しく伸ばし、財力を誇示するのでいわゆるボブの長さは珍しい。もしかして平民の子だろうか。
その時、ヒソヒソと声が聞こえてきた。
「見なさいな、あの子。あの子がキャンベル男爵家に養女として平民から成り上がった子かしら」
「それにしては見窄らしいですわね。髪も短いですし、体も骨と皮だけではありませんの?」
「なぜ男爵は彼女を引き取ったのかしら」
おやおや、随分な言い草だ。それにしても今ので大体わかった。
所作を見る限り、最近男爵家に迎えられたのだろう。キャンベル男爵は確かブラウンの瞳をしていた。心なしか似ている気もする。話したこともなく、遠くから見ただけなのではっきりと覚えてはいないけれど。
愛人か、男爵に目をつけられて断れなかったか。しかし、男爵は優しげと言えば聞こえはいいが少し頼りなさげな感じもする方だった。
そんな人が権力で女性を囲い込んだりできるだろうか。そこまで考えて、ハッとした。
(いけない、これでは悪口を言っている方々と何も変わらないわね。憶測で考えるなんて最低だわ)
首をふり、今の考えを消そうとする。そうすると、まだ悪口を言っているのが聞こえて不愉快だ。
しかし、わたくしは彼女らに言える立場ではない。
そうしようかと思った時、横から声が聞こえた。




