【幕間】好敵手な2人
――少し時間は遡り――
クラス分けの暗黙のルールを知った直後のこと。
フレディがトミーに近づく。
「ヘンリエッタ嬢とクラスが別れて残念だったね」
「……殿下が手を回されたのではないですか?」
「いやだな。学園は‘’平等‘’を謳っているんだよ? いくら私でもそんなことは出来ないよ」
トミーの不敬な物言いに気を悪くすることもなく、楽しそうに言うフレディ。そんなフレディを遠慮なく睨みつける。
一つの華を手に入れようと、2人はずっと水面下で戦っている。
残念ながら、意中の華はどちらにも傾くことはなく膠着状態が続いている。
「ヘンリエッタ嬢は全く気にしていなさそうだね。まあ、普通に‘’弟‘’ならばそういう対応になるんじゃないかな? まだまだ‘’1人の男‘’としては見られていないようだね」
「それを言うのなら殿下もでしょう? いまだに2人きりで話すことは数えるほどじゃないですか。僕は避けられてはいませんが、殿下はどうでしょうか?」
周りからは分からないけれど、2人の間にはバチバチと火花が散っている。
「ふふ、確かにそうだね。けれど何年も一緒にいるのに、意識されないよりはマシかなぁ。避けると言うことはこちらの動きをちゃんと見ていると言うことだからね」
「……っ」
流石王族といったところか、応酬はフレディの方が上手だ。痛いところを突かれて、トミーは言葉が詰まってしまう。
その様子を見て、フレディは笑みを深めた。どこか腹黒さが滲み出るような、そんな凄みのある笑顔。
「これから1年はヘンリエッタ嬢と同じクラスだからね。じっくり距離を縮めさせてもらうよ。今までと違って、色んな口実で話しかけることができるからね。これからが楽しみだよ」
「っ貴方の好きにはさせない。こんな狼に姉上を狙われないように守るのは僕の役目だ」
トミーの瞳が鋭くなる。視線だけで相手を射殺させそうなほどだが、フレディの笑みが変わることはない。むしろ望むところだと物語っている。
トミーはフレディに背を向ける。その背に宣戦布告をした。
「自称騎士が守り切れるのか見ものだね」
もう何も答えずに、トミーはヘンリエッタの元に向かった。
◇◇◇
――ヘンリエッタにより強制的にトミーが抑えられた後――
壁に手を付いていたトミーだが、しばらくして復活したらしくフレディに近づいた。
フレディには先ほどの余裕のある笑みはなく、トミーは反対に笑っている。表情が入れ替わったような状態だ。
「ふふ、羨ましそうですね、殿下? 殿下は姉上に触れたこともないですもんね」
「……ふっ、しかし言動は完全に‘’姉‘’のものだったね」
トミーの煽りに返すフレディだが、その目は笑っていない。なんなら歯軋りが聞こえてきそうだ。
トミーはここぞとばかりにやり返すことにした。
「殿下は姉上の香りすら知らないのではないですか? 姉上はきっと神から愛されているんですね。花のように甘くそれでいて爽やかな香りがするんです。あの香りは姉上に与えられた贈り物ですね。手もとても柔らかいんですよ。それからあの青とも緑ともつかない美しい翡翠の瞳で見つめられたら――」
「おいおい、君は私を狼だと言ったが、君の方がよっぽど狼じゃないか。あの思考停止状態でそんなことを考えている方が、ヘンリエッタ嬢の身が危ない」
ノンストップで喋り始めたトミーを無理やり止める。息継ぎなしで言うトミーは少々怖さを感じる。
ついでに言うと、暴走した義父のアレキサンダーにそっくりだった。それを知るものはいないのが惜しい。
「……ところでヘンリエッタ嬢の胸が君に当たっていた気がするのだが」
「ええ、ええ、気のせいですよ。昔と比べて格段に柔らかくなったとか思っておりませんとも」
「うらや……じゃない! やっぱり君の方が狼じゃないか‼︎ 善良な弟の皮を被りながら中身は涎を垂らした狼じゃないか!」
「ふふふ、これが弟特権というものです」
その後もトミーがヘンリエッタに呼ばれるまで、言い合いをしていた2人だった。




